失恋会
二学期を控えた夏休み後半。後数日で登校日のこの時期。無計画な者たちは宿題に追われているだろう日に、クラスや学年どころか学校さえ違う面子が集められた。
しかも集合場所が隣町だと言うのだからふざけている。熱射病で死亡者まで出るほどの暑い日差しの中、駅前の天馬像の前で待たなければならないのだ。
集合時間を十分過ぎてから、ラクサスはゆっくりとした足取りで集合場所にたどり着いた。
「てめぇ、遅ぇんだよ!」
ラクサスを除いた者たちは全員律儀に時間を守ったらしい。悪びれもしないラクサスに非難の声が飛ぶ。
暑苦しい光景にラクサスは視線をそらした。視界にも入れたくないのだ。
「まぁ、待てよ。こいつだって動揺してんだろ」
グレイの言葉に周囲は納得したように口を閉ざした。そして重苦しい溜め息。
「何なんだ、いったい」
集合の意図も会話の理解もできない。呆然と立ち尽くすラクサスの肩にグレイが手をまわした。
「俺たちは同志だろ。今日は全員で、この悲しみを晴らそうぜ」
「あ?」
若干グレイの瞳には涙が浮かんでいる。
ラクサスは引きずられる様に、大所帯で駅前のカラオケ店に入っていった。予約していたらしくパーティでも開くのかと問いたくなるほどに広い部屋に通された。頼んでも居ないのに飲みものが運ばれてくる。事前に頼んでいたのかもしれない。
ラクサスは目の前に置かれた飲み物を口にして顔をしかめた。
「おい、これ酒じゃねぇのか」
「当り前だろ。飲まなきゃやってられねぇよ」
お前いくつだ。
問いに答えた見知らぬ顔にラクサスは内心突っ込んだ。それにしてもラクサスを含む彼らは未成年だ。どうやって酒など頼めたのか。
その疑問はすぐに解決した。
「お前らぁ、今日は楽しめよ」
どっかりと座りこんでいる、一人だけ年齢が飛びぬけている男。その存在にラクサスは目を向いた。
「あんた何やってんだ」
妖精学園の保険医ギルダーツだった。一緒にいるだけでも不自然なのに、その上生徒たちに酒を飲ませるとは、どういう事だ。
ラクサスの目に非難の色が浮かぶ。
「俺も、こいつらの仲間だからな。数日前は敵でも、今となっちゃ痛みを分け合う戦友ってとこか」
「その中に俺も入ってるのか」
ラクサスは部屋を見渡した。
知らない顔もあるが、多少は名前も分かる。グレイに始まり、その従兄弟であるリオン。エルザの弟分であるショウ、天馬学園のイブ、双子であるジークレインとジェラール。人とは思えない外見の者までも居る。
この共通点が何なのか思考にふけっているとスピーカーから不快な機械音が響いた。マイクを握りしめているのはグレイだ。
「お前ら、今日はよく集まってくれた」
拍手が鳴り響く、それを止めるようにグレイが手を出すと拍手は止まった。
なんだ、この茶番。
「今日俺たちが集まったのは他でもない、新たな一歩を踏み出すためだ!」
「おおおお!会長ォォォ!!」
会長!?
ラクサスがぎょっとする中、勝手に話しが進んでいく。
「数日前に発覚した事件には、俺たちの心は奈落の底へと付き落とされた」
勝手に落ちてろ。
内心呟いていたラクサスだったが、次のグレイの言葉の不穏さに口を出さずにはいられなくなる。
「我々、ナツ愛好会(愛してます好きです会いたいですの略)の存続の危機にも発展した」
「ちょっと待て、そんなもんいつの間に作りやがった」
ラクサスの言葉など周囲には耳にも入っていない。グレイが涙ながらに続ける。
「まさか、俺たちのナツに……恋人が出来るなんて!!!!」
ラクサスは思わず噴き出した。
どこから突っ込んでいいのか困る台詞だ。周囲は嗚咽を漏らしていた。もちろんその中にはギルダーツも入っている。
「失恋が何だ!!」
グレイの言葉に、周囲が顔を上げる。
「ここで立ち止まっていいのか!?」
周囲がざわつく中、グレイが高らかに宣言した。
「俺たちのナツへの想いは消えねぇんだよ!今まで以上に愛していこうぜぇ!!」
妙に賑わいを見せる面々。ラクサスだけが取り残されていた。しかも、ガラス製の扉には先ほどから通行人がちらちらと見てきている。グレイの声が外まで漏れているのだ。
「、冗談じゃねぇ」
ラクサスは顔を引きつらせた。この面子の仲間だと思われるのは御免だ。それに、こんなものに参加する義理はないし呼ばれること自体がおかしい。
不機嫌を纏うラクサスの耳に周囲の涙声が入ってきた。
「でも、相手があの子じゃな……」
「悔しいけど、つり合ってんだよ」
ナツに恋人がいるのは確かだ。しかし、その会話は聞き捨てならなかった。ラクサスは会話を交わす数人へと近づいた。
「ナツの相手が誰だって?」
威圧感を込めるラクサスに恐れる事もなく、彼らは憐れみを込めた目を向けた。
「知らないのか?リサーナだよ」
「あ?」
名前を口にした途端、答えてくれた者は悔しそうにテーブルを叩く。その光景にラクサスは若干身を引いた。
それにしても話しが捻じれている。ラクサスは立ちあがると、妙に熱狂する部屋を抜け出した。
携帯を開けば何件も着信があった。着信の主はただ一人ナツだ。ラクサスはすぐに通話ボタンを押した。ワンコール終える前に待っていたとばかりに繋がった。
『ラクサスか!?』
「ああ。お前、今どこにいる」
『お前がどこにいんだよ!家に行ってもいねぇし!』
必死なナツの声に、ラクサスは溜め息をついた。大方予想が付く。
「宿題は手伝わねぇからな」
『ぐ……まだ、何も言ってねぇだろ』
言われなくとも分かる。ナツの反応からして図星だろう。
「んな事より質問に答えろ。てめぇ、リサーナと付き合ってるってのは本当か」
『…………は?なんだ、それ』
困惑するナツの声。ナツが嘘をつくなんて器用な真似できるはずがない。質問の答えは否という事だろう。
「やっぱりデマか」
嘘というよりも誰かが勘違いしたのだろう。ラクサスの言葉に考えるように唸っていたナツが訝しむような声をあげた。
『何の話しか分かんねぇけど、俺が付き合ってんのはラクサスだろ』
ナツの言葉通り、ラクサスとナツは恋人同士だった。夏休み中に付き合い始めたのだが、まだ日が浅かったため、グレイを含むナツ愛好会の言葉に動揺をしてしまったのだ。
どう勘違いしているのか分からないが、ナツが付き合っているのがリサーナだと誤解しているのならいい。ラクサスは周囲に悟られたくはなかったのだ。理由はただ一つ、ナツに気持ちが悪いほどの執着を持つ奴らの相手が面倒だから。
『ラクサス、どうした?』
無言になってしまったラクサスに、ナツが心配そうに声をかける。その声にラクサスは小さく笑みをこぼした。
「今から戻る。宿題の準備してろ」
『手伝ってくれんのか?!』
ナツの嬉しそうな声が耳を刺激する。
「終わらせなきゃ仕方ねぇだろ。……さっさと終わらせて、家に泊りに来いよ」
「、お……お、おお」
あからさまに動揺するナツ。どんな仕草も愛おしくて仕方がない。
ラクサスは通話を切ると、哀れな連中の集いへと一度戻ったのだった。
20100904