写真





それは麗らかな昼。魔導士ギルド妖精の尻尾での出来事だった。
国中に名をはせ、今では知らぬものはいないとさえ言われている魔導士。通り名は火竜、本名ナツ・ドラグニル。
彼の元に週刊ソーサラーから依頼が入った。その内容はグラビアの写真撮影。
毎度週刊誌に載る写真のモデルは正規ギルドで人気のある女性が飾ってきたのだが、女性の写真ばかりでは偏りが出てしまうのではないか。そこで、男性魔導士の写真も載せようという安易な発想が出たのだった。

「それで、輝くべき一人目がナツになったわけ?」

ナツ本人から聞かされたルーシィは口を半開きにしてナツをじろじろと見た。
珍しい桜色の髪。幼さが残る大きな瞳は猫を連想させるような吊り目。邪気のない笑顔は実は女性にも受けがいいのだ。
全て本人は知らないことだが、性格のせいか妖精の尻尾内でナツを弟のように可愛がっている女性は多い。

「それにしても、あんた週ソラ嫌いじゃなかった?前に私が買ってきたやつ燃やしたじゃない」

ナツが起こした事件のことが書かれていた記事があり、それを読んだナツが怒りに任せて燃やしてしまったのだ。確かに良くは書かれていなかったが、全ては事実だ。

「俺の事悪く書くのは腹たつけどな。写真撮ったらイグニール探しを手伝うっていうからよ」

ナツが一番食らいつく内容ではないか。いったいどこからその話を仕入れたのか。
ルーシィはギルド内で一番週刊ソーサラーと繋がりがありそうなミラジェーンへと視線を向けた。いつもの笑顔で客の相手をしている。
一瞬疑ったがさすがにそれはないだろうとルーシィは考えを消し去るように首を振るった。

「それ騙されてるんじゃない?」

「いや、それが事実なら中々にいい話しだ。あの雑誌は魔導士のほとんどが目を通しているらしい。人探しには都合がいいだろう」

エルザが頷いている。だが、間違っている点がひとつ。

「人じゃなくて竜ね」

ナツの養父であることに間違いはないが、週刊ソーサラーの人がどこまで知っているのか分からない。竜だと知っていても信じていないほうの確率は高い。
大事なチームの仲間が騙されるのは見たくはないし、よく考えてみるべきではないだろうかと、ルーシィが口を開いた。

「でもね、ナツ。よく考えた方が」

「意外といいやつだよな!」

「あぁ、笑顔がまぶしい……」

満面の笑顔を向けられて、ルーシィは目を手で覆う振りをした。やることはぶっ飛んでいるのに、こういう面は年相応と言うかバカ正直というか。
ルーシィは顔を俯かせた。ナツの気持ちを考えると止めづらくなってしまったのだ。どうしようかと考えていると、傍観にまわっていたハッピーが口を開いた。

「そういえば、ナツ。グレイには話したの?」

「いあ。つーか、何でグレイに話さなきゃなんねぇんだよ」

「オイラは別にいいけど……後ろですごい顔して立ってるよ」

ルーシィとエルザはぎょっと目をむいた。ナツも背後を振り返って、ひっと短く悲鳴を上げた。
背後には鬼のような形相のグレイが立っていたのだ。

「背後に立つなよ気持ち悪ぃ!」

「ていうかいつから居たの!?ぜんぜん気がつかなかった!」

「気配を感じなかったぞ。グレイ」

「結構前から灰になってました」

グレイの手がナツの肩を掴んだ。掴まれた肩がひやりと冷たい。

「ナツ、てめェ俺以外の前で裸になるきか」

「何でヌード!?」

ルーシィの突っ込みなどなかったかのように、グレイは怒りに体を震わせている。怒りのせいで魔力が漏れ、グレイに掴まれているナツの肩が氷付けになっていく。
ナツは慌てて全身を炎で纏った。

「冷てぇ!何しやがんだ、コノヤロー!」

氷の溶けた肩を手で押さえてグレイに向き合う。グレイからはナツとは真逆に冷気が体を纏っている。
殴り合いまでならともかく魔法を使っての喧嘩は許されない。怪我の心配ではなく、ギルドが破壊されるのを防ぐためだ。

「ナツ、グレイ!やめないか!」

間にはいったエルザに、ナツは舌打ちをして纏っていた炎を消した。今回は元からグレイが手を出さなければ争いにはならなかったのだ。
グレイだけは魔力を押さえきれていないようで、おかげで周囲の気温が下がっている。

「落ち着きなさいよ、グレイ。グラビアって言ったって、脱ぐわけじゃないんだから」

「んなの分からんねぇだろうが。ナツのことだ、口のうまいカメラマンに乗せられてあれよあれよと言う間に、気づいたら裸になってんだよ」

「ないから」

ルーシィの冷たい突っ込みがはいった。
グレイの脳内では、光るフラッシュの中恥じらいながらも一枚一枚と衣服に手をかけていくナツの姿があるのだろう。妄想も大概にしてもらいたいものだ。
グレイの言葉にナツが鳥肌を立てていた。気持ちは分かる、ルーシィがナツを同情したような目で見ていると、ハッピーが小さく呟いた。

「グレイは別にナツの恋人でもないないのにね」

「もう病気なのよ」

妖精の尻尾内で、グレイの片想いは周知の事実。
二人を見守っていたエルザが、溜め息をつくルーシィの隣へと座った。

「ポーリュシカさんに診てもらった方がいいだろうか」

「……無理だと思う」

「オイラもそう思う」

確実に突っ返されるだろう。きっとグレイの病気は死んでも治らない。
すっかり状況になれたルーシィたちが傍観していると、飽きた様子でハッピーが呟く。

「ルーシィ、あれやってよ。強制閉門」

「グレイを!?ていうか精霊じゃないから」

というかあんな精霊がいても契約は遠慮したい。あんなのばかりだと精霊=変態と言う図式が成り立ってしまうではないか。そうでなくてもエロいのや女好きがいるのだ。

「ナツは妖精だけどな」

「うぜぇ」

落ち着きを取り戻したらしいグレイの手がナツの肩へと回される。
心底嫌そうに顔をゆがめるナツに、グレイは柔らかい表情を向けた。これがナツではなく他の女性だったら問題はないのに、全くもって残念だ。
グレイの妨害らしきことがありながらも、ナツのグラビア撮影は受けることになったのだった。
後日。ナツのグラビア写真が載った週刊ソーサラーが発売された。マグノリアでは、ナツをよく知る者たちで即完売したようだ。

「買えなかったー」

がくりと肩を落とすルーシィ。ギルドに来る前に店に寄ったのだが、どこへ行っても完売状態で手に入らなかったのだ。ギルド内でも手に入れた者はわずか。
後で誰かに借りようと考えていると、まさに話題の人物がギルドへと来た。

「よぉ、ナツ。見たぜー」

「よく撮れてるね」

「これどこに行ったの?スタジオじゃないよね」

集ってくる人たちを適当にあしらって、ナツがルーシィの隣へと座った。妙にぐったりとしている。

「どうしたの?疲れてるわね」

「あい。家を出てからずっとあんな調子なんだ」

ナツの代わりに応えたのは常に一緒にいるハッピーだった。
あんな調子と指されたのはナツを囲っていた者たちの事だろう。確かに行く所々人に囲まれていては堪ったもんではない。

「ルーシィは週ソラ見た?」

「それが、どこ行っても完売で手に入らなかったのよ」

嘆くルーシィに、ハッピーはどこから出したのか週刊ソーサラーを差し出した。もちろんナツが表紙になっている今週号だ。

「どうしたの、これ!」

「ナツが週ソラの人からもらったんだよ」

モデルになったのなら貰うのも当然だろう。
ルーシィはハッピーの了承を得て中身を確認した。表紙から始まって数頁にわたりナツの写真が載せられている。

「さすがに水着じゃないのね」

「女の人じゃないからね」

女性とは違い露出はない。
写真には、いつもとは違ったナツがそこには居た。ネコ耳フード付きの白いパーカーでソファに寝転がるもの。ハッピーとじゃれあうもの。陽射しの下で昼寝しているもの。拗ねたように唇を尖らせて顔を背けているもの。ケーキをほお張っているもの。

「ナツじゃないみたい。かわいー」

「オイラも一緒に撮ったんだよ。最初ナツが暴れたから」

「暴れたんだ……」

「あい。この、拗ねてるのがそうなんだ。その後オイラと一緒に撮って、その後は順調に進みました」

ハッピーは中和剤の役割になったようだ。
それにしても、初の男性グラビアは成功したといってもいい。依頼は達成だ。
ルーシィはテーブルにへばりつくナツに苦笑を漏らした。おそらく二度とナツがグラビア撮影をすることはないだろう。
ルーシィは週刊ソーサラーを最後まで熟読したが、最後の方の頁にさしかかったところで、思わず噴出した。今まで見たことがない企画があるではないか。

「……迷い竜捜してます……」

ルーシィは体を震わせながら、ナツへと視線を向けた。
ナツはおそらくこの事を知らないだろう。きっと知らないほうがいい。確かに週刊ソーサラーはナツとの約束を守っているのだが、これでは猫や犬と同じ扱いだ。ナツ画のイグニールの絵もあるのだが、お世辞にも竜には見えない。

「ルーシィ、すごい汁だよ」

「汗ね。ねぇ、ハッピー。これナツに見せないでね」

「何で?」

「いいから!」

真剣なルーシィの表情にハッピーは頷いたのだった。
そんなルーシィの心配など知らずに、ただ一人顔を綻ばせる人物がいた。カウンター奥にいたミラジェーンだ。

「写真、受け取りました。ありがとうございます」

通信用魔水晶に向かって笑顔を向けるミラジェーン。魔水晶には週刊ソーサラーの編集長が映っていた。
ミラジェーンは一言二言話しをして通信をきると、一冊のアルバムを取り出した。

「ふふ。よく撮れてる」

手にしていた写真を一枚ずつ丁寧にアルバムに張り付けていく。アルバムにはナツの写真が収められてあった。新しい写真は、今回週刊ソーサラーで載せられた写真から未収録のものまである。
満足気に笑みお浮かべながらミラジェーンはアルバムを閉じて、元あった場所に戻した。
数冊のアルバムが並んでおり、それぞれ記入されている名前が、ナツ・リサーナ・エルフマン。ミラジェーンはアルバムの背をやさしく撫でた。

「あなたにも届いてるといいわ。リサーナ」

二人のアルバムだけが増えていく。
それを切なそうに目を細めるとアルバムから手を放して、ミラジェーンは騒がしい酒場へと戻っていった。




2010,01,22



あとがき

蒼様からのリク「ナツ受けでナツがグラビアに出る」でした。
素敵リクありがとでした^^

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