教会には様々な人間が訪れる。救いを求める者、親からの影響を受けている者、時には罪を犯し、身を追われている者も神に救いを求めようと祈りを捧げにくるのだ。それを許すのは神ではなく、神父である僕であり、罪を見逃している僕もまた罪人なのだろう。

左手に握ったペンを離し、日記を閉じる。荘園の主はここに来た人間に日記をつけることを命じる。何の目的があるのかは分からないけれど、日記をつける人間は心が弱くなる傾向にあると、聞いたことがある。自分が本来あまり意識していない部分を文字に起こすことで罪の意識や不安、焦りが表面により一層感じ取れるようになってしまうからだ。それを知っての命令なのだとしたら、荘園の主は元から僕たちをここから逃がす気など神以てないのだろう。



僕がここにやってきてから現れたという教会。ここに来てまでこんなところに縛られなくてはいけないのか、と閉口してしまう。しかし神父がここに居ないとなれば、悩みを聞いてもらえない人間は誰に縋ってしまうのだろうか。そんなことを考えてしまい、自分の意志とは裏腹に毎日のように教会に居座ってしまうのだ。

一年中、雪が降っているのだろうか。僕が来てから止んでいるところを見たことがない雪を窓から眺めていると、こつりこつりと遠慮がちにドアが叩かれる。どうぞ、と声を掛ければ、ぎいと重たげな音を立てて扉が開き、同時に外の寒さが教会の中へも流れ込んでくる。

「神父さん、こんばんは」
「こんな夜更けにどうしたのかな、イソップくん」

頬と鼻の頭を赤く冷やしている納棺師をみて、違和感を覚えた。ああ、彼がいつもつけているマスクを外しているからか。それを問いはせず、近くの椅子に腰かける。彼も近くに腰を掛けて、何やら言いたげに両手をぎゅうと握っている。

「君が神様にお祈りをする性格だとは思ってなかったな」

俯いている納棺師に問いかければ、ぴくと肩を揺らして動揺しているようだった。その態度に薄く嫌な予感が頭に浮かび始める。そんな僕を他所に俯いていた顔を上げ、嫌に落ち着いた瞳で僕のことを見つめてくる。

「お祈りする気はないんです。どちらかと言えば、神様に謝ってから、」

そこまで言うと納棺師は距離を縮め、僕の首に手を添える。酷く冷たい手が徐々に力を込めているのが分かる。ぎりぎりと圧がかかり、息をうまく吸うことが難しくなる。

「謝って、許してもらわなくていいから貴方のこと、好きにさせてもらおうかと思っているんです。でも、神様ってなんでも許してくれるんですよね」

にこりと普段の表情からは想像のできないくらい優しい笑みを浮かべる納棺師は、額に唇を寄せる。

「僕、我慢できなくて。毎日毎日、日記に納棺したいって書いているのに荘園の主は死体を送ってくることはしてくれないし、それなのに日記を書き続けろって、ひどいですよね」

さっきまで笑みをたえていた納棺師の瞳からぽろりと涙が零れ、唇を強く噛み締めていた。ぽたぽたと頬に落ちてくる彼の涙が、僕の胸まで苦しくさせる。恐れていたことがこうも綺麗に当たるとは思わなかった。元々精神の弱そうな彼らが耐えられるはずもないのだけれど、矛先が自分に向くとは思っていなかった。

「神父さんは僕のお願い叶えてくれますよね」

きゅっと呼吸が辛うじて出来ていた部分を的確に締め上げてくる納棺師に思わず眉を寄せてしまう。苦しい。視界が徐々にぼやけ、何も考えられなくなる。最後に見えたのは、彼の顔なのか、それとも人間ではない悪魔の化身なのか、いろんな人間の罪を被ってきた自分にはわからなかった。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -