朝、目が覚めると机の上に一枚の手紙が置かれていた。まだ覚醒しきれていない頭を持ち上げて、机の上の手紙へ手を伸ばす。丁寧に封のされた手紙を開き文字を読むと、どうやらゲームへの招待状のようだった。ご丁寧に時間まで記載されており、手紙からは放棄することは許さないと無言の圧力がかけられている。嫌だな、と素の感想が漏れてしまう。聖職者は痛みを感じないと、信者の誰かが触れ回っていたがそんなことはない。特に自分は痛みから連想される死への恐怖が人一倍あるということ、それをひた隠しにしなければいけない自分の立場も嫌で仕方がないのだ。ここでも自分の扱いは神を信じている神父として皆の目には映るのだろう。今夜行われるゲームのことを考え、ぎゅと眉を寄せて不安に耐える。ここに来ればそんなしがらみからも解放されると思って来たのに、と荘園に行くことを決意してしまった自分をひどく恨んだ。



ずっとゲームについて考えていても億劫になるだけなので部屋に運び込まれた数少ない自分の荷物を開き、服などはクローゼットへ。他のものは適当なところへ置く。そうこうしているうちに指定の時間が近づいてきてしまい、重い足を引きずるようにして待合室といわれる場所へ向かう。薄暗く無駄に長く感じる廊下を進み、暗がりの中でぽつりとライトに照らされて存在を主張するドアを開く。すると中にはすでに3人の人間が座っており、一斉にこちらを向く。3つの視線に一瞬身体が固まってしまうが、昨日荘園について説明してくれた医師の姿を見つけ、会釈をする。

「あなたの席はここよ」

医師は自身の横にある空席に手を向ける。他の2人がそれぞれ自身の名前と立ち回りを話してくれているようだったが今の自分にはその言葉を落ち着いて聞けるほど余裕がない。ああ、よろしく、と生返事を返し心の中で祈る。無事に終わってくれればそれでいい。太ももに置いた手にぎゅと力が入り、同時に身体から意識を引きはがされる感覚が押し寄せ、思わずぎゅうと目を瞑ってしまった。



次に目を開いたときには自身の居た場所が変わっており、あたり一面は雪に覆われていた。ぶわっと全身を襲う寒さに思わず身震いをし、両手で腕を抱く。あたりを見回すと、医師の言っていた暗号機が視界に入り、自身のやらなければいけないことを思い出す。ひっきりなしにメッセージの通知を知らせる端末をポケットへしまい、暗号機とやらの解読に取り掛かった。



占い師は暗号機に向かい手をせわしなく動かしながら布に覆われた瞳を閉じる。いつも通り、医師と空軍からは現在地を知らせる為のチャットが飛んでいるものの、今日が初陣の彼から何の音沙汰もないのだ。ハンターに追われている様子は無いものの場所が把握できないことには連携が取りづらくなる。端末の使い方を教えておけばよかった、と後悔しつつも、天眼で彼の居場所を探す。自分からそう離れていない暗号機が微かに揺れているのを見つけ、視線を向けると、慣れないながらも暗号機の前で解読を進める彼を見つけた。丁度自身の暗号機も解読が終わったこともあり、足早に彼の居る方へ向かう。向かっている途中で空軍が最後の暗号機を上げたらしく、あたりに耳をつんざく程の音が鳴り響く。まずいな。今日はハンターに一度も会っていない。彼がいた暗号機の前につくも、彼の姿は無く、しかしそこにはハンターと遭遇したんだと気付いてしまうほどの血痕が残されており、頭から血の気が引いてしまった。初陣で、しかも誰が助けに入るでもなく、ハンターに襲われる恐怖を想像してしまった。あまり表情を表に出さない彼は怯えているのだろうか、そんなことを考えてしまいながらもぐるりとあたりを見回す。医師も心配しているようで、早く逃げてとチャットがひっきりなしに飛んできている。そのチャットに助けにいくと送り、血の後を辿って走ると小屋の方にリッパーと思しき影が手を振り上げるのを見つけ、肩に留まっている梟に「頼む、先に彼の元へ行って助けてくれ」と告げる。梟は肩から離れ上空からリッパーの居る方向へ降下し、彼を援護する姿勢を見せていた。小屋の裏からまわり込み、窓枠を乗り越えると急に現れた占い師に驚いたのか、一瞬リッパーの動きが止まった。

「新しく来たばかりの彼をあまりいじめないでくれるかな」

雪の上に血溜まりを作り、壁に寄り掛かるようにぐったりと身体を預けている神父。黒い祭服を赤黒く染め上げ、苦しそうに息を吐く姿に少し憐みを抱いてしまう。神父の前に屈み、リッパーとの壁になるように彼を背中へ隠す。その行動にくつくつと口元を押さえて笑うリッパーが珍しい物を見るような目つきで視線を自身へ向けてくる。

「貴方がこんなに無防備な状態でハンターの前に現れるなんて珍しい。この男、放っておけば今回は余裕で勝てる試合にしてあげたというのに」
「ずっと彼を見ていた、とでも言いたげだな」
「いかにも。ずっと後ろから見ていましたよ、私に気付くことなく暗号機を解読する様は滑稽でした。ああ、もう少しというところで私が急に後ろから攻撃をしてしまった時の、怯え切った表情。神を信じる神父もそのような表情をするのですね」

くく、と笑いを溢し、彼の血がついた刃をこちらに向けてくる。

「……やはり、神は居ないのですねえ。神の教えを代弁して下さる彼でさえ、私には抗えないのだから」 

その言葉に先程まで呻き声を押し殺すように息をしていた神父が背後でぴくりと動いた気がした。

「おや、気に障りましたか?神父様」
「…っ、あなたみたいのが、いるから、神に縋らなきゃいけない人間が増えるんだ、神を作っている人たちにあなただって加担してる、…居ないと言いながら存在している事実を作り上げてるなんて、愚行にも程がある…」

背後から聞こえてきた言葉に思わず振り返る。赤い瞳は恐れからは程遠い、何もかも見透かしたような鋭い瞳に、リッパーもぴくりと存在を揺らす。しかし、彼の言葉は少なくともリッパーにとっていい気持ちではないのは確かで、ここで2人とも片付けられてしまうことが容易に考えついてしまう。せめて、と彼を覆う様に盾になると「興醒めです」と想像とは違う言葉が聞こえてきた。

「こんなに不愉快な気分になったのは、」

リッパーはそこまで言うと口を閉ざし、じっと仮面の奥から神父を見つめる。続きを言うでもなく、姿を消してしまったリッパーと同時に、意識が混濁しはじめ、ああ、ゲームが終わったんだと張り詰めていた意識をゆっくりと解いた。神父は自身の気の緩みに気付いた様で、きゅうと寄せていた眉から力を抜き、目を閉じていた。
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