いつものように自室へ持ち帰った本をランプの小さな光にあてるようにして読んでいると、部屋の扉が音もなく開き、驚きのあまり手から本を落としてしまった。足元に落ちた本の音に扉を開けた人物も驚いたようで短い悲鳴があがる。

「もう寝てると思ってノックせずに開けちまった、悪い……」

目を凝らして扉の前にいる人物を見てみると、居心地の悪そうな表情をしている傭兵が立っていた。

「僕が寝てると思っているのに部屋に入ろうとする時点でおかしいよね」

そう言って、傭兵を睨みつける。

「ほんとうに悪い。でも俺、やっぱり一人だと眠れなくて……」

徐々に声を小さくしていく傭兵の姿に思わず溜息が溢れてしまう。仮に僕が寝ていたとしたら、許可を得ずに隣で寝ようとしていたと言っているようなものじゃないか。

「もう幽霊なんて見えないんでしょ。なにも怖いことなんてないよね」

突き放すような物言いに言葉を詰まらせているようだったが、傭兵は無遠慮になまえの座っているソファに近づいてきた。

「…変なこと言ってると思うだろうけど、おまえの匂いかいでると安心して寝れるから、一緒に寝てほしい」

ぽつりと呟いた言葉に目を瞠ってしまう。傭兵は目の下にまた薄く隈をこさえて、懇願する。頼むよと何かを堪えるような声をだす彼をどうしたらいいのかわからなくなってしまう。

「でも、君と僕が毎日一緒のベットで寝てるのって、周りの人からしたら変な目で見られるよ。僕、あんまりそういう目で見られるのは好きじゃないんだけど」
「ばれないように来るから、頼むよ」

言い訳をしてみるものの、的外れな返答が返ってくる。この押し問答とも言える雰囲気に嫌気がさしたのか、傭兵は有無を言わさずなまえの二の腕をぐいと掴んで無理やりベットの方へ連れていく。やっと二の腕を離したと思った途端、今度は肩を掴み、身体をシーツに押し付けてくる。

「ちょっと、ナワーブ」
「お願いだから俺の好きにさせて」

自身の頭の下に傭兵の意外とがっしりとした腕を回されて思わず声を上げると、もう片方の手で口元を塞がれる。そのまま傭兵はすんすんと鼻をなまえの髪や額にくっつけては離し、暗闇の中でも相手を鋭く牽制しているかのような瞳を向けてくる。

「なまえ」

口を押さえていた手を離し頬に添え、優しく撫でながら傭兵は名前をつぶやく。しかし声色とは裏腹に、煌々と獲物を捕まえた狼のような表情を浮かべている彼にびくりと身体が反応してしまう。それを良く思ったのか、なまえの肩をぐいと押し倒して、馬乗りのような状態で顔を見下げてくる。

「なまえが悪いよ、俺が気に入る匂いしてるから」

傭兵は独り言のようにぽつりと呟いて、なまえの首筋に顔を埋める。すんと鼻をつけて匂いを嗅いでいた傭兵が、次第にちゅ、ちゅと音を出して首を吸いはじめた。その行動にさすがのなまえも抵抗しようと腕を振り上げようとしたものの、片手で抑えつけられてしまう。

「動かないで。俺、力の加減出来ないから」

首元に顔を埋めていた傭兵が低い声でつぶやく。先程までとは違う、熱を帯び獰猛に光った瞳がすっと細められ、暗に逃す気はないと言っているような気がして、身体がこわばる。大人しくなったなまえに満足したのか、傭兵は首筋に再度、唇をあてがう。一瞬、躊躇するように唇を離した傭兵だったが、次の瞬間歯を突き立てるように噛みついた。突然襲ってきた鋭い痛みになまえは小さく悲鳴をあげてしまう。びりびりと痛みを訴える首筋に出来た傷跡を想像してしまい、こくりと唾を飲み込む。ぴくりと動いた首筋を確かめるように再度柔く噛み付き、噛んだ跡を撫でるようにぺろりと舐める。

「なまえの肌あま……」

しっとりと汗をかいている首筋から顔をあげ、なまえの唇に噛みつこうとして、ふと動きを止める。

なまえを覗き込めば、瞳に水の膜をつくりながらもきゅと力を入れて我慢をしていた。こんな状況でも、彼は職業柄、断わる術をもたないのだろうかと考えてしまうけど、嫌がっているように見える相手にこれ以上のことをするのは傭兵にとってもあまり好ましいと思えるものではなかった。腹の底から湧いてくる欲望をぐっと押し殺し、なまえの頭をなでる。

「悪い」

掴んでいた腕から手を離して、なまえから少し離れて身体をベットに沈める。なまえは少し乱暴に自身の目をぎゅうと擦って傭兵から顔を背ける。嫌われちゃったかなと考えて、赤く血の滲んだ首筋を袖口で拭ってやる。そのまま身体を引き寄せるように抱きしめて彼の身体に顔をうずめ、小さくごめんと呟く。

「こういうこと他の人たちにしたら許さないよ」

その言葉が独占欲や恋愛感情からでた言葉ではない事など分かっているけれど、恋人相手に釘をさすような物言いを自分にしてきたという事実に胸がきゅうと苦しくなる。傭兵はこの人間を自分のものにできたらと無意識に考えながらうん、と小さく頷いた。
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