血で汚れた祭服を脱ぎ捨てて、荘園の主からあてがわれた別の服に身を包む。意識のはっきりしない、溺れているかのような感覚に気持ちが悪くなり、ベットの上にうずくまる。ぐわんと揺れる視界と身体の芯から冷えてしまっているかのような悪寒に耐えるようにぎゅうと自身の手で身体を抱く。何をするでもなく人の恨みを買ってしまう神父の心労は募る一方で、シーツには瞳から溢れでる涙がぱたりぱたりとしみを作っていく。

小さく震える身体をぎゅうと抑え込み、何時間経ったのだろうか。扉が控えめに叩かれる音で意識を戻した神父は、今はだれとも話したくないし会いたくない気分だった。ベッドの上からじっと扉の方向を見つめていると、溜息が聞こえた。

「気付いてるんだったら開けてくれないかな、僕も暇だから来てるわけじゃないんだ」

扉の向こうから聞こえてくる声に、首筋にできた真新しい傷がびりびりと痛みはじめる。相手が占い師なら黙っていても意味がない、重たい身体を起き上がらせて扉を開ける。

占い師はにこりともせず、部屋に入ってきた。その態度に閉口しながらも客人は持てなさなければという精神が捨てられず、紅茶を入れようとすると、控えめに腕を掴まれて行動を制される。

「いいよ、そこまでしてくれなくて」

そういって占い師はまるで自分の部屋かのようにティーカップを棚から取り出し、茶葉を入れ始めた。その行動に若干の怖さを感じながらも、ベットに戻り腰を掛ける。

「傭兵の彼がひどく心配していたよ」

カップを手に取り、占い師がおもむろに呟く。自分でやったとは言え、やりすぎたと思う気持ちが彼にもあったのだろう。先程から痛みだした首に手を添えて、そうなんだと答える。

「明日、君はゲームの予定があるけど、彼が変わろうかって言っていたよ」
「……そうだっけ、じゃあ変わってもらおうかな」

今日明日は包帯から滲む血を隠すことが出来ないだろうと考えて傭兵の心遣いをありがたく受け取る。湯気のでているカップを手に、椅子へ腰掛ける占い師に、長居をする気なのかと目で問いかける。

「言いにきたことがそれだけならさっさと帰ってくれないかな。僕、今日はだれとも会いたくなかったんだけど」
「そうだろうね。でも君が死んでしまっていたら大変だからこうして見に来てあげてるんだ。少しは話に付き合ってくれてもいいだろう?」

にこりと人当たりのよさそうな表情をしているものの、声色は酷く冷え切っていて、ぎゅと心臓を握られているかのようだった。まるで自分が死ぬ瞬間を逃すまいと狙いを澄ます鷹のようにじっと見つめてくる占い師のせいなのか、また息が苦しくなる。きゅと眉を寄せる神父に、手に持っていたカップを離す。

「痛むのかい」

椅子から腰をあげると神父はびくりと肩を震わせて、近づくのを拒むような表情を見せる。その行動は小動物かのように見え、思わずくつりと笑みが溢れてしまう。

そんな占い師の表情に、心労が限界を超えていた神父の瞳からぽろぽろと涙が溢れる。止めようとしても溢れてくる涙を拭うように手で擦る。何が悲しくてこいつの前で泣かなくてはいけないのかと僅かながらの矜恃が必死に涙を止めようとするものの、占い師に手を掴まれるまで止まりはしなかった。

「そんなに擦ったら赤くなるよ」

ひくりと鼻をすすり、見下ろしてくる占い師を睨みつける。

「僕が弱っている姿をみて喜びたいなら今日じゃない日にしてくれないかな」

頬を伝ってくる涙を手で拭き、唇を噛む。こんなに屈辱的なことはない。占い師は泣いている僕を見たいがためにわざわざ来たのだろうか、思っていたよりも嫌な人だと評価を改めて、掴まれている手を振り解く。

「なまえ、君が彼を殺す確率はあったのかな」

彼、とは傭兵のことを指しているのだろう。唐突にたらればの話を投げかけてきた占い師に、うんざりとしてしまう。

「ない」

そう言い切ると、占い師は本当に?と見透かしたような声色で問いかけてくる。

「本当に、ないって。……いい加減にしてくれないかな、だれとも今は話したくないって言ってるよね、ほんと、疲れてるんだって、ぼく」

ぎゅうと胸のあたりが苦しくなり、手で押さえる。目の前の占い師は何も言わずに僕を見下ろしているのだろうか。ぱたぱたと太腿に水滴が落ち、口で呼吸するのが苦しくなり、肩で息をしようとするも上手く息が吸えない。

「くるし、っ」

きゅと喉が締まったような感覚に冷や汗が流れる。途切れ途切れに息を吐いている神父に占い師はぐっと眉を寄せた。

「吐いてばかりじゃ息できないよ。なまえ、こっちみて。僕と同じように呼吸してみて」

神父の顔を手で救い上げ、視線を合わせる。神父の視線は合うことがなく、焦点が定まっていないようだった。元々血の気のない肌色が更に色を悪くして、苦しそうな表情で浅く息を吸う神父。このまま放っておけば死ぬのかな、なんて考えてしまう。傭兵に手を出していたら助けなかったのにと、溜息をつく。

「貸しだからね」

神父の唇にちゅうと自身の唇を重ね、息を吹き込む。引こうとする神父の後頭部に腕を回して、逃げられないように捕まえる。吐いてばかりいる神父に無理やり酸素を送り込み、呼吸が出来るようになるまで数回続けると、意識が飛んでしまったのかぐったりとこちらに身体を預けてくる神父。涙のあとを頬に残し、ゆっくりと呼吸をしていることを確かめてからベットに横たわらせる。血の滲んだ包帯にそっと手を添えると神父は嫌がるような素振りをみせた。

「僕が来なかったら君は過呼吸で死んでいたんだよ」

占い師は目の前の神父をどうするべきなのか、決めかねてしまっていた。殺すべきなのか、生かしておくべきなのか。判断するにはまだ材料が足りないような、そんな気がするのだ。
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