教会に、自分は足を踏み入れることが許されるのだろうか。傭兵は自身の血に濡れている過去を正義と位置付けて良いものなのかが分からなかった。5分程扉の前でぼうっと考えていたものの、何も浮かんでこない。しかし、ずっとこうして悩んでいるわけにも行かず、意を決してドアノブに手をかけようとした瞬間、向こう側から扉が開く。開いた本人もまさか人が居るとは思っていなかったようで赤い瞳を揺るがせて固まってしまった。

「……なにかようがあるのかな?」

自分と背丈の変わらない神父は困ったような表情を浮かべてから教会へ招くように声を掛けてきた。

「いや、ここに用はねえよ。あんたが夜飯の時間になっても来ねえから伝えに来ただけだ」
「わざわざどうも。僕はあとで食べるつもりだから君もご飯を食べに戻ってくれていいよ」

神父の言葉はあまり傭兵の来訪を歓迎していないかのように聞こえ、少し腹が立ってしまう。

「俺みたいな人間は教会に入れない、とでも言いたげな表情だな」

傭兵の酷く冷たい声色に神父は困惑したような表情を浮かべ、そんなことないと否定する。

「教会に用があるのなら入って構わないよ。僕、君の気に触るようなこと言ったかな?」
「……人殺しは受け付けねえみたいな顔してるくせに、よく言う」

人殺しという言葉に酷く傷ついた表情をみせ、眉を寄せる神父が酷く憎たらしく見える。自分は潔白な人間だとでも言いたげに祈りを捧げる神父のことが日頃から気に入らないと感じていたのは事実。二人きりになる場面なんて今まで無かったから、このなんとも言えない劣等感を彼に当てる機会も今まで巡ってこなかった。

「君の言う人殺しと言うのは戦争をしていた時の話だろう」

口を噤んでいた神父がぽつりと呟いた。

「君自身が理不尽に人を殺していないのなら、後ろめたく思う必要はないと思うけど」

神父は自分にまで悟りを開こうと考えているのだろうか?殴りかかりたくなるのを抑え、神父との距離を詰める。

「あんたに許しを乞うつもりなんてねえよ」

縮まった距離と傭兵の冷たい声色にびくりと身体を震わせた神父が一歩後退りをする。その態度が気に食わず、二の腕を掴んで逃げられない状況を作ると、神父は瞳を揺るがせて困ったような表情を浮かべた。

「なにがしたいわけ、」
「なんの汚れもないような人間が分かったような口聞くな。お前みたいな聖人ぶってるやつが俺は一番嫌いなんだよ。……安全な場所で捨て駒に指図してるようなやつ、全員殺してやりたくなる」

憎悪の滲んだ瞳で神父を睨み、掴んでいる手に力を入れれば、重たいものなんて持ったことのないような腕はみしりと嫌な音を立てる。神父は痛みを堪えるようにぎゅと唇を噛み、顔をゆがめる。

「あんたを殺しても荘園の主はゲームを続けるだろうし、俺は罪に問われない。殺されたくないなら俺のこと殺してみろよ、あんたも叶えたいことがあってここに来たんだろ」

傭兵は隠し持っていたナイフを腰元から取り出して、神父の首にすっとあてがう。少し力を入れてやれば、神父の白い首筋からぷつりと血が滴りはじめる。神父の瞳は分かりやすいくらい恐怖に塗りつぶされていて、きっと抵抗なんて言葉は掻き消されてしまっているのだろうなと嘲笑する。

「……僕がそんなに羨ましいのかな、君は」

恐怖に支配されながらも傭兵をじっと見つめる神父は吐き捨てるようにそう呟く。

「自分もそうありたかった、とでも言いたげなことばかり言うね。でも、君の手が血で染まった事実は変えられない。だれかを羨むのではなく、自分を認めないと変われないよ、永遠に」

その言葉に加減していた手に力を入れてしまう。ぶちりと皮膚を超えて肉を切り裂いた感触が伝わり、思わず手からナイフを離してしまった。神父は手から抜けたナイフを掴み、傭兵の脇腹に突き立てるように添えた。赤く染まったナイフを持つ手はしっかりとしており、神父がその気になれば深く突き刺せるのではないかと感じるほど圧を掛けてくる。

「僕に君を殺させないでくれ、僕だって自分の正義に反した人殺しはしたくない」

血が溢れている首筋を押さえている神父は、殺すこともできるとでも言いたげな言葉を投げかける。その瞳は見覚えのある色をしていて、目の前の神父が自身と同類であることに気付いてしまう。

「……悪かった」

絞り出した声に神父は手に持っていたナイフを下ろし、どこか冷めたような表情をしていた。首筋を押さえている手はいつの間にか赤く染まっており、深くまで切りつけてしまったことに気付く。

二の腕を掴んでいた手をぱと離すと、神父は後ろによろりとぐらついて、そのまま地面に座りこんでしまう。「う……」と、苦しそうに呼吸をしている神父の前にしゃがみ、思考を巡らす。

「医師、呼んでくる」

ぱと思い浮かんだ顔の人物を口にすると、神父はゆるりと首を振って拒否しているようだった。

「いい、呼ばなくて。……この状況なんて説明する気なの、きみ」

たどたどしく呟く神父の様子に傭兵はでも、と口籠る。それでも呼びに行こうと膝を浮かせた傭兵の足を神父が掴む。

「責任もって、きみが治療して」

痛みが限界まできているのだろうか、神父は瞳に涙を溜めているようだった。治療するとしても医療類はすべてあの医師が管理しているはずなのに、と困惑していると、背後から呆れたような声が聞こえてきた。

「遅いから来てみれば、君達は何をしているのかな」

振り返ると占い師が全てお見通しでした、とでも言うように肩を竦めている。

「イライ、」

傭兵が少したじろぎ、状況を説明しようと口を開いたが、占い師は神父の前にしゃがみこみローブの中から包帯や止血剤などを取り出した。

「視えてたから知ってるよ」

手際良く神父の治療を進める占い師に、傭兵は口を閉ざす。神父は苦虫を潰したような表情で占い師を睨み付け、苦しそうに息を吐く。

「君がナワーブに手をかけていたら、僕は君に自決を迫れたのに残念だな」

神父の血で自身の手を赤く染めながら、本当に残念だと呟く占い師に傭兵は二人の中にも何かいざこざがあったのだと推測する。そして自分はいいだしに使われたと気付いてしまう。

「はい、おしまい。他の人たちに見つからないように着替えてきなよ、歩けるよね」

床に血溜まりを作っている人間に対して些か冷たい態度をとる占い師。しかし何も言う気がないのか神父はよろけながらも立ち上がり、お気遣いどうもと感情の乗っていない感謝を述べて自室の方向へ歩き始める。思わず、おいと声をかけてしまうと神父はちらりとこちらへ視線を向ける。

「ついてこないでね、君にまだ殺されたくないし」

そう言って、教会を出て行ってしまった神父。占い師と二人きりになってしまい気まずい雰囲気が訪れる。

「じゃあ、皆のところ戻ろうか」

神父を見送ってすぐ、占い師はなにも無かったかのように歩き出す。傭兵は汚れた人間は自分だけではないのかもしれないと考えながらも、教会を後にした。
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