それは小さな出来事で【N/首/静臨/完】 | ナノ

来神



流れる汗は頬を伝って下に落ちた。ジリジリ照らす太陽に肌がやけている気がして、日焼け止めぬったっけなあ、と少し心配になった。真っ黒になるのは嫌だ。焼けるにしてもやはり程々がいい。折原臨也は元々色白で焼ける体質ではないのだが、だからこそ焼けるのには抵抗があった。

誰だよ、こんな暑い中屋上で食べようなんて言ったやつ。一同が一度は脳裏に浮かんだ疑問だが、実際誰からでもなくそれぞれが勝手に足を屋上に運んでいた。
暑さで誰もがだんまりを決め込む中、臨也だけが口を開いた。

「ねぇ、皆で海行こう」

唐突なことで、しばしの沈黙が続いた。少しして、しびれを切らした臨也が急かすように「ねぇ」と言うと、新羅が溜息まじりに服の裾で汗を拭った。

「君は涼しくなりたくてそう言ってるのかもしれないけど、それは間違いだよ。君達変人のおかげで、いや、門田君は違うから正しくは臨也と静雄の二人っていうのが正しいね。ちょ、静雄。暴力はやめて、ごめんなさい。……ふぅ、まぁそれで君達のおかげで女の子は寄ってこないのだから野郎だけで行くしかないんだろ?それはかえって暑苦しいよ。むさいよ。嫌だね、僕は」

臨也はむくれた様に頬を膨らますと、気持ち悪いと一刀両断に新羅に切り捨てられ、臨也の顔は不機嫌なものに変わる。

「じゃあ何?女の子を呼べばいいのかよ」

「いや、」

「それはセルティへの裏切り行為だからね。駄目だ」

「殴るよ?」

ぎゃあぎゃあとやり取りが繰り広げられる中、門田は黙って箸をすすめていた。

「俺はいいと思うぜ」

そう言ったのは静雄だった。静雄の発言により臨也と新羅の動きがびったり止まる。門田は視線だけを静雄に向けた。

「俺は海、いいと思う」

フリーズしていた臨也が、ようやく状況を理解し、ニヤっと笑った。あ、また余計なこと言う気だ。新羅が止める暇もなく臨也は言葉を紡いでいた。

「何?シズちゃん行きたいの?俺シズちゃんを誘った覚えはないんだけどなあ…あれ、もしかして皆ってのにシズちゃん入ってると思った?俺がシズちゃん誘うワケないじゃんか。アハハハッ!なになに?行きたいの?ねぇ、シズちゃん行きたい?」

ペラペラとお得意の饒舌で言葉を繋ぐ臨也に静雄の顔は怒りか恥からか真っ赤になっていく。

「ちょ…静」

「死ねぇえええええ!!!ノミ蟲ィィィイイ!!!!!」

慌てた新羅が止めに入るがそれさえも無駄で飛んできたのは屋上のてすり。ぎょっとした臨也はギリギリのラインでそれを避ける。てすりを投げるだけ投げた静雄は臨也にソレが当たったかも確認せず、走り出していた。

「あっぶなぁ〜。今の酷くない?危なくない?」

「臨也が悪いね」

「ああ。今のは臨也が悪いな」

同意を求めた臨也だったが、撃沈。すかさず新羅と門田に否定され臨也はバツが悪そうに顔を歪めた。

「何だよ、二人して………新羅とドタチンのばかぁあ!!!」

両手で顔を隠し、走り去っていく臨也の背に、うざいなあ、なんて思いながら新羅と門田は苦笑する。

「何だかんだ言って行くんだな」

「行くんだよ」

臨也と静雄がいなくなり静かになった屋上で、無残な姿になったてすりだけが虚しく転がっていた。





「シーズちゃん」

「話かけんな」

臨也は迷うことなく静雄の姿を見付けた。静雄は拗ねたり、一人で居たい時は体育館裏にいるのだ。現にこうして体育館裏で一人、三角座りしていた。

「さっき新羅達に俺が悪いって言われたよ」

「…………」

静雄の前に臨也はゆっくりしゃがみ込む。臨也がしゃがみ込んだことで二人の視線がばっちり交わった。拗ねたように静雄は臨也を睨みつけていた。

「でもね、俺謝る気ないよ」

「…………」

「だからといって、スイカ割りと偽って、スイカ代わりにシズちゃんを叩きわることも、海にシズちゃんを沈めることも、諦める気はないんだよね」

やけに早口に言った臨也だったが、静雄は聞き逃すことなく臨也の言葉を受け止めていた。

「……え?」

「…………」

「…臨也それって」

「うわあーもぉお!恥ずかしい!何でこんな時だけ察しがいいのさ!馬鹿のくせに!単細胞のくせに!シズちゃんのくせに!消えたい!むかつくむかつく!」

真っ赤にした顔を腕の中に埋めて叫ぶもんだから、臨也の声はこごもっていて聞こえにくい。それから静雄は、こつん、と臨也の頭に触れるだけの拳をあてた。

痛くもない感覚に臨也はゆっくり顔をあげて静雄を見た。

「これで許してやる」

見慣れない笑顔でそう言われ、臨也はもう一度腕の中に顔を埋めた。





(やっぱむかつく)

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