空
ドドドドド
爽やかな光が射し込む清々しい朝に、場違いな騒がしい音がリビングへと響いていた。
玄関で床に腰をかけ、靴紐を結んでいた少年は、黒く艶やかな髪の隙間から真っ黒な瞳を覗かせ、階段を睨むような目つきで見上げた。
すぐさまその少年の真っ黒な瞳に揺れ動く金色のナニかが映り込んだ。
「だぁ〜〜っ!!遅刻だってばよ〜!!」
慌ただしく階段を駆け降りてきた金髪の少年は上半身の肌をこの冬の寒空にさらけ出していた。
右手に制服やTシャツが握られていることから着替える途中だったのであろう。
黒髪の少年は興味なさげに金髪の少年から視線を外した。
それとは裏腹に金髪の少年は黒髪の少年をとらえた。
「サスケッ!!なんで起こしてくれなかったんだってばよっ!?」
サスケと呼ばれる黒髪の少年は振り返りもせず、蔑むように、フン、と鼻をならした。
「何で俺がテメエの世話をしなきゃならねぇんだ。」
すぐさま出ていこうとするサスケに、金髪の少年は慌てて階段をかけ降りて、サスケの腕を掴む。
「何でって、お前ってば俺と同じ部屋だろっ?」
「知らん」
サスケは捕まれた手を振り払い、素っ気なく答えた。
「お前に構ってたら遅刻する。先行くぞ、ナルト」
「ちょっ…サスっ…!!」
サスケが玄関を開けたと同時に入り込んできた冬の冷たい風がナルトの体にビュウビュウ吹き当たった。
そこでやっと上半身をさらけ出していたことを思い出し、急に全身に寒気がした。
鳥肌が身体を駆け巡るようにたち始め、身体の芯から冷えてくような感覚。
「…っくしゅん」
「あーあ…服着ないでいるからだよー」
不意に後ろから聞こえた声にびくりとナルトの肩は跳ね上がった。
冷えた身体を自信の体温の高い手で摩りながらナルトは振り返った。
「カカシ父ちゃん…」
カカシは腰にはエプロンを巻いており、ナルトの頭をポンポンと叩いて、ニッコリと笑って見せた。
「ナルト」
この後に続と笑って見せた。
「ナルト」
この後に続くカカシの言葉にナルトは涙をのむことになる。
「お前の朝食ないよ」
「おはよう、サスケ君」
声のする方に立っていたのは、同じクラスの春野サクラだった。
サクラはサスケに気があるらしく、その顔はほんのり紅色に染まっていた。
「……はよ」
素っ気ない返事だけをし、再び歩きだそうとするサスケにサクラは慌てた様子でサスケの名を呼びもう一度引き止めた。
サスケは首だけ動かし振り返ると「何だ」と言い放った。
「サスケ君良かったら一緒に―…」
「サスケくぅぅぅん」
ドンッとサスケに飛びついてきたのは、サクラと同様クラスメートのイノであった。
背後から腕を回され抱きつかれたサスケは、眉間にぐっと皺を寄せた。
「おい、離れろ」
「でもこうしてる方があったかいわよ〜?」
さらに体を寄せるイノにサクラも黙ってはいられない。
「ちょっとっ!イノブタっ!サスケ君から離れなさいよっ」
「あ〜ら、サクラ。アンタ、オデコをそんなに出して寒くないのぉ?」
始まれば当分は終わらない言い合いに、サスケは溜息を小さくはいた。
イノがサクラとの言い合いに夢中になり、腕が緩んだ隙に、するりと抜け出し学校へ向かう。
「サスケ君はっ私と学校に行く方がいいに決まってんでしょ!デコッ」
「アンタみたいなブスと行きたいわけないじゃないっ!ブスッ」
「デコッ」
「ブスッ」
「デコッ」
「ブスッ」
二人がケンカの原因の少年がいない事に気付くのは学校の予鈴が聞こえてきた時だった。
どさっ
サスケは乱暴にランドセルを机の上に置くと、溜息をはいた。
溜息は白い息となり、それを見たサスケはますます寒くなった様に感じた。
鞄の中から教科書を出す時に見えたのは、カカシがナルトとサスケにくれたお守りだった。
カカシが神社に行った時に交通安全のお守りと間違って買ってきた安産様のお守り。
(安産って… )
サスケは誰にも見られないよう、そっと口元を緩ました。
「なんか嬉しそうだなあ」
不意にかけられた声に、サスケの肩が小さく跳ねる。
きっとこの声は
「…シカマル」
名を呼ばれた男は、口先を吊り上げサスケを見下ろしていた。
「何みてんだぁ?」
サスケの手元を覗き込むためにかがんだシカマルにサスケは咄嗟にお守りを手に握って隠した。
「な、んもねぇよ」
明らかに何か隠したのをシカマルが見逃すはずがなかったが、サスケが見せたくないならそれ以上詮索する気はないので、ゆっくり体をおこした。
サスケの方も隠すことではないのだが、反射的にそうしてしまった。気をつかわせてしまったと内心後悔していた。
「サスケ」
サスケは呼ばれるままに顔をあげ、シカマルを上目遣いに見上げた。
サスケの黒髪が風に揺られるのが、誘惑されてるようでシカマルは体が熱くなる気がして、目が離せない。
(ったく…面倒くせぇ… )
「…おい…シカマル?」
サスケに声をかけられ、シカマルは我にかえる。
どのくらい止まっていたのか、サスケは急に黙ったシカマルを心配な目で見つめていた。
「ん…ああ…そのナルトはまた遅刻か?」
ナルトの名前を出すと、サスケの顔から興味がひいていくのが分かった。
「……さあな」
「おいおい、お前等兄弟だろ?」
シカマルが苦笑していうと、サスケはそっぽを向いて一言
「知らねぇ」
「これでホームルームを終了するぞ」
ドドドドドドドド
段々と大きくなる音。こちらに向かってきている。
担任のイルカはわざとらしく溜息をはいた。イルカだけでなくクラスの誰もが、この音の正体を知っていた。
小さな笑い声や、話し声がポツポツと聞こえはじめ、しだいに皆の視線が教室の扉の方へと向いていく。
サスケは半ば呆れた様子で時計を見つめていた。
3秒
2秒
1―…
ガラガラッ
「おはようだってばよっ!イルカ先生」
「ナルトォ!おはようじゃないっ!全くお前は何度遅刻をすれば―…」
「ああ〜ハイハイ。もうそれ聞き飽きた」
前の席にいるキバやチョウジに声をかけながら、自らの席に座ろうとするナルトにイルカは自信の中の何かが切れる気がした。
「ナルトォオオオオオ!!!後で職員室にきなさい!!!!!」
えっ!?え?それはないってばよ!?と、ナルトの動揺を余所に、クラスには笑い声が飛び交っていた。
「……おい、ナルト」
あからさまに不機嫌な声が頭上から聞こえ、ナルトは目を擦りながら顔をあげた。
目線の先には、声同様不機嫌なサスケの顔があった。
「どうしたんだってばよ」
何か悪いことしたかと、咄嗟に記憶をたどってみたが、思い当たる節はなく、ナルトは少し声を震わせて問いた。
「ノート」
「は?」
言われたことが分からず、問い返すと、サスケの顔は更に不機嫌さを増した。
「だから、ノートだよ。ノート。英語の。昨日テメェに貸してやっただろ」
そう言われて、やっと思い出した。そうだった。
昨日ナルトは英語の宿題があるのを忘れていて、寝る直前だったサスケに見せて!と頼んだものの、見せない、を一点張りのサスケにやっとのこと頼み込んで、ノートを写さして貰ったのだった。
ナルトの顔から血の気が引いていく。
「昨日、写し終わったら俺の鞄に入れとけっつったよな」
段々と低さを増すサスケの声にナルトは顔を引きつらせて笑った。
「そ、そうだっけ?」
「…とぼけんじゃねえ」
「は、はは…あるってばよ…俺の鞄の中に入って…」
そういって鞄を探りはじめるナルトにサスケは睨みをきかせる。
ナルトはお菓子しか入ってない鞄を探りながら、昨日をよく振り返ってみた。
サスケに借りたノートを写し、そのまま風呂に入るからノートを引き出しにしまった。
ああ、忘れた
自分のノートも忘れた
こんなことなら宿題を忘れて俺一人先生に怒られておけばよかった
ナルトは後悔の念が押し寄せた。
「おい…ノートは見つかったか?」
ニッコリ笑うサスケに恐れでもう言葉も出ない。
「………もちろんだってば、よ…」
「なら出せ。」
「えと…」
「あるんだろう?ほら、返せ」
「……ちょっと俺トイレっ」
「あっ、まちやがれっ!ウスラトンカチがっ!」
逃げるように立ち上がるナルトに手を伸ばしたサスケはその場にあった、机に足を引っかけ、バランスを崩した。
ぐらっ――……
(ッ…倒れる…)
ガラガラガラッガシャンッ
悲痛な音が聞こえたものの、サスケに痛みはなかった。
むしろ温かい何かに抱き抱えられてるような感覚。
サスケがそっと目を開ければ、机が周りに転がって倒れていた。
そして、サスケを覆うように抱きしめられていた。
ナルトに―――
「いってえ…」
顔を歪めるナルトがサスケの目の前にいた。
(ナルトに庇われたのか…俺は…)
ナルトは額から血を流しながら、サスケに笑いかけた。
「怪我はねぇかよ、サスケ?」
あまりにも優しくナルトが笑うからにサスケはいたたまれなくなり、眉間に眉を寄せる。
ナルトがいなければ、恐らくサスケが机に頭を打っていただろう。
「サスケっ?どっか怪我してんのか?痛ぇのか?」
サスケが黙っているので、おどおどし始めたナルトは胸の中に抱え込んでるサスケを覗き込んだ。
「……」
サスケは黙って首を横に振り、血が流れているナルトの額にそっと触れた。
「…っ…」
痛みに顔を歪めるナルトにサスケは心を締め付けられたような気がした。
「……悪い」
申し訳なさそうに言うサスケは罪悪感を感じているのだろうか、切なげにナルトを見つめていた。
そんなサスケが妙に愛おしく、ナルトはニカッと白い歯を見せて笑って見せた。
「なーに言ってんだ。俺が勝手に怪我したんだし。元はと言えば俺が英語のノート忘れたのが悪いんだし、お前がんな顔すんなってばよっ」
明るく言い、サスケの頭を撫でるとサスケは抵抗せず、俯いていた。サラッと言われたノートのことはこの際どうでもよかった。ナルトが無事だと分かったサスケはうっすらと口元に笑いを浮かべていた。
「あのさ」
不意にかけられた声に二人同時に顔を上げた。
「イチャつくのはいいんだが、保健室に行った方がいいと思うぜ?」
ニヤけならがいうキバに、周りに人がいた事にようやく気付いた二人。
ナルトは真っ赤になったサスケに一発くらったのはいうまでもなかった。
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