愛しいお馬鹿さん【N/首/臨静/完】 | ナノ


パロ,高校生臨也×5歳児静雄


愛しいお馬鹿さん





『臨也君だって忙しいのにごめんなさいね』

電話越しに聞こえる申し訳なさそうな声に、相手に見える訳ではないのだが、笑みをつくって答える。

「いえ、俺が好きでやってるんで気にしないで下さい」

『そう言って貰えると助かるわ。それじゃあよろしく頼むわね。』

ピッ

電話は臨也が今居候さしてもらってる家のおばさんからであった。





臨也は今居候をしている。理由はここ最近まで受験生だった臨也が受けた高校が、地元からバス一時間、電車三時間、徒歩30分とやけに遠い場所にあるからだ。流石に自宅から通うことは出来ないので、一人暮らしを考えていた臨也だったが、両親がこれがまた過保護で臨也を一人暮らしさせることに反対であった。ならどうするんだと両親に詰め寄った臨也であったが、両親が持ち出した話は居候とのことだった。お世話になる家は両親達の昔からの顔なじみらしく、臨也が居候するということに快くオーケーしてくれたのだった。

そこから始まったのが臨也の居候生活だった。

お世話になっている「平和島」さんのお宅は、子供が二人(5歳の長男、平和島 静雄と2歳の次男、平和島 幽)がいるごく普通の家族であった。

初めて臨也が平和島さん家に尋ねた時「いらっしゃい」とご両親は笑顔で迎えてくれたが、その両親の足に隠れ、警戒心まるだしで臨也を睨みつけていたのが静雄であった。

だれだこいつ
なにしにきた
みんなをまもらねぇと

きっとその時の静雄はこう考えていただろう。

「静雄君…だよね?俺は折原臨也。これから少しの間、君達家族にお世話になるからよろしくね」

子供は好きじゃない臨也だったが、そうは言ってもいられないので、今まで生きてきた中で最高の笑顔をつくって言った。

「やだ」

そう言われた時は、やっぱり子供は嫌いだ、と再度確認した臨也であった。

だが子供とは不思議なもので、臨也がすることすることに興味があるらしく、いつだって静雄は臨也にくっついていた。

「いざや」

「なあに?シズちゃん」

「ん」

無造作に差し出してきたのは絵本で、ああ可愛いな、なんて不覚にも思ってしまった。臨也が何も言わずに黙っていると、痺れを切らした静雄は胡坐をかいて座っていた臨也の膝の上にちょこんと座り、そして「よんで」と上目遣いでおねだりするのだ。

きゅん、と胸が締め付けられ、不覚、不覚、ほんと不覚、と口にはださず文句を言う臨也だが、結局本を読んであげるのだ。





前座が長くなってしまったが、以上の通り臨也は静雄にメロメロで、今日も忙しい静雄の両親に代わって、静雄を保育園まで迎えにいく所であった。

保育園につくと、臨也だけでなく、大勢のお母さん方が子供を迎えにきていた。
キョロキョロと静雄を探す臨也だが、どうやらグランドには静雄の姿は見当たらなかった。

「臨也さん」

声をかけてきたのは、保育士の竜ヶ峰 帝人であった。帝人は静雄のクラスの担任でたまに迎えに来る臨也とは何度か話したことがあった。

「えっと…シズちゃんの先生」

「竜ヶ峰です。」

まだ名前を覚えない臨也に困ったように笑った帝人だったが、臨也の場合はただの確信犯だ。臨也の暗記力は人並み外れたもので、人の名前を忘れるなんてことはない。そうでなくても竜ヶ峰なんてインパクトのある名前は臨也でなくてもすぐ覚えるだろう。

「シズちゃんは?」

軽くスルーされた事に苦い顔をする帝人だったが、気にしても仕方ないと教室の方を指さした。

「静雄君は教室にいますよ」

「へぇ。ありがとう、シズちゃんのせんせっ」

臨也の語尾にハートがつきそうな言い方に帝人はゾワッとした。





「シーズちゃん」

ひょこっと教室を覗くと、中には机と睨めっこする静雄がいた。
臨也の声が届いてないのか、静雄は反応しない。

「シズちゃん」

さっきよりも少し大きめの声で名前を呼べば、ビクッと静雄の肩が跳ねたのが可愛くて、臨也は口元を緩ました。
静雄は臨也の姿を大きな目に映すと、ニコッと無邪気な笑顔を見せる。

「いざやっ」

「シズちゃん、かえろうか」

「おうっ」

静雄はタタタタタと駆け足で臨也に飛び付いた。柔らかい静雄の金色の髪が鼻にふれて、妙にくすぐったかった。





臨也の手には小さな静雄の手が握られており、臨也の方が背が高いのはもちろんなので、物理的に静雄は手を目一杯伸ばすことになる。だから臨也は静雄の腕が痛くならないように、臨也は静雄と繋いでいる方に体が傾くようにしていた。

「シズちゃんはさっき何してたの?」

少しの沈黙のあと、静雄の口から

「たしざん」

と告げられた。

「え?足し算?」

「うん」

こくり、と頷く静雄に臨也は自信の幼少期のことを思い出していた。臨也の時は遊び程度の習字の練習等はあったが、足し算を習った覚えはなかった。今では幼稚園児も受験するくらいだ。それぐらい普通なんだな、と感心すると同時にやけに歳をとった気がして少し精神的にダメージを受けた。

「もうすぐ テスト あるから」

「そうなんだ。それでシズちゃんは勉強?賢いなぁ、偉いなぁ」

大袈裟に感心してみせると、手を繋ぐ静雄の力が少し強くなった。

「だって、」

「だっていざやが、バカはキライって」





それはおとつい、自室でテレビを見ていた臨也を訪れた静雄は、臨也の横に座り、一緒にテレビを見ていた時のこと。特に見たいものがなかった二人はたまたまやっていたクイズ番組を見ていた。

今流行りのお馬鹿さんとやらが、珍解答を繰り返し、番組は盛り上がっていくのに、臨也は番組が終わるまでの間に一度もクスリとも笑わなかった。そして番組が終わった時、臨也はこう言っていた。

「つまらない。こうやって馬鹿な発言を得意げに言うコイツ等には虫酸が走る。そいつ等をちやほやする周りの奴等にもだ。ああ、くだらない。馬鹿な奴の方がちやほやされて、必死で勉強してきた人はテレビの端っこだ。理不尽だ。」

つらつらと文句を言っている臨也の言葉の意味はよく理解できなかった静雄だったが、そこで認識したことは

(いざやはバカがキライ)

ということであった。





まるで走馬灯のように、おとついのことが頭を駆け巡った。

ああ……

臨也はバツが悪くなる。確かにそんな事を言った。言ってしまった。前々から少しは思っていたが、別に言葉にする気はなかった。だがその日はタイミングが悪かった。なぜならその日は学校で少し揉め事があり、イライラしていたのだ。なので、テレビにでも何でも当たりたくなったのだ。

「シズちゃん、それは…なんだ…違」

「だから、俺がんばる」

ぎゅっと力強く握られた手が頼もしくて、まあいっかなんて思ってしまう臨也はやっぱり静雄に弱いんだと改めて自覚させられた。





今日は臨也の唯一の友人と呼べる存在、新羅と夕食を食べることになっていた。臨也的にはすぐにでも帰りたかったのだが、新羅がどうしても聞いてほしいことがあると、似合わない真剣な顔で言うものだから渋々新羅に付き合ったのであった。

「それで、セルティがさぁ」

帰りたい
臨也はファミレスについてすぐ後悔した。何だこいつ、何だこのうざい生き物。
苛々が積み重なっていき、心が擦り減っていく感覚。帰りたい帰りたい帰りたい。

「ねぇ、新羅。帰ってもいい?それか君を殺してもいいかな?」

「なっ、前者はともかく後者を許す人がいるわけないじゃないか。だけど私は前者も許したくはない。だってまだセルティとの愛しのメモリーは語りきれてはいないんだから。いや、僕達の愛は語りきれるようなものじゃ」

一人で延々と喋り続ける新羅を残して、臨也はファミレスを出た。携帯を開けば今は午後7時。

臨也は小走りで居候している平和島家へと向かった。





「ただいま」

すっかり言い慣れたこの台詞。最初はよく戸惑ったものだ。

「おかえり、臨也君」

わざわざ玄関まで出向いてくれたおばさんに、ペコッと頭を下げる。
リビングに行けば、おじさんが幽をあやしながら「おかえり」と声をかけてくれた。いつもならお得意の爽やかな笑顔を浮かべる臨也だが、今日は一つ聞きたいことがあった。

「あの、シズちゃんは?」

臨也の質問の後、両親は互いの顔を見合わせた。臨也を見て、おばさんは困ったように肩を竦めた。

「何だかあの子、今日は帰ってきてからずっと部屋にこもっちゃって。どうしたの?って聞いても、何でもない。としか言わなくて心配してたの。私達じゃ何があったか話してくれないけど、臨也君になら話すかもしれないわ。臨也君、良かったらあの子の話を聞いてあげてくれないかしら?」

「わかりました」

もう一度軽く頭を下げると、リビングを後にした。



コン コン

「シズちゃん、入っていい?」

返事はない。
その代わり、静雄によって扉が開けられた。静雄の姿が見えたことに安堵した臨也はほっと胸を撫で下ろした。

「ただいま、シズちゃん」

「………おかえり」

すぐに臨也に背中を向けた静雄はペタンと床に座った。もちろん臨也に背中を向けたまま。

「シズちゃん」

「…………」

「今日は何かあった?」

「…………」

「お母さん達心配してたよ?」

「…………」

「シズちゃん、俺だって心配だな」

「……」

「シズちゃ…」

「…っひ……く…ぐす…」

静雄の小さな肩が震えている。突然のことでびっくりした。静雄が泣いている。臨也はゆっくり静雄へ近付き、そっと横にしゃがみ込むと、静雄よりも幾分か大きい手で優しく静雄の背を摩った。

「…っ、…いざ、…ごほっごほっ…」

「うん、ゆっくりでいいよ」

静雄は落ちてくる涙を自信の小さな手で受け止め、言葉を繋ごうとする。

「お、れ…きょうてすっ…とあって…」

「うん」

「…い、っぱい…べんきょ、した…」

「うん、頑張ってたね」

「……で、も…うっ…ぜんぜ、…だめっ…だっ、た…いざや…っひ…お、れのこと…き、ら…いに…な…」

最後になるにつれ、呂律が回らない舌に言葉がつまっていく静雄を臨也は抱きしめていた。

「…バカだなぁ、シズちゃんは」

[バカ]という言葉に反応した静雄の肩が跳ねる。
やっぱり臨也に嫌われたと思ったのか、静雄の泣き声は勢いをます。
臨也は静雄の背中を摩ったまま、微笑んだ。

「違う違う。俺はね、バカが嫌いなんじゃないんだよ。」

「…っ……え…?」

涙で真っ赤になった目が臨也を見る。臨也は真っ赤な瞳に、静雄を映すと、愛おしそうに目を細めた。

「努力をしない奴が嫌いなんだ。シズちゃんは今回努力しなかったのかな?なら俺は嫌いだな」

静雄はふるふると必死に首をふった。

「でしょ?だったら俺はシズちゃんを嫌いになったりしない。俺はシズちゃんが大好きだよ」

静雄の涙を拭き取り、臨也は笑った。静雄も照れ臭そうに笑みを浮かべると、そっと臨也の耳元に顔を近づけ、耳打ちした。







「おれもいざやがだいすき」











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