平凡な日常
やっと終わった…
時計の針はすでに12時を過ぎており、極限状態のお腹は貧相な音を奏でている。
眠い、だるい、腹へった
そんな中昼まで耐えた俺を、神様は賞賛すべきだ。別に神様を信じている訳ではないが、今は誰かに褒めてもらいたい。
ぎゅるるるるるる
お腹から聞こえた音に、苦笑した。
早く食べないと死んでしまう。
大袈裟だと笑われるかもしれないが、もう死ぬ。ほんと死ぬ。
早く来い、帝人、杏里
「お〜い紀田ぁ」
俺を呼んだのは帝人でもなく、杏里でもない。クラスメートだった。あからさまに嫌な顔をした俺に、クラスメートは苦笑いを浮かべる。
「そんな嫌そうな顔すんな」
「死にそうなんだよ、俺は。……んで、用件は」
そうだ、と思い出したように手を叩いたクラスメートは「また来てる」とぶっきらぼうに言うと教室の扉を指さした。その指の方向を追うように扉を見ると、そこには自称、無敵で素敵な臨也さんがたっていた。
俺と目が合うと、胡散臭い笑顔を浮かべてこちらに手招きしてみせた。
「正臣くん、一緒にお昼食べようよ」
周りは騒がしかったけど、確かにそう言っているのが遠くからでも分かった。
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「あぁあ!!!」
出された悲鳴に、その場にいた一同の視線が注がれる。
「それはセルティが作ってくれた卵焼き!!この鬼畜!!」
すでに臨也さんの口の中に消えてしまった卵焼きのことを嘆いているのは新羅さんだ。
臨也さんはさも楽しそうに目を細めながら、新羅さんに見せつけるように口をもぐもぐと動かした。
「鬼畜とは酷いなぁ。俺で鬼畜なら、シズちゃんはどうなるの?」
ブチッ
何かが切れるような音が聞こえたかと思うと、すぐに目の前を横切ったの誰のか分からない水筒。
臨也さんに向けて投げられたソレは、いとも簡単に避けられ、横にいた新羅さんの顔面に直撃した。だけならまだ良かった。顔に当たった衝撃で新羅さんは自らの弁当を落としてしまったのだ。地面には弁当の中身が哀れに散らばっていた。
「ああああああああ!!!!!!!」
先ほどよりも悲痛な叫びにまたしても視線を集める新羅さん。水筒を投げた、静雄さんも、流石に申し訳なく思ったのか「悪い……」と謝っていた。
それに対し、そもそもこの問題の原因である臨也さんはのうのうと食をすすめていた。
「うわあ、シズちゃんってば酷いなあ。やっぱりシズちゃんが鬼畜だよ。アハハハハ」
甲高く笑う声に、またキレそうになった静雄さんだったが、目の前に落ちてる弁当の残骸を見て、思い留まった。
「あの、新羅さん。僕のおかず食べてください」
「わ、私のも…」
「あ、俺のでもよければ」
新羅さんのお弁当箱の落ちていないフタのほうに自らのおかずをのしていく帝人と杏里に、出遅れないよう自分のおかずものせる。
「君達………っ」
目を潤ませた新羅さんは、ありがとう、と何度も繰り返すと、俺等のおかずを食べだした。
セルティのつくったものの方が美味しい、と聞こえた気がした心優しい俺達はスルーしてあげることにした。
今、目の前にいる、臨也さんに静雄さんに新羅さん。この三人はこ来良学園でも有名な人達だ。
いつも学校全体を巻き込んで喧嘩する臨也さんと静雄さん。その二人と一緒にいる新羅さんも変人扱いされている。いや、実際変人なのだが。
そして今年、この学園に入ってきた俺は臨也さんと顔なじみということもあって、こうしてたまに臨也さん、静雄さん、新羅さん、俺、帝人、杏里のこの六人で昼を食うのだ。
とその前に喧嘩ばかりしている臨也さんと静雄さんが何故一緒に食べてるのかは甚だ疑問である。
「正臣君」
いつのまにか臨也さんの顔が顔のすぐ横にあり、ふわっと香水の匂いが鼻をくすぐった。
どきん
「な、んですか」
つい声が裏返る。バクバクと煩い心臓。これはただ驚いたからだ。そう言い聞かせる。
「これもしかして自分でつくったの?そりゃそうだよね。だって君一人暮らしだし。意外と器用なんだねぇ。あ、卵焼き貰うね。ん、うまい。でも俺はもう少し甘い方がいいかな。」
俺が口を挟む暇もなく一人で話し続ける臨也さんに俺は唖然とする。息は続くのだろうかとばからしいことが頭をよぎる。
「そっすか」
「それだけ!?え、作ってきてくれるんだよね?」
「は?何で俺が」
「何で?そうだな。あえて言うならば、正臣君の料理が美味いからかな」
「………っ」
ああ、悔しい。顔があつい。きっと顔が赤くなっているんだろう。
臨也さん負かされた気がして悔しくなる。ずるい、臨也さんは。どう言えば俺が思い通りになるのか分かって言ってるんだ。どうしてこんなに臨也さんに弱いのか、誰か俺に教えてくれ。
「………はぁ。何すか、臨也さん。さっきも新羅さんの卵焼き食べてたし、卵焼き好きなんすか?」
「ん?そうだったっけ」
「………セルティの卵焼き…」
あ、地雷踏んだ。
落ち込む新羅さんを前に自分の発言にすぐ後悔した。
嘆き出す新羅さんに困った俺は、助けを求める様に皆の顔を見れば、逃げるように一斉に目を逸らされた。
ただ臨也さんだけは笑ってた。楽しそうに、楽しそうに。
そんな平凡な日常
続けばいいなって思ってた。
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