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涼しい顔しやがって








古市に彼女が出来た。鼻息荒く古市が報告してきたのは、もう一ヶ月くらい前のことだろうか。女が好きだと息するように言う古市にしては遅すぎる春の訪れに、すごーい古市おめでとう。とそりゃもう心の中で盛大に祝ってやった。本当は何て返事したか覚えていない。なぜなら俺はドラクエをしていたからだ。

それから古市は毎日惚気話をするようになった。やれ彼女が可愛いだの、やれ彼女がヤキモチを妬いただの、やれ彼女がお弁当を作ってくれただの、と。ほんとはもっと話していたが、俺の意識はいつも途中で途切れるから覚えていない。俺は古市の話に我ながら丁寧にあーはいはい。うん。へー。コロッケ食いたい。今日何曜日だっけ。と相槌をうってやる。優しい俺に甘える正直いい加減うざい古市は今日も俺に話す。
女は いいもんだ と。



「女の子はさ、可愛いし柔らかいし優しいし良い匂いするし。もう最高。笑顔とかも超可愛くてさ、羽根がはえてるみたいっていうの?うわ、引くなよ。俺も今のはどうかと思ったよ。…ま、まぁ!俺が守ってやらないとって気にさせられるんだよな。いや、俺弱いけどさ。でも彼女のためなら頑張ろうと思えるよ。いやまあマジで何かあったらお前呼ぶけどな超頼りにしてるけどな」



教室の端っこ。群がる女達を見る。邦枝を初めとするレッドテイルの女達(と古市が言っていた)も虚勢を張ってはいるが、やはり女なのだ。柔らかい女なのだ。ごつごつした男の俺とは違う。子供も産めて無条件で愛され守られる女なのだ。
男ならやはり腕に抱くなら女が良いだろう。当たり前のことを胸内で繰り返すと、何だか無性にケンカがしたくなった。



「女がいいか?」

今週号のジャンプを背もたれにしているベッドの上に頭を乗せながら読んでいた東条の鋭い目がこちらに向いた。何だ?と純粋な疑問を目が訴えている。

「女がいいか?」

それ以上の言葉をくれてやるつもりはないと再度同じ言葉を繰り返す俺に東条はジャンプを閉じた。体ごとこちらに向けた東条は俺の真意を探ろうと目をギラつかせる。そんなケンカ中を思い出させる瞳で見られたら、すべてぶつけたくなってしまう。

「女は可愛いと思う」

しばしの睨み合いのあと、東条の口から漏れたのはそんな言葉。あぁそうか、やっぱ女がいいか。当たり前だ、東条お前は正しい。何だって俺なんかと付き合った?可愛くも柔らかくも優しくも良い匂いもしない俺を何故好きだと言った?まあ、べつにどーでもいいけどな。俺も本気じゃなかったし。またケンカしようぜ、じゃあな。
ありえないくらい饒舌な俺が心の中でベラベラ喋る。馬鹿だなぁ。声に出さなきゃ伝わらないのに俺は口元に下手くそな笑みを浮かべるのに精一杯だった。

「でもお前が女ならいいとは思わないぞ?」

俺なんかよりずっと綺麗な笑みで東条は笑う。そりゃあそうだ。俺は女にはなれない。なりたくもない。
ますます不機嫌になる俺を気にするでもなく東条は続けた。

「お前が女ならケンカ出来ない」
「は?」
「やっと俺の本気を受け止めてくれる奴が現れた。怯えるわけでもなく、敬うわけでもなく、お前は俺に正面からぶつかってきてくれた」
「……」
「そんな男鹿が好きだ。女でも他でもないそのまんまのお前が好きだ」

恥ずかしい戯れ事をほざいて東条は笑う。こいつに人の機嫌をとる為に偽りの言葉を並べるなんて高度なことは出来ないから、きっと全て本音なのだろう。馬鹿めこいつ。ほんと馬鹿め。留年しまくれ馬鹿野郎。

「………あっそ」
「うおっ」

振り上げた拳は、大きな掌に包まれて受け止められた。右手から伝う東条の体温に俺を受け止められるのも東条だけなんだと悟った。
東条は苦笑していて、それでも嬉しそうな顔で俺を見ていた。

「何だ、男鹿。ヤりてぇの?」
「ああ。しようぜ」

悪い古市。俺はゴツゴツした傷だらけの固いこいつの手を取ろうと思う。





ヤるのはケンカだよ
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