小説内部 のコピー | ナノ
剥き出し








前に何気ない会話で俺が好きだと言った炭酸の話を覚えていたらしく、今日東条は律儀にも俺の為にそれを用意していた。だが生憎溶けきった氷で嵩の増した今のそれは、薄く温く最低な味になっていた。それでも水分を取ろうと飲み下した俺はやはりと言うかうげぇっと思わず顔をしかめた。

「……あっちい」

少しでも多く風が欲しくて、汗で張り付くTシャツの胸元を乱暴にぱたぱたと上下させた。俺に向けて固定された壊れかけのボロい扇風機はガタガタと音をたてながら温い風を送ってくる。その時ふわりと反対側から違う風が送られてきた。

「悪いな。クーラーぶっ壊れちまってよ」

ベルもごめんな?
そんな声が聞こえて、首を動かすのもダルかったから目ん玉だけ動かせば、うちわで俺と俺の背中でダラけるベル坊に風を送りながら、男臭い顔で笑う東条が俺の視界を占めた。

「買い替えろよ」
「そうなんだけど、高ぇじゃん」
「ならせめて扇風機を買い替えろ」

今にもぶっ壊れそうな扇風機を、足の指先で托すと、東条は検討しとくと眉を下げてはにかんだ。その首筋には汗が鎖骨へと滴っていく。
扇風機は俺が占領しているし、クーラーはぶっ壊れてて使えないらしいし、窓は開いているが生憎風はないし、東条の利き手は俺達に風を送ることに使われている。
流石にこいつも暑さでぶっ倒れんじゃねぇかと気になって、考えたらどんどん気になりだして俺は、あー!暑い!と声を荒げ、足癖悪くジタバタ暴れて、その際勿論神経を足に集中させて、扇風機の首ふりボタンをさりげなく押した。俺の一連の動きを見て東条は笑ったが、何だ。たまたま当たっただけだぞ。

「ダウ…」

全裸のべる坊も俺よりかは遥かに風通しは良いものの、流石にこの暑さは苦しいらしくて眉間にしわを深く刻みつけ、左右に動く扇風機を虚ろな目で追っていた。おいこら、俺の服で汗をふくんじゃねぇよ。

暑さで機嫌の良ろしくないべる坊を背中から膝へと移してやると、この俺が可哀相だと思うくらいにぐっしょり汗をかいていた。拭いてやんねぇと、と東条ん家であるが勝手に何かないかと視線をさ迷わしていると、察したらしい東条がちょっと待ってろと立ち上がった。お見通しな東条が恥ずかしく思えて思わず顔を逸らした俺は視界に入ったベル坊の、目に入りそうな汗を拭ってやった。
しばらくもしない内に東条が戻ってきて、白いタオル片手に俺の前に屈み込んだ。ふわりと東条の汗の匂いがして夏だなと思った。

「ほらベル、きもちいか?」

こいつの手下に向けるものとも、俺に向けるものとも違った柔らかい笑みを浮かべ、東条はベル坊の汗を吸収するようにポンポンと何度かタオルを押し当てた。
そのタオルは水に冷やされたもののようで、ベル坊の厳しかった目つきがみるみる内に和らんでいく。それでも元々の造形ってのがあるから、今でも十分目つきが悪いのだが。俺が言えることでもないのは承知の上だ。

「楽になったか?」
「ダーブ!」

スッキリしたらしいベル坊はきゃっきゃきゃっきゃと俺の膝の上ではしゃぐので、そんなにはしゃぐとすぐにまた汗をかくぞと釘をさしておいた。

「男鹿も冷やしたタオルいるか?」
「ん、頼む」
「あいよ」

遠慮もなくしれっと答えても、東条は嫌な顔一つしない。古市が言っていた東条は懐のでかいやつだと。確かにそうだといい人過ぎる東条に、膝の上のベル坊が少し重く感じた。俺ほんとに地球を滅ぼすんだろうか。

「とーじょー」
「あー?」

間延びした呼び掛けに間延びした返事。少し離れたところで聞こえる声は今台所に居るのだろう。やかましい蝉の声に混ざって僅かに、じょぼぼぼぼと水が落ちる音が聞こえる。

「俺さぁ、地球滅ぼしちゃうかも」
「は?」

今度は近くで声がした。戻ってきた東条が汗とも水ともつかない滴で手を濡らして俺の前に立っていた。

「悪ぃ、何の話だ?」
「うん、ちょっとな。滅ぼしちゃうかもなのだよ」
「んだそれ、意味わかんねぇな」
「おう、俺もだ」

東条にベル坊についての詳しいことは話していない。訂正しておくと隠しているわけではない。ただ俺という人間の性分的に、そうつまり、面倒くさい。
東条が話しについていけないのも、俺を夏の暑さのせいで、とおかしな目で見るのも仕方ない。まあ、東条はそんなことしないわけだが。
東条は言葉遊びか何かだと受け取ったようで、くつりと笑った。勝手に解釈してくれる東条は単純で好きだった。

「おーじゃあよ」
「うん」

俺なんかより二年も早く生まれたくせに、餓鬼よりも餓鬼らしい無邪気な笑みを浮かべる東条に油断していた。途端首筋がひんやりとして、情けない声と一緒にぴくんっと肩が跳ねた。

「お前が地球滅ぼしちまう前に俺がお前を殺してやるよ」

無邪気な笑顔はどこいった。東条、お前今大人のやらしい顔になってるよ。
低い声から囁かれた甘美な愛の言葉にぞくり、と下半身に熱が集中していく。誰が何と言おうと、これは俺を酔わす愛の言葉。好きだの愛してるだのむず痒いそれより、ギラギラした欲望を直接ぶつけられる方がずっと興奮する。

「んだそれ、興奮すんな」

目つきが悪いと散々に言われた目をうっそりと細めると、東条が息を飲んだのが分かった。ああ、膝の上のベル坊が重い。





要はナニするのにベル坊が邪魔なパパ(^O^)