押し付けてでも貫きたい自己ルール
ざあざあと周りの音を飲み込んで、激しさを増す雨が忙しく地面を打ち付ける。雨の滴は落ちては跳ね、落ちては跳ねを繰り返すうちに、おかげさまでズボンの裾はすっかり色が変わっていた。
「やだ、帰れないじゃない」
むすっと桃色の唇を突き出し、不満の声をあげたのは春野サクラその人。雨風で乱れた髪を手ぐしで何度も整える度、べたつく髪を恨めしく思っていた。
「うわーすんげえ降ってる」
自ら雨に降られるようにして身を乗り出したナルトは、楽しそうに空を見上げた。
身を乗り出した、というのは今一同が居るのは立派なお屋敷の屋根の下。忍務帰りに突然雨に降られ今の現状にあるわけだ。
「傘なんて持ってないわよ私」
「走って帰る?」
「そんなことして風邪をひかないのは、馬鹿なお前だけだ」
「なんだとぉ!?」
「はい、黙る」
今にもサスケに掴みかかりそうなナルトの腹にサクラなりに手加減して―あくまで彼女なりに―拳を埋め込んだ。声にならない呻き声がナルトの喉から鳴ったが、サクラは知らぬ顔でサスケに笑いかけた。
「どうしよっかサスケくん」
「ここを通るまでに飲食店があった。そこで傘を借りてくるか」
「この雨の中戻るの?」
「お前とナルトはここで待ってればいい。俺が行く」
何でもないような顔してさらりと言ってのけたサスケにサクラは心配そうに眉を寄せた。何だかんだ気を遣ってくれるサスケに申し訳無く思い、次いで口を開こうとしたサクラをさえぎって、やかましい声が雨の音を掻き消した。
「ずっりぃ、サスケ!お前だけサクラちゃんに良いかっこしやがって」
「ばかっ、ナルト。サスケくんは私達に気をつかって…」
「うるさいお前等に絡まれるのを避ける為なら雨に濡れるくらいどうってことない」
「お、ま、え、は、減らず口ばっかり!」
「まぁまぁナルト。落ち着きなさい」
照れ屋なのよ、ね?と花の綻ぶような笑顔を向けられたサスケは複雑な顔で黙ってしまった。そのやり取りをどこか面白くなさそうに見ていたナルトは、ふんっと顔を逸らした。
「サスケ、俺が行くってばよ」
「あ?」
今拗ねていた子供が、もう笑顔に戻っている。サスケの表情が僅かに歪められるのを見ながら、ナルトはにっと歯を見せて悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「俺ってばもう服とか濡れてっしよ。今から濡れたって変わりねぇもん。それに…」
「……ナル」
「馬鹿は風邪ひかねぇんだろ?」
先程己が言ったことを繰り返され、サスケはつい言葉を飲み込んでしまった。それを了承されたと受け取ったらしいナルトは、軽く屈伸して今にも走り出す気満々だ。
「ナルト!」
「いいからいいから。お前、色白くて体弱そうだから風邪だってひきかねないからな。俺に任せとけって」
失礼なことを爽やかに言ってのけたナルトに、クナイの一つや二つ突き刺してやりたい衝動に駆られたサスケであったが、そんな暇も与えずナルトは走り出してしまった。
「あーあ、行っちゃったね」
「………」
「サスケくん?」
雨に濡れながら走っていくナルトの背を見送ったあと、サクラはふとサスケに視線を向ける。その表情を垣間見て、くすりと形の良い唇を緩ませた。
―――男の子って複雑ね、と。
はぁ、はぁ、はぁ
息荒くして戻ってきたナルトから、傘を手渡される。いつも上に向かって立っている髪は、今は雨に濡れてぺたんと垂れ下がっていた。
くしゅんっ、とくしゃみを漏らしたナルトに、サスケの目が不快そうに細められる。全身から隈なく放たれる冷たいオーラを感じたナルトは、居心地悪く感じた。
「サスケさん…?」
恐る恐る名を呼んで、サスケに触れようと伸ばした手は、容赦なく振り払われた。
「いたっ」
「触んな、ドベ」
唾を吐き捨てるように告げられ、その声は放つオーラと同じように冷たい。感謝されこそ、こんな態度を取られるようなことをした覚えはないと、ナルトは頭上に?を浮かべた。
「あっ、待ってサスケくぅーん」
サクラの声にはっとした時には、開かれた青い傘とその使用者は屋敷から少し離れた所まで歩いていた。それを追うピンクの傘を視界に入れながら、理不尽な世の中にいじけたくなった。
―――
対等でいたいサスケ
守りたいナルト
あくまでナルサスだと言い張る。