不似合いな髪飾り
ゆうるり、と火照った躯にはちょうど心地好い風が、肌をくすぐり濡れた髪を揺らした。
上気した桃色の頬がいかにも健康そうな男―水月は、湯の中でそれこそ童ようにばしゃり、ばしゃり、と湯を蹴り上げ、しぶきをあげては、傍に控える重吾に迷惑をかけていた。
重吾は助けを求めるように、知らぬ顔して距離を開けるサスケに視線を促せども、こちらを一向に向く様子のないサスケは、今日は注意をしないようだった。
蛇から鷹へと小隊名を変えた一同は、最近はアジトに控えており、風呂といえばこうして近隣の里の銭湯へ足を運ぶのが常であった。
水月は、広い銭湯に飽きもせず毎日はしゃいで、飛び込む、泳ぐ、浮かぶ、走り回ると散々好き勝手にしていた。
公共の場所だ。客は総じてサスケ達だけではない。だからサスケも一般の客がいれば、目に余る行動は慎むように注意を促すこともある。
だがしかし、幸か不幸か今日はサスケ達以外の客がいなかった。故にサスケも注意せずとも良いと踏んだのであろう。―要は面倒くさいだけであったりするわけだが。
今にも歌いだしかねないぐらいに機嫌の上がった水月は、手の平を器にして湯を溜めると、其湯でぱしゃりと頬を打った。
ふと隣に目を配らせると、丁度乱れた髪をサスケが掻き上げていた。現れた額に妙な違和感を覚えて、しばしの間凝視していると、いい加減痛いくらいの視線に耐えられなくなったサスケが、何だ。と目で投げかけてきた。
「ああ」
こちらを向いたサスケの顔が幼く見えて、ようやく水月は合点がいったというように感嘆の声を漏らした。
「サスケさ、最近前髪下ろしてるよね。前は上げてたのにさ」
にっこりというより、にやりといった表現がしっくりくる顔で水月は、彼の特徴でもある八重歯を見せて笑った。そういえば、と頷いてみせた重吾を視界の端へと映して。
水月の言葉に、若干であるがサスケの眉がぴくりと動く。それに気付いているか否か、定かではないが水月はこの話題を終える気はないようで、瞳の奥に好奇心の色を宿して、サスケへとにじり寄った。
「なんでさ」
今度はあからさまにサスケの顔が歪む。普段顔色一つ変わらない彼にとっては非常に珍しいことだ。
「…あー、」
「サスケ?」
厭に歯切れの悪いサスケに、もしや動揺しているのではないかと水月はこっそり口元を緩ませた。
「…ま、子供っぽい、だろ?」
「………は?」
「そういうことだ」
眉を下げ苦笑を浮かべるサスケに、いよいよ今日は珍しい日だと風呂の中にも関わらず、鳥肌が立った。可笑しな話だが、サスケの表情がこうも変わったり、自分の考えを教えてくれるのは本に珍しい事だった。
サスケの内に、子供っぽいから。なんて可愛いげのある思いが隠されていたなんて想像もつかず、水月は茶化す様にへらっと笑った。
「いいじゃん。可愛いよ」
「調子に乗るな」
「でも子供っぽいだなんて、僕等は大人じゃないんだから、気にする必要ないじゃないか」
水月には談笑のつもりであったし、深い意味はなかった。だがその時、突然サスケの纏う空気が、目に見えて変わった。重く、暗い、禍禍しいものに。
「大人じゃないさ。だが、」
「無責任な子供でもない」
そろりと細められたサスケの瞳は、確かに水月の方へと向いているのに、どこか遠くを見ているような気がした。
ちくりと痛む胸に水月は、湯舟で顔を洗う振りをして歪んだ顔を隠した。ざわつく胸に、無性に暴れだしたくなる。苛々してるといえばしっくりくるかもしれない。
何も答えない水月に、返事は端から期待してなかったのか、サスケは「逆上せた」とだけ呟いて、湯舟から上がると脱衣所へと向かった。
「………」
「水月」
「……分かってるよ」
黙り込んでしまった水月に、気を遣った重吾から声がかかったが、水月はやんわりと笑い繰り返し分かってる、と呟いた。
「サスケは全部一人で抱え込む」
「それは僕らにはどうしようもできない、…でしょ?」
「…ああ」
「サスケが決めたことだから、ってそんなこと分かってるさ。重吾はほんとサスケが絡むと小言が多くなる」
「水月は心配性になるな」
「えー、僕は違うよ。カリンは腰抜けになるね」
「腰砕け、だろ?」
「一緒だよ」
くすくすと笑う水月を見て、柔らかな笑みを浮かべる重吾には安堵の色が浮かんでいる。優しい彼のことだから、きっと沢山気を遣わせたのだろう。水月は人知れず、胸の内で礼を述べた。
「流石の僕も逆上せてきた。それにそろそろカリンに迫られてるサスケを助けてあげないと」
「そうだな」
「朴念仁だからね」
「ああ」
胸をざわつかせるモヤモヤを奥の方に押しやって、カリンにふっかける暴言の一つでも考えながら、水月は湯舟を後にした。
ぽたり、と落ちた雫に、釣り気味の女の目が不快そうに細められる。
「水月てっめー!床濡らしてんじゃねぇ!」