鎖国?いいえ、引きこもりです【N/国/アサ菊/完】 | ナノ



※学パロ
 アサ←菊要素強め











世界は敵だ。いつだって幻滅させられてきた。外に出れば目につくのは人間の汚い部分ばかりで、思わず目を背け耳を塞ぎたくなる。なんて、そんな事を言える程自分も人間出来ていない。だからこそ、同種の人を見ていると嫌悪を抱いて、吐き気がして、殻に閉じこもってしまうのだ。
その分二次元は良い。アニメ、漫画、ゲーム、パソコンとそこにあるのは夢と希望。人の汚い部分なんて覆い隠して綺麗な部分のみを見ていられる。これを現実逃避と人は言うかもしれない。けれど、一体何がわかるというのだ。どれが現実で、どれが非現実かなんて人それぞれなのだ。世界は狭い。菊の世界は畳四畳半で出来ている。




菊は気に入りの美少女アニメの中に出てくるヒロインの子の絵がどでかく描かれた抱きまくらを片手に抱いて、薄暗い部屋の中、少々興奮気味にテレビに食いつくように見入っていた。が、リアルタイムでアニメを試聴している為CMは勿論入るわけで。テレビからCMが流れたその合間、菊は不意に時計に目をくれた。
時刻は午後五時を回った。カーテンを閉めきってる故、中から外の様子は伺えないが、きっと外はもう夕陽がほっこり顔を覗かせていることだろう。だが、学校にも行かず一日中部屋に引きこもってる菊にとって、時刻等関係はなかった。
それでも執拗に時計を見てしまうのは、別に理由はない。たまたま―――そうたまたまだと菊は脳裏に浮かんだ顔を必死に揉み消した。

アニメもそろそろ終盤で、もうすぐEDが流れるであろう。時刻は午後五時二十五分前。進む時計の針に溜息を一つ漏らした。その時

ピンポーン

言わずとも知れたお馴染みのチャイム音が響き渡った。どきり、と肩が跳ねたのは、あくまで驚いたからだ。菊は咄嗟に抱きまくらに顔を埋め、繰り返されるチャイムから逃れようとした。だが、チャイムの主は菊が家に居ることを確信しているのか、一向にチャイムが止むことはない。こんなことをする人は一人しか居ない。菊は知っていた。どうせ逃げても無駄だということを。今までの経験上理解しているはずなのに逃れようとする自分は筋金入りの臆病者だと思った。本当は帰って欲しくはない、でも帰って欲しいなんて矛盾だらけの己の気持ちを菊は呪った。

ふらふらと覚束ない足どりで玄関まで歩み寄った菊は、そっと扉に寄り添った。その扉は決して開かれることはない。


「…はい、居ますよ」
「お、やっと返事したな」
「紳士失格ですよ。近所迷惑も良いとこです」
「ならもっと早く返事しろ」


間髪入れず返された言葉にもっともだと少し笑ってしまった。

扉の向こうに居るのは、同じ学園の生徒会長、名はアーサー・カークランドと言う。同じ学園、同じ学年、同じ学級、そういうこともあってか、彼は毎日飽きもせずある日突然引きこもり始めた菊の元へと足を運んでいた。所詮アーサーなんて、同じクラスの奴が引きこもりなんて生徒会長として見過ごせない。等と云う理由からボランティアのつもりで足しげく通っているのだろうと菊は勝手に思っている。


「何度来ても無駄ですよ」
「何度言ったって無駄だぜ」


俺はお前が学校に来るまで、ここに来るのを止めない。

アーサーから発せられたその言葉が、菊の鼓膜を震わせ、脳が心が意味を理解した時、胸が引き裂かれたかのように痛み始めた。何て甘美で、そして同時に何て残酷な言葉なのだろう、と菊は痛む胸に顔を歪めた。
優しい彼は知らない。菊の胸の内の思いを。残酷な彼は知らない。菊が外に出るのを拒むようになった理由を。

菊は外と中を、現実と非現実を、アーサーと菊を隔てる鉄製の扉に、扉の向こうの体温を感じとるようにそっと手を添えた。





三ヶ月前。学園ではまだ菊の姿は見られていた。特に目立つ存在でもない彼は平凡且つ平和に学園生活を過ごしていた。
ある日菊は近々あるイベントの締め切りが近いこともあり、夜遅くまで原稿を仕上げていた為朝寝坊してしまい弁当を作り忘れた日があった。
たまにはパンもいいかと昼に購買へ行き、適当に好みのパンを選び終えいざ会計をとレジのお姉さんに『380円になります』と0円で頂くのは申し訳ないくらいの営業スマイルを受け、さあさあと財布を開いた時、中身は空っぽであった。そうだ忘れていた、この前"な○頃に"シリーズが一気に発売されお金を使い果たしたんだった。と気づいた時には後の祭り。菊は引きつった笑顔を浮かべ「やっぱりいいです」と言おうと口を開いた時、チャランと金属のなる音が聞こえた。音の鳴った方へと視線を降ろすと、レジ台にはきっちりと380円が。お姉さんの『ちょうど380円お預かりします』と言う声を聞いて、ようやく状況を理解した菊は、え?と後ろを振り返ると金髪の男が菊を見て、綺麗に笑って、そして言った。「別に返さなくてもいいから」と。
それが生徒会長のアーサー・カークランドだとあまり他人に干渉しない菊が知ったのはそれから数日のことだった。同じクラスであることも知らなかった菊は自身の他人への興味のなさにある種驚かされたものであった。同じクラスであると知った以上お金を返さないわけにはいかず、菊はきっちりと380円をアーサーに渡した。アーサーはあの日のように皮肉気ともいえる、けれども上品な笑みを浮かべて「別に良かったのに」と言った。何故か胸が酷く締め付けられた。
それからか、菊はアーサーの姿を探すようになったのは。校則が緩いせいか金髪も少なくない学園なのに、集団の中からすぐにアーサーを見つけられるようになった。あの日以来よくアーサーは菊に話かけるようになった。「元気か?」「最近どうだ?」など取るに足らない内容ばかりではあったが。アーサーに笑いかけられると胸が苦しくなった。其の度、自分が自分でいられなくなるような感覚がして怖かった。それでもどこか心地好かった。そして一ヶ月前。ふと生徒会室の前を横切った時、不意に見えてしまった。30cm程の扉の隙間から。アーサーに見知らぬ女が抱き着いている様子を。あれは告白して来た後輩に丁重に断りを入れたアーサーだったが、納得出来なかった女が急に抱き着いてきた。と後から誰かに聞いた。けれどもその時の菊はそんなこと知る由もない。咄嗟に走り出していた。息が出来ない。胸が苦しい。頭が痛い。目尻が、熱い。

こんなに辛くて苦しいのは、きっと醜い感情を抱いているからだと菊は絶望した。自分は汚い。

気付いたら家でアニメを見ていた。画面が歪んでいたのはどこからか落ちる雫の所為だっただろうか。





そうして菊は家から出ることはなくなった。アーサーに抱く感情に気付いてしまった以上、姿は見せれなかった。


「アーサーさん」
「何だ?」
「私なんかの為に時間を使っては勿体ないですよ。早く、どうぞ早くお引き取り下さい」
「嫌だ」


ハッキリとした物言いにきりりと胸が痛んだ。


「…何故私にそう関わるのです。」


今まで怖くて聞けなかった。避けてきた逃げてきた、いまその疑問をぶつける。
手が震えている。チキンめ、と自分で罵って見ても震えは止まってくれない。どこかで信じたいのだ。自分は特別だと。生徒会長としてではなく、アーサーが会いたいと思ってくれていると、期待したいのだ。


「俺は生徒会長だからな」


――――期待したかったのだ。
菊はうっすらと自嘲的な笑みを浮かべる。笑わないと泣いてしまいそうだった。


「そ、ですよ…ね」


何か言わなければと振り絞った声は震えてしまった。嗚呼、良かった。扉があって。菊はぎゅうぎゅうと抱きまくらに顔を沈めた。泣いているわけではない。決して。


「ああ。登校拒否なんて生徒会長として認められない。」
「………」
「けどそれは生徒会長としての建前で、」









"アーサー・カークランドは本田菊、お前に会いたくて、お前の笑顔が見たくて、堪らないんだ"





――――――え?





「…っ…、悪い。今日はもう帰…」
「アーサーさん!」


菊は堪らず鍵を開け、重かった扉を久しぶりに開けた。ださいジャージではあったが、そんな事気にせず飛び出していた。大好きなキャラの抱きまくらも床に落ちていた。毎週視聴しているアニメだってとっくに始まっている。外はすっかり暗かった。けれどもアーサーの顔ははっきり見えた。はっきりと見えた。
驚いたように目を見開き菊を見つめるアーサーの瞳にはうっすらと涙が溜まっているような気がした。


「アーサーさん、私…その…」


同じく目に涙を溜めていた菊が、か細い声で言葉を繋ごうとしたが、それはアーサーに抱きしめられて阻止されてしまった。


「出てくるのが遅ぇんだよ、ばかぁ」


久しぶりに見た愛しい人の笑顔は、泣き笑い顔だった。

もう外の世界も怖くないよ。貴方が傍にいてくれるなら。





――――――


けいちゃんに嫁入り