05


 木にもたれかかり、縁取られた空を仰ぐ。洗いたてのように冴え渡る青は、早くも初夏の気配を匂わせている。私が旅立ってからも、季節は確実に歩みを進めていた。

「それにしても、ヒウンシティにこんな綺麗な場所があったなんて」

 私と同じで、大都会よりこういった自然を感じられる場所が落ち着くのだろう、思い思いに過ごす仲間達を見ながら呟いた。ブイゼルはこの辺りのポケモンとは友達らしく、旅立ちの挨拶をしたり、これを最後とじゃれ合ったりと忙しない。

「気に入ってくれたようで何よりだ」

 独り言のつもりだったのに、知らない声で返事が返ってきた。びっくりして声の方を見ると、黒にワインレッドのラインが入ったコートを着た男性が太い枝に座り、こちらを見下ろしていた。同じデザインのハンチング帽を被っている。

「誰……!?」
『大丈夫ですよー、彼はここの管理者のポケモンですー』
「ポケモン?」

 ブイゼルが戻ってきて、一緒に男性を見上げた。確かに人間ならエアレスや、特に恭煌がもっと早く警戒するはず。ふたりはちらちらと様子を伺っているものの、男性をブイゼルに会いに来た他のポケモン達と同じものと判断しているらしかった。つまり彼が擬人化したポケモンであると見抜いている。びっくりしたのは私だけのようでちょっと恥ずかしい。ちなみに武己は、持ち前の優しさのおかげか幼いコラッタやエネコによじ登られて遊具と化しており、それどころではないようだ。
 男性は軽やかに飛び降りて、私達の前に立った。かなりの高身長だが、聡明そうな山吹色の瞳は柔和であまり威圧感はない。壮年の男性はハンチング帽を外して挨拶した。途端に飛び出す、コートと同じ色合いの二本の角。この角、どこかで見覚えがあるような……。

「実はシッポウシティで会ったぜ、シロアさん」

 微笑んだ男性は淡い光に包まれ、姿を変えていく。輪郭は太く大きくなり、直立した姿勢は両手を地に着いた体勢となる。光が収まると、二本の触角はそのままに、見上げる巨体のペンドラーが立っていた。トレーナーがいて、シッポウシティで会ったペンドラーといえば。

「シャガールさん?」
『正解。名前覚えててくれたんだな、ありがとう』

 背中に乗せてもらい、ヤグルマの森では危ない所を助けられた。アーティさんの手持ちのペンドラー、シャガールさんは四肢を畳み首を下げて、私と目の高さを合わせてくれた。

『このエリアはヒウンシティジムリーダー、アーティが管理しててな。非番のジムポケモンが交代で駐在してる。あんたみたいな善良なトレーナーなら構わないが、ヒウンシティは色んな人間がいるからな。中には悪意を持った奴等もいる。そんな奴等に荒らされないようにオレ達が見守ってるのさ』

 シャガールさんは集まっているポケモン達に優しい眼差しを向けた。視線に気づいた何体かが寄ってきて、中にはペンドラーとはタイプ相性が非常に悪いモンメンまで混ざっている。随分と慕われているのを見ると、シャガールさんがいかにこの場所とポケモン達を大切に思っているのか伝わってくるようだった。

『ここはヒウンシティ始まりの場所。ずっと昔、オレやアーティが生まれる前、最初の人間が住み着く前から、最初のビルが建つ前からここにある。周りがどんどん変わっていっても、変わらず大切にしていきたいものがある。そんな思いを込めて、昔のお偉いさんがこのエリアを残したんだと。そうして受け取った想いを、オレ達が同じように次へ繋いでいくんだ』

 シャガールさんはそう締めくくって、暫し瞑目する。ペンドラーは一般的に荒々しい気性のポケモンだけれど、じっと佇むシャガールさんからは真逆の思慮深い印象しかなかった。気持ちを切り替えたのか再び山吹を開いたシャガールさんは、今度はブイゼルへと視線を落とした。

『それはそうと、ブイゼル。希望のトレーナーと出会えて良かったな』
『はいー。おかげさまでー。貴方が教えてくれたおかげですー』

 ……今、聞き捨てならない発言をしたような。まさか、シャガールさんも私の噂を広めた一因だったりするのだろうか。とても良いひと(ポケモン)だと思ったばかりなのに!

「教えたって……何を言ったんですか?」

 ジト目でシャガールさんに問いかければ、シャガールさんは気まずそうに目を泳がせた。

『おお……なんか悪かったな。いや、このブイゼルがトレーナーを探してるってのを知ってたからな。それでオレはシッポウシティで出会ったあんたと、もう一人のトウヤって奴はどうかって勧めたんだ。正義感のある良い人間だし、二人ともジムを巡ってるから、近々この街に来るだろうってな。まさかそこからあんたの外見を言い当てるなんて思ってもみなかったが。なんだシロアさん、野生ポケモンの間じゃ有名人なのか?』
「そんなはずはないんですが!」

 シャガールさんの話を聞く限り、噂を流布したのではなく自分の感想を元に善意で情報提供しただけみたいだ。ジムリーダーのポケモンに良い人間だと判断してもらえたのは嬉しいが、もやもやして仕方ない。


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 始まりの場所を後にして、来た時と同じようにブイゼルの案内でヒウンシティの街中へ戻る。ブイゼルは下水道だけでなく街中の道にも詳しいそうで、人間なのに人間の街でふらふらになる私とは大違いで驚いた。しかし何より驚いたのは――。

「どうかしましたかー、シロアー?」

 目の前を歩く人物が、ゆらりと二本の尻尾をなびかせて振り返る。外ハネ気味の薄い金髪は先端にいくにつれて白くなり、首元には銀色のスカーフを巻いている。頬には原型と同じヒゲのような模様が浮き出ていて、十代後半に見える外見年齢の割に、愛嬌のある顔立ちの彼はそう、ブイゼルだ。
 私が何より驚いた事。それは、ゲットして早々にブイゼルが擬人化した事だった。他の仲間達が人型をとるまで暫くかかったから、余計に際立って見えるというのもあるだろう。ぶっちぎりで擬人化最速記録更新である。でもよくよく思い出してみれば、トウヤの慈水やチェレンのサーペリアはトレーナーと出会ったその日の内に擬人化していたから、さして珍しくもないかもしれないが。

「いや、その姿……気になって」

 謎多き擬人化について素人の私が考えたところで、何か答えが得られるはずもなく。しかし見つめ過ぎた自覚はあるので、鬱陶しかっただろうかと不安になる。けれど、ブイゼルは気分を害した様子もなく、原型と変わらないぽやぽや笑顔で言った。

「前からギジンカってやつに興味がありましてー。やってみたらできちゃいましたー。視点が高いですねー」

 ブイゼルはヒトの姿が気に入ったのか、その場でくるりと回って嬉しそうだ。彼のように理屈がわからなくても、すんなり擬人化できる場合もあるのだから不思議なものだ。

『……貴様、過去にトレーナーでもいたのか』
「……エアレス?」

 続けてエアレスがブイゼルへ質問を投げかける。その声音に引っかかるものを感じて、小声で名前を呼んだ。ぱたり、と一度尾が振られた。

「いいえー? シロアが初めてのトレーナーですよー。良い人間にゲットしてもらえて嬉しいですー」

 ブイゼルは弾んだ声で答えた。くるくる回ったせいで開いた距離を戻そうと、私の方へ足を踏み出す。
 瞬間。視界の端を緑の残像が駆け抜けた。
 ぴたりと動きを止めたブイゼル。いや、正確には止まらざるを得なかったのだ。ブイゼルの目と鼻の先に、エアレスの蔓が突き付けられていた。



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