04
「よーし……」
バッグからモンスターボールを取り出し、構えた。これも今までやる機会がなかったが、密かに憧れていた行為だったりする。
「それじゃ……行くよっ、モンスターボール!」
ビシッと決めてブイゼル目掛けてボールを投げた。……は、いいのだが。適当に投げてもポケモンが飛び出してくれるバトルの時とは違い、大きくはない目標を狙って投げるのは難しかった。思っていたより高く飛んだボールは弧を描き、このままではブイゼルを通り越してしまう。せっかく格好つけたのに、やり直しなんて恥ずかしいんだけど!
『よっ、と!』
「!?」
失敗を覚悟していたら、ブイゼルが跳び上がった。バトルで疲れているだろうに、素晴らしいコントロールと跳躍力でモンスターボールにヘディングを決める。赤い光となったブイゼルを吸い込んだボールは、ことりと軽い音を立てて草むらに落下した。右へ、左へ、もう一度右へ。中のブイゼルが居心地を確かめているのか、数回揺れた後、ボールのランプが消えて静かになった。……ひとまず、テイク2はしなくて済んだみたいだ。
「ブイゼル、ゲット! これからよろしくね」
ボールを拾い上げ、両手で掲げる。新しい仲間が増えた喜びと、トレーナーらしい行為ができたというささやかな自信に頬が緩む。ポケモン側にとってもバトルを通したゲットは意義があるが、トレーナー側にも一味違った感動をもたらしてくれるのだと、私は今日初めて知った。
『当のポケモンにアシストされてどうする、トレーナーの基礎だろう』
「ぴぎゃ!」
感慨に耽る時間は、すぐさま終わりを告げた。エアレスが飛び乗ると同時に尻尾ビンタをかましてきて、危うくブイゼルのボールを落とすところだった。おまけに、ポケモンにトレーナーとしての基礎を説かれてしまう始末。どストレートな正論に返す言葉もない。
そう、今まで偶然と縁が重なって手持ちの仲間が増えていただけで、本来ボールを投げるという基礎の基礎ができなければポケモンをゲットする事はできないのだ。
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『あのー、なんで俺の動きがわかったんですかー?』
枝葉を差し伸ばす大木の、木漏れ日が優しい陰の下。ダメージを受けた武己とブイゼルには傷薬を使い、紹介と交流のために恭煌にも出てもらう。皆の一通りの自己紹介が終わったところで(恭煌は私が代弁した)、思い出したようにブイゼルが首を傾げた。バトルの直後はぐったりしていたが、アクアジェットの連続使用と、何よりエアレスの効果抜群の蔓の鞭で消耗していたのが大きいようで、すっかり元気を取り戻していた。
「ああ、あれね、武己の道着が、背中だけ濡れてたの。だから、次に攻撃してくる時も背中を狙ってくると思って」
『……! バレちゃいましたかー』
「流石です、シロアさん!」
感心したような二組の眼差しを受けて、少々むず痒い感覚を抱えながらも私はさっきのバトルを回想する。
最初に攻撃をしかけてきた時、ブイゼルは武己の真後ろに回り込んでからアクアジェットをぶつけてきた。その後も、武己の周りを駆け回って背後に攻撃を当てられる隙を探っていた。道着の背中の部分だけ濡れて色が変わっていたのがその証拠だ。だからアクアジェットの水を発生させる予備動作が見えたら、あとは後方へ向けて、自分から当たりにくる相手を迎え撃てばいいと気づいたのだ。
相手を大きく上回るスピードを出せるなら、死角から奇襲をかけようとするのは当然だ。特に尻尾や背びれのような背後への攻撃手段に乏しいダゲキ相手なら、尚更。例え相手が後ろから来るとわかったとしても、攻撃のタイミングを見極めるのは難しい。普通、目は前にしかついていないのだから。
でも、武己はひとりで戦っているわけではない。ポケモンの死角を補う目になり、判断して、フォローするのもトレーナーの役割だと、私は知識だけでなく実感として学んだんだ。こうやって少しずつでもトレーナーとしての力をつけていって、戦ってくれる皆の力を引き出せるようになれればいいな。
ところで、私からもブイゼルに訊きたい事がある。
「ブイゼル。……もしかして私の事、前から知ってた?」
昨日から見ていた、とは先程聞いたが、ブイゼルはポケモンと話せる女の子を待っていた、とも言っていた。なんだか昨日よりもっと前から知っていたような口ぶりだったし、この人間の多い大都会で偶然私を見つけられる可能性なんて、色違いのポケモンと出会うよりも低いんじゃないか。
私の問いにブイゼルはにこやかに頷いた。
『はいー、風の噂で聞いたんですよー、イッシュの南東に、ポケモンの言葉がわかる女の子が住んでいる、ってー。最近旅立ったとも聞きましたのでー、きっと来るだろうとこの街で待っていたんですー』
……誰だ、私の個人情報を言いふらしたのは。ポケモンに対してこの能力を隠すつもりはないが、プライバシーというものがある。もしやイッシュ中で私の噂が広まっていたりする? 不安になって武己を見ると、疑問が顔に出ていたようで首を横に振られた。野生時代に私の噂を聞いた事はないらしい。そういえばカノコタウン周辺はともかく、サンヨウシティを過ぎてから私を知っているポケモンには出会わなかった。となると、広く知れ渡っているというより、ほんの少数のポケモンの間で伝言ゲームのように伝わっているのだろう。その少数の中にいたブイゼルが、噂を頼りに私を見つけた、と。様々な偶然が重なっているのではなく、ただ一つの手がかりを元に行動した結果が今なのだ。そこまでしてブイゼルがトレーナーを厳選していた理由も気になるが、もう少し親しくなってから訊いてみよう。
『明るいグレーの髪に、青い瞳の女の子と聞いていたのでー、きっとそうだろうと思いましたがー、確信したのはー……』
「したのは?」
容姿まで特定されているとか、本当に誰が情報源なんだ。お喋り好きな知り合いを何体か思い浮かべている間に、ブイゼルは一旦言葉を切り、片手を水平に伸ばした。その手が示す先にいるのは武己。
『そこの彼が眉毛って呼ばれた時ですねー』
「え?」
「え?」
『ガルッ』
……妙なタイミングで恭煌が唸った。少し離れたところにいた恭煌は、顔を伏せていて表情は見えないが、その身体は小刻みに震えていて……。
「あっもしかして恭煌笑ってる……?」
『うる、せェッ!』
「熱ぅっ!?」
あの恭煌が笑った!? と思う間もなく火の粉が飛んできた。顔のギリギリ横を炎が通り過ぎ、熱風と燃える音が耳を掠めた。
『あの時ー、貴女はすぐに吹き出しましたよねー。ポケモンの言葉が聞こえていないとー、タイムラグがあるはずですのでー』
燃やされかけた私を前に、笑顔のまま話を続けるブイゼル。エアレスや恭煌に比べてまともな性格かと思いきや、このやり取りを見て平然としている上、躊躇いもなく爆弾発言をする辺り、彼もなかなか大物である。
「第一印象が眉毛って……最悪だ……」
一方、とんでもない認識をされてしまった武己は頭を抱えている。そこへ追い打ちのようにブイゼルが問いかけた。
『ところでー、本当に貴方の名前は眉毛なんですかー?』
おっとりした声音と笑顔には全く悪意を感じられなくて、純粋に疑問を口にしただけのようだ。ブイゼルに非はないので怒るわけにはいかず、しかし不名誉な名前で覚えられては堪らないと武己は声を張る。
「そんなわけあるか! さっき名乗っただろ、自分は武己って名前をシロアさんにもらったんだ! 第一シロアさんがそんな残念な名前をつけるわけないだろう」
『私の親しみを込めた呼び名が残念とは。良い度胸だな眉毛』
そこへ元凶のエアレスが、こちらは悪意しか感じられない表情で割り込んできた。ちょいちょいと頬をつつく蔓の鞭を、武己が払いのける。
「だから眉毛じゃねー! それに絶対親しみなんて込めてないだろ!」
『ふむ。よくわかっているな。私は私の楽しみしか込めていない。貴様の反応は実に愉快だ』
「開き直るな!」
『あははー面白い方々ですねー』
ぎゃいぎゃいと騒がしい中に重なる、のほほんとした声。個性の強い仲間達にさっそく馴染んでくれたブイゼルに安心するべきか、味方の増えなかった武己に同情するべきか。……いずれにせよ、これからの旅はもっと賑やかになりそうだ。