01


 新しい仲間、武己との出会い。ベルとの女子会や、図書館での勉強や、博物館見学、もちろんジム戦。それから好ましくはないが、プラズマ団の泥棒事件。色々な体験をしたシッポウシティに別れを告げ、私はヒウンシティを目指しヤグルマの森を歩いていた。先日プラズマ団を追って奔走した獣道ではなく、道幅も広く舗装された歩きやすい道路だ。
 木漏れ日が足元に柔らかなドット模様を散らし、木立の隙間を駆け抜ける風に混ざって聞こえる様々な生き物の気配。その中には、特訓に励むトレーナーとポケモンの声や技の音も。かくいう私もここに来るまでに何人ものトレーナーにバトルを挑み、挑まれ、危うい時もあったがなんとか全てのバトルで勝利できた。しかも嬉しい事に、たまにだが恭煌が指示を聞いてくれるようになったのだ。私が恭煌の出そうとしている技を感覚で掴めるようになってきた、とも言う。意見が一致しなければ容赦なく指示を無視されるところは相変わらずだが、これは大きな進歩だ。
 バッジ所有数二つは、初心者マークのノーマルランクを卒業した証。次回のジム戦からは一段階上のランク、使用ポケモンも三体に増えたスーパーランクとなる。まだまだ未熟なところも多いけれど、少しは実力がついてきたと自信を持ってもいいのかも。
 しかし、自信の有無は置いといて、連戦続きで疲れてしまったのも事実である。皆にはバトルが終わる度に傷薬を使っているが、傷が癒えても疲労は着実に溜まっているわけで。プライドが山のように高いエアレス、意地でも弱みを見せようとしない恭煌、修業だと思って頑張りすぎてしまう武己。……誰一人素直に「疲れた」とは言わないタイプなので、ここはトレーナーである私がしっかり体調管理をしなければ。私が疲れたから、という建前でどこかで休息しよう。

「いいぞ、そこで風起こし!」
「踏ん張れラッテ、隙を見て反撃するぞ!」

 進む先、トレーナー同士がバトルしているのが見えた。このまま行くと勝った方にバトルを挑まれそうだ。決着がついていなくて素通りしたとしても、この道を歩いている限りトレーナーとのバトルは避けられない。バトルは嫌いではないが、無理はさせられない。

「武己、出てきて!」

 武己に呼びかけ、ボールを軽く放り上げた。ヤグルマの森に住んでいた武己なら、あまりトレーナーの来ない、のんびり過ごせる場所を知っているだろう。出てきた武己は、すぐさま擬人化して私の前に立った。

「ちょっと道を外れようと思うんだけど。どこかゆっくり休憩できそうなところ、この辺にある?」
「休憩できそうな……あ、ちょうど良い場所がありますよ!」

 幸い、武己は心当たりがあるようだ。周囲を見回してだいたいの位置を把握した武己は、迷わず木々の中へ分け入っていく。緑の中では目立つ白い道着を急いで追いかけ……ようとしたが、武己はすぐ立ち止まって待ってくれていた。

「こっちです、シロアさん!」

 武己がいい子すぎて、逆に私にはもったいなく思えてきた。ひっそりと感動していると、頭上のエアレスにぺちんとお尻を蔓で叩かれて、茂みの中に突っ込んでしまった。

「あっまたお前は!」
『向こうからトレーナーが来るのが見えたから隠してやっただけだ。いつまでもぼんやりしていると見つかってバトルになるだろう。主は休息のために貴様に道案内を頼んだのではないのか?』
「う……だからって、やり方があるだろう!」
『叫ぶな。トレーナーに気づかれたぞ』
「あー……! シロアさん、行きましょう!」

 武己は私を引っ張り起こして、森の奥へと歩き出す。やはり武己も口ではエアレスに勝てないみたいだ。これからもめげずに頑張ろうね、とアイコンタクトを送ると、意図が伝わったようでしっかりと頷いてくれた。


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「着きました、ここです」

 歩き続けて数十分、私の方向感覚では森の北東に位置する場所。武己の案内で辿り着いたのは、大きな湖の畔だった。
 満々と水を湛えた湖面は鏡のように空を木々を写し取り、そよ風にさざ波を立てては陽の光を細かな粒子にして跳ね返す。岸辺には小さくとも鮮明な色合いの花が咲き乱れ、澄んだ空気の中に仄かに甘い匂いを漂わせていた。人間の踏み入った形跡もなく、とても静かで神秘的な気配すら感じさせる場所だった。

「この辺りはヤグルマの森でも特に安全な場所ですよ。森の守り神様が見守ってくれているんです」
「守り神?」
「自分は会った事ないんですが、すごい力を持ったポケモンで、ここよりもっと奥に棲んでいるらしいですよ」
「へぇー」

 神秘的な気配、という感想はあながち間違っていなかったようだ。すごい力を持ち、守り神様とまで呼ばれるポケモンとは、いったいどんなポケモンなんだろう。もしかしてお伽噺のレシラムやゼクロムみたいな、伝説のポケモンだったりするのだろうか。シッポウ博物館の図書館に行った時に、伝説のポケモンについても勉強しておくべきだったかもしれない。けれど勉強したところで、私のような一介のトレーナーでは一生関わる事もないんだろうな。
 手持ちの皆を出して――と言っても、案内してくれた武己と頭上に居座るエアレスは既に出ているから、恭煌のボールを放っただけだが――、ここでしばらく休憩する旨を伝えた。身を預けるのにちょうど良さそうな大木に寄りかかって足を投げ出すと、歩き通した足がひんやりした草地に触れて心地良い。

「武己、もしよかったら知り合いに挨拶してきたら? 急に旅立ちを決めたんでしょ」

 好きなように散っていった他の二体と違って、私の傍で手持ち無沙汰気味になっていた武己に声をかけた。

「良いんですか?」
「もちろん、駄目な理由がないよ。武己が戻ってくるまで、この辺りで休んでるから。今日中にヒウンシティに着けるような時間で帰ってきてくれたら嬉しい」

 私の故郷の森でも、昨日まで会っていた知り合いがある日を境にいなくなり、風の噂でトレーナーにゲットされ旅立ったのを知る、という事が何度もあった。残された方としては寂しいけれど、レパルダスの黒瑪クロメが言っていたように、野生で生きるポケモンの多くはある程度の覚悟はしているものだ。それが嫌なら、人間の踏み入って来ないような街からも道路からも離れた奥地で暮らすか、群れを作って協力して身を守るか。ポケモン側も上手く折り合いをつけているから、トレーナーとの旅立ちはどちらかと言えば、新しい生き方を応援するものとして認識されている。今は擬人化できるポケモンが増えたから、トレーナーに故郷の仲間に会いたいと直接伝える事も容易になった。
 武己の方から何も言いださなかったのは、普段からいつ旅立ってもいいように準備していたからか、単に遠慮しているのかもしれない。でも、せっかく時間があるのだから、区切りをつける意味でも挨拶してくるのは有意義なはずだ。

「ありがとうございます。自分の知り合いも、何体かトレーナーと旅立ちましたが、いつも急にいなくなるから……シロアさんは優しいんですね。お言葉に甘えさせてもらいます!」

 ついでにこの姿を見せてきます、と嬉しそうに言い残して、武己は茂みの奥へと歩いていった。
 武己を見送ってしまえば、辺りは急に静かになった。森の中でのんびりと過ごすのも、思えば随分久しぶり、旅立ち以来だ。故郷の森を、過ごした時間を、家族の顔を思い浮かべて柔らかな気持ちに浸った。……家族。

「あなたも、私の仲間で、家族になるんだよ」

 孵化装置に入っていた卵を取り出して、話しかけた。薄いクリーム色の卵は、ほんのり温かい。頬を押し当ててみると、つるりとした肌触りの下に、ほんの微かにとくん、とくんと鼓動が聞こえる。ああ生きているんだ、と感じるだけでどうしようもなく嬉しくて愛おしい。早くも親ばかになってしまいそうだ。
 卵の様子はポケモンセンターでも診てもらっている。健診結果、極めて健康。孵化にはもう少し時間がかかるそうだ。

「早くあなたに会いたいなあ。どんなポケモンなんだろう。楽しみだね。ね……!」

 ね、と同意を求めた言葉は宙を彷徨って消えた。恭煌の姿は見えず、エアレスは昼寝か光合成か、水辺にかかる枝の上で目を閉じてこちらを見ない。唯一話を聞いてくれそうな武己は森の仲間に挨拶にと送り出したばかりだ。孤独。
 あまりに寂しくて、たまたま通りかかったドレディアに「見て! 卵だよ!」と声をかけてしまった。突然声をかけられたにも関わらず、ドレディアは嫌な顔をせず、むしろ微笑んで卵を見に来てくれた。聞けばつい先日彼女の卵が孵ったばかりだそうで、一緒にいた小さなチュリネを紹介してくれた。武己といい、ヤグルマの森出身のポケモンは優しい子ばかりだ。


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