06


「……ミルホッグ、戦闘不能! デルビルの勝ち! よって勝者、チャレンジャーシロア!」
「恭煌!」

 審判の判定を聞いて、喜ぶよりも先にフィールドに駆け込んだ。荒い息で立っている恭煌へ手を伸ばすと、手のひらと黒い毛並みの間をビリっと電流が走った。こちらを振り返る動きがぎこちなく、どうやら麻痺しているみたいだ。急いでバッグから麻痺治しのスプレーを引っ張り出す。あの電撃が原因だろうが、そもそも勝負が決まった時、何が起きたというんだろう。恭煌は全身に帯電するような技を覚えていないはずだ。電気技は雷の牙があるけど、それは牙だけを帯電させるもので……牙?

「恭煌、ちょっと脚見せて」
『触んな!』
「……やっぱり」

 恭煌の前脚には、真新しい噛み傷。ミルホッグの齧歯類の歯ではなく、肉食獣の犬歯が食い込んだ跡だ。これで私はあの時何が起きたか理解した。恭煌は雷の牙を自分自身に打つ事で、電撃で無理矢理目を覚ましたのだ。

『聞こえなかったか、触んなって言ってんだよ!』
「あだーっ!?」

 私に前脚を掴まれたのがお気に召さなかった恭煌に手を噛まれた。触るなと言っている割に自分から触れる(噛む)のはいいのか、なんて疑問が脳裏にちらついても、聞いたら噛みつきに炎か電気が追加されるだろうから言葉は喉の奥にしまっておく。麻痺の影響か案外噛む力が弱く、反射的に腕を振っただけで牙が外れたのが幸いだ。

「ガッツのある良いバトルだったよ、シロア!」

 拍手しながらこちらへ歩いてきたアロエさん。アロエさんは私の前まで来ると、エプロンのポケットから小さなケースを取り出した。

「さあ、これがベーシックバッジだ。受け取りな」

 展示品で見た鉱石のように、クッションの上に行儀よく鎮座するのは、長方形の小さな輝き。サンヨウジムでもらったものとは違って深い葡萄色の単色で、けれど艶やかで落ち着いた美しさを放つそれは、きっと隣に並べたって決して見劣りはしないだろう。麻痺治しの応急処置が終わった恭煌にはボールに戻ってもらい、バッジを受け取った。

「だけど、まさか雷の牙を自分に当てて目を覚ますなんてね。そのポケモンの個性もあるから一概には言えないけど、随分無茶なやり方だねぇ。下手すりゃデールの攻撃と自分自身の攻撃、両方のダメージで瀕死になっていたかもしれないのに」
「う、そうですよね……」

 今回の勝利は、とても余裕があるとは言えないものだ。数字だけ見れば、アロエさんの二体は戦闘不能で、私の方は二体とも瀕死にはなっていないストレート勝ち。しかし武己は私の油断から大ダメージを受けてしまっているし、恭煌だって私が諦めかけたところで、ハイリスクハイリターンな戦法でなんとか勝ったという状況だ。バッジゲットできて嬉しいが、素直に喜びを表現していいものか。バッジを見つめて固まっていると、アロエさんの手が優しく頭に置かれた。

「落ち込まなくたっていいんだよ、シロア。今のはあくまでもアタシの感想、一つの意見さ。逆の見方をすれば、身を削ってでも貪欲に勝利を得ようとする、その心意気がバッジへ繋がったんだ。しっかり褒めておやり。人それぞれ、ポケモンそれぞれに考え方は色々ある、それでも一緒にいられるから人生は面白いのさ。アンタ達が納得した上でなら、この先もアンタ達のやり方を貫けばいいじゃないか。ただし、勝利に囚われてポケモンに無理させるんじゃないよ」

 そうか。アロエさんが年上でジムリーダーだからといって、アロエさんの意見が絶対正しいわけではないんだ。色んな人やポケモンが色んな考えを持っていて、同じ考えでも反対方向から見ればまた違う意味を持つ。ポケモンの気持ちを蔑ろにして独りよがりになってはいけない、根っこの部分さえ見失わなければ、自分達のやり方を探して、それを確かなものにしていけばいいんだ。例えギリギリだったとしても、皆の頑張りのおかげで勝てた事実は変わりない。後でちゃんと、ありがとうを伝えよう。

「はい! それは絶対、忘れません」
「よし、良い返事だ! さ、胸を張って戻りな、チャレンジャーシロア!」

 アロエさんに、ばしん、と音が響くほどの勢いで背中を叩かれた。誰かさんにやられ慣れたおかげで、少し前のめりになっただけで踏み止まる事ができたけれど。アロエさんは悪戯っぽく笑った。

「アンタ、見た目によらず頑丈なんだねぇ。アタシの喝でよろけなかったチャレンジャーは久しぶりに見たよ」
「あはは……お世話になりました」

 頭を下げて、地上へ戻る階段へ向かう。例によって頭に乗ってきたエアレスが言った。

『あれで踏み止まれたのは私が鍛えたおかげだな、主。礼を言っても構わんぞ』
「なんでそこで偉そうにしてるの? んぎゃ!」

 別に私は鍛えてほしいと頼んだわけじゃない、そんな無駄なスキルはなくていいのに。抗議すると本家からの尻尾ビタンを頂いた。アロエさんとは一味違う威力につんのめり、階段の前までたどり着く。

「だ、大丈夫かいシロア!?」
「ご心配なく、それじゃあっ」

 アロエさんの慌てた声を振り切るように、私は階段を駆け上った。


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『シロアさん、すみません! 自分、シロアさんに褒められたのが嬉しくて油断してしまって……』

 ポケモンセンターでの回復が終わり、宿泊している部屋へ戻る。扉を閉めるなりボールから飛び出してきた武己は、土下座しそうな勢いで頭を下げた。というか私が止めなければ間違いなく土下座を決めていた。

「いやいや気にしないでよ!? それを言うなら私の方だって。戦ってくれる武己の目になって、判断をして、トレーナーとしてフォローできたはずの部分が上手くできなかったから」

 武己に先手を打たれたせいで、私も釣られて謝る流れになってしまったが、一番伝えたい言葉はこれじゃない。まだ晴れない表情の武己と、しっかり目を合わせた。

『でも……』
「恭煌も頑張ってくれて最終的にバッジはゲットできたわけだから……次から、お互い気をつけよう。それより何より、頑張ってくれてありがとう、武己!」
『シロアさん……!』

 感極まった表情で私の手を取った武己の身体が、不意に淡い光に包まれた。光の中でまるで進化のように、ぐんと武己の背丈が伸びて私を追い越した。ダゲキは進化しないポケモンだから、この現象は――。
 光が収まって現れたのは青い短髪の、私よりも幾らか年上に見える青年だった。黒いバンダナを額に巻き、元の姿でも着ていた道着を引き続き纏っている。覗く足元だけが原型のまま、青い地肌の素足だった。武己は黒曜石のような瞳をぱちくりさせ、私の手をそうっと放した。

「すごい、シロアさんと同じ手だ……ヒトになるのは、もっと難しいと思っていたのに」

 武己は感触を確かめるように両手を動かしたり私の手と見比べたり、髪を撫でたりしている。私が初めてのトレーナーである武己は、当然これが初めての擬人化だ。なのにすんなり擬人化できたのは、ダゲキが元々人間に似た容姿のポケモンだからだろう。

「武己、擬人化おめでとう」

 擬人化できないポケモンだっているし、できるから優れているわけでもない。それでも、ひとつの大きな変化を遂げた彼におめでとうを贈ると、武己は照れたように笑った。ヒトの形になって外側が変わっても、内面は同じままだ。

「恭煌、出てきて」

 もうひとりの功労者にも、面と向かってお礼を伝えなければ。いつもの鋭い目つきで出てきた恭煌に、膝を折って視線を合わせた。

「頑張ってくれてありがとう! 恭煌があの時、雷の牙を使う判断をしてなかったら、私はどうすればいいか結局わからなかったから……今回も、助けられてばっかりだったね」

 うーん、大切な部分は伝えたものの、後に続く思いは反省ばかりだ。恭煌との信頼関係を築くために、バトルを通して認めてもらいたいと考えていても、なかなか思うようにいかなくてもどかしい。

『……まあ、前よりは、やりやすかったぜ』

 怒られたり呆れられたり、そんな反応が来ると覚悟していたのに、恭煌の口から漏れたのは棘の無い声音。予想外の反応に固まる私を前に、恭煌は続けた。

『催眠術を食らった時。テメェは回避でも守りでも、まして狼狽えるでもなく、攻撃を選んだ。オレとしてもその方が性に合ってる。なんでもいいから攻撃しろ、っつっただろ。だからオレは攻撃技を使ったまで。それだけだ』
「恭煌〜!」

 そっけない言い方でも、私の考えを存在を、全てではなくても受け取ってくれたという事。思わず抱き締めようと両手を伸ばしたら、恭煌が視界から消えた。と、次の瞬間には垂直に飛び上がっていた恭煌に頭に着地され、私は床に沈んだ。

『クッソ、調子に乗ってんじゃねェぞ!』
「ああっシロアさん!?」
「主。貴様はやはり学習能力のない馬鹿なのだな」

 親愛のかけらもない恭煌の怒声と、心配してくれる武己の声と、呆れたエアレスの溜め息。倒れ伏した私に投げかけられた言葉は全て違っていたが、皆私の元に留まってくれている仲間に変わりはなくて。考え方が違っても一緒にいられるから面白い、というアロエさんの言葉が実感を伴って私の中に取り込まれた気がした。
 でも、もうちょっと優しい寄りの考えが多くてもいいんじゃないかな。


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