05


「……勝っちゃった」
「おやまあ」

 まさか一撃で勝負が決まるとは思わず、拍子抜けする。アロエさんも驚いたようで目を丸くしていた。当の武己はくるりと振り返ると、真剣な表情から一転して目を輝かせ駆け寄ってくる。

『シロアさん! 自分、やりました! 次も行っていいですか?』
「すごいね、武己。……じゃあ、もう少し頑張ってくれる?」
『はい!』

 タイプ相性と、空手チョップが急所に当たったのだろうが、それにしても強い。野生時代からずっと鍛えてきたという武己の実力、もちろん信じていたが想像以上だ。労いを込めて軽く肩を叩くと、武己は誇らしげに胸を張ってフィールドへ戻った。
 交代するか、継続するか、実のところ少し悩んだ。恭煌の信頼を勝ち取る絶好の機会であるジム戦。作戦では二戦目には最初から出てもらうつもりだったが、手持ちの仲間が増えた今、武己のやる気も買ってあげたい。それに勢いは大切だ。バトルの流れがこちらに向いているならば、波に身を任せよう。チャレンジャーは交代可能だから、頃合いを見て恭煌に出てもらおう。

「驚いた。まさか、一撃でやられるなんてね……次はこうはいかないよ! 出番だよ、デール!」

 アロエさんの二番手は、育て屋のキナコさんと同じ種族、ミルホッグだった。それを視認するかしないかの内に、アロエさんの指示が木霊する。

「かたき討ちだ!」
『トランプちゃんのかたきー!』

 一瞬の出来事だった。デールの瞳がギラリと光ったかと思うと、武己の懐に飛び込み、強烈な突きを食らわせた。あまりの威力に武己の足が地を離れ、大きく突き飛ばされる。しまった、油断した。

『ぐぁっ……』
「武己、ごめん! 交代するよ!」

 トランプと真っ向勝負で打ち勝ったとは言え、攻撃力が上がった後の突進をまともに受けているのだ。決して無傷とは言えず、今のデールの攻撃だってものすごい威力だった。武己自身の判断で受け身を取れていたためまだ瀕死には至っていないが、かなりダメージを受けた様子の武己には一旦戻ってもらう。

「かたき討ち。直前に味方が倒されていれば、威力が倍になる技さ。恩返しがトレーナーとの絆の強さを力に変える技なら、こっちは仲間同士の絆を力に変える技なんだよ」

 アロエさんが技の説明をしてくれた。だからトランプが倒された直後に放たれた一撃が、あんなに重かったのか。バトルの流れを掴めたと思ったのに、あっという間に巻き返されてしまった。一勝を収めたとしても、相手はジムリーダーだ、気を抜いてはいけないのに。私の油断が大ダメージを招いてしまった。唇を噛み締めた。

「ごめん、武己。ゆっくり休んでて」

 武己の頑張りを無駄にしないためにも、次のバトルに勝たなくては。武己のボールをベルトに戻し、代わりにもう一つのボールを手に取る。ボール越しに見える恭煌は、既に相手を睨んで臨戦態勢だ。
 ジム戦でなら言う事を聞いてくれる恭煌。この状況で彼の納得行く指示ができれば、今後私を見直してくれるかもしれない。期待を込めてボールを投げる。

「お願い恭煌! 火の粉!」
『最初からオレを出せばいいものを!』

 ボールが開くと同時に技名を叫ぶ。恭煌は先ほどのデール同様、モンスターボールの光が消える前に火の粉を放った。

「避けな、デール!」

 完全に狙いを定める事ができなかったせいか、デールは余裕を持って横に跳び回避した。けれど、その一瞬の隙があれば十分だ。

「悪の波動!」

 火の粉は囮だ。デールが火の粉に気を取られている内にフィールドを踏み締め、しっかりエネルギーを溜めた恭煌は、自分の身体と大差ない太さの波動を撃ち出した。火の粉をかわし、体勢を整える前のデールを悪の波動が撃ち抜く。

「やるね……大丈夫かい、デール?」
『あいたた……今のは効いたわ……でも、まだいけるよ!』

 アロエさんの問い掛けに、デールは少しふらつきながらも張りのある鳴き声を返した。込められた意思を汲み取ったアロエさんは頷き、次の指示に移ろうと構え直す。武己を一撃で追い詰めたデールの攻撃力はかなりのものだ。デルビルは決して防御力の高い種族ではないから、攻撃を受ける前に連続攻撃で勝負を決めたい。

「一気に畳み掛けて! 恭煌、炎の牙!」
『それで良い! 次で仕留めてやらぁ!』
「……!」

 私が口を開く前に走り出していた黒い背中へ叫ぶと、肯定の声が返ってきた。恭煌がはっきりと、私の指示を認める意思表示をしてくれた。今、恭煌は私と一緒に戦ってくれているんだ。緊迫感の中に嬉しさが湧き上がり、頬が緩んだ。距離を詰めた恭煌は、口から火花を散らしながらぐっとフィールドを蹴り上げ、デールに飛びかかる。
 刹那。この時を待っていた、とでも言うようにアロエさんの口元が弧を描いた。

「今だデール! 催眠術!」
「なっ……!?」
『はいはーいお休みなさーい』

 デールの瞳が怪しげな光を放った。接近していた恭煌は、真正面からデールの目を見てしまった。どうにか炎の牙は当たったものの、勢いを削がれ本来の威力は出せていない。微かな低い音が、聴覚でも眠りに誘おうと訴えかける。
 催眠術、エスパーやゴーストタイプのポケモンが使うイメージが強い技だが、ミルホッグも使えたのか。怪しい光を使えるのは知っていたけれど。だが問題は今後の対策ではなく、今をどうやって切り抜けるか、だ。

『クソッ……』

 着地した恭煌は素早く飛び退り距離を取ったが、その足はふらついている。早起きの特性を持つデルビルもいるが、恭煌の特性は貰い火だ。眠ってしまっては、一気に不利になる。まだ辛うじて武己は戦えるが、だからといって恭煌の勝利を捨てさせるわけにはいかない。
 こんな時、恭煌はどうする? 今までの彼の戦い方、一緒に過ごした時間、垣間見えた心情。全てを思い出して、恭煌の気持ちになりきって考える。負けず嫌いで、相手に背は向けたくなくて、苦手タイプの技にも果敢に飛び込んでいく。

「悪の波動! 狙わなくていい、なんでもいいから攻撃して!」

 恭煌ならここで交代や、とにかく逃げる、と思わせる行動は絶対取らない。むしろ、眠ってしまう前に相手を倒すか、自分がやられるくらいなら相打ちを狙うかするだろう。それに眠気を紛らわすためにも、何か行動しなければ。なんでもいいから攻撃を、なんてアバウトにもほどがある指示で、考えた末とはいえきっと最善手とは言えない。けれど、何も指示を出せず狼狽えるよりはずっとマシだ。

『無駄よ』

 低周波が強くなり、私までぐらりと視界が揺れた。催眠術をもろに受けている恭煌は、攻撃を放とうと口を開いたものの、がくりと項垂れ崩れ落ちた。駄目だ、眠ってしまった。

「デール、決めるよ! ひっさつまえば!」

 動きの止まった恭煌にデールが迫る。こうなっては打つ手なし、ただ見届けるしかできない。でも、目を反らすわけにはいかない。デールはスピードに乗ったまま跳躍し、襲いかかろうと口を大きく開けた。
 あと少しでデールの歯が届く時、恭煌の全身から激しい電撃が迸った。驚いて空中で体勢を崩したデールを、真っ黒な波動が呑み込む。フィールドが漆黒に覆われ、爆風が私の髪を揺らした。
 やがてフィールドが晴れる。目を回して倒れているデールを前に、覚束ないながらも立っていたのは恭煌だった。


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