02


「よし、決まった! ダゲキ君!」

 特訓後の回復も、夕食もお風呂も終わって思い思いにくつろぐ、ポケモンセンターでのゆったりした時間。にも関わらず根を詰めて睨めっこしていた辞書を閉じて、意識を切り替えるようにダゲキ君を呼んだ。

『はい、なんですかシロアさん』

 秒で飛んできたダゲキ君に、どことなくヨーテリーの気配を感じつつ口を開く。

「ダゲキ君の名前。決まったから、聞いてくれる?」
『もちろんです!』
「あーそのままでいいから」

 何故か正座で待機し始めたダゲキ君を立たせた。そこまで畏まられると私も緊張してしまうし、私は手持ちポケモンとは対等な関係でいたいのだ。旅立った直後にも抱いた覚えのある理想は、現状叶っているとは言い難い。むしろ明らかな上下関係が生じている、それも一般的に連想されるのとは逆の方向で。せめてダゲキ君とは真っ当な関係を築いていきたい。そんな希望も含めて、渋々立ち上がってくれたダゲキ君に、これから始まる私達の物語の、最初の一ページを贈ろう。

武己タツキってどうかな? 力強くて勇気のある、格闘タイプらしさと、自分をしっかり持って礼儀を忘れない部分をずっと大切にしてほしいって気持ち、そんな意味を込めてみたんだけど」

 どう、かな。私の問いに、一言も聞き漏らすまいと口を噤んでいたダゲキ君の表情が瞬く間に綻んでいく。

『はい! ありがとうございますシロアさん! 気に入りました!』

 きらきらした笑顔を向けてダゲキ君、もとい武己は嬉しそうに名前を受け取ってくれた。武己、武己かあ、と馴染ませるように繰り返している。これだけ喜んでくれると、私も考えた甲斐があるというものだ。

「結局、種族名とあまり変わらんな」
「あ」

 武己の後ろからあまりに無慈悲な指摘が入り、思考と感情が一時停止する。シャワールームから出てきたエアレスが、タオルの隙間から冷静な視線を寄越してきた。
 確かに、ダゲキ、タツキ、響きも文字も似通っている。考えた末の結果なのに、いざ形にしてみると手抜きのように映ってしまう。エアレスに言われるまで全く気づかなかった。

「ごめん、もう一回考え直すよ」
『とんでもない! せっかくシロアさんが自分のために考えてくれた名前ですし、種族名と近いからむしろ身に馴染む最高の名前ですよ!』
「ありがとう……これからよろしくね、武己」

 嫌味の無い、本心からであろう武己のフォローが心に沁みる。プラズマ団の泥棒事件や、カナさんとのバトル。色々な出来事があって感情が揺れ動いた日ではあったけれど、新しい仲間が増えたという(そしてその仲間がとても良い子だったという)充足感で一日を締めくくる事ができそうだ。良い意味での緊張が解れると同時に、じんわりと眠気が忍び寄ってくる。エアレスも交えて武己と話をしつつ、シッポウシティ三回目の夜は更けていくのだった。


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 翌日。通常営業を再開しているのを確認してから、私は改めてシッポウ博物館へ向かった。
 博物館は大人しく過ごせるとの条件付きで、小型のポケモンや擬人化したポケモンは同伴可となっている。私の仲間では、外に出ているのは私の頭上を定位置にしているエアレスのみだ。恭煌は本にも展示品にも興味はなく、武己は人間の施設に入るのが初めてで勝手がわからないから、ひとまずボールの中でいいそうだ。
 館内へ足を踏み入れると、空気がガラリと変わった。ただ屋外と屋内の差というだけではない。博物館という、過去から切り出された時間と込められた知識の織り成す空間が、独特の静寂の中にさざ波のような淑やかなざわめきを生み出すのだ。イッシュ地方最大級の博物館とあって、朝から決して少なくはない人とポケモンが見学に訪れていた。
 巨大なドラゴンの骨格標本が目を惹く博物館エリアは素通りして、私は図書館エリア直通のエレベーターに乗った。目的はあくまでも図書館での勉強なのだ。とは言え博物館も気になるので、後で気分転換がてら見学しよう。
 図書館エリアには、当たり前だが所狭しと本棚が並んでいて壮観だった。脚立を使わなければ届かないような高さの本棚は、多種多様な本で色とりどりのモザイク模様が施されている。小説、エッセイ、実用書、古典文学と、ジャンルも幅広い。

「えーと、ポケモン図鑑の本棚は……ここだね」

 ツタージャ、デルビル、それからダゲキ。それぞれのポケモンについて、詳しく書かれている図鑑を探して机についた。

<ツタージャとの上手なつきあい方>
 ツタージャ、草蛇ポケモン。特性はピンチの時に草タイプの威力が上がる新緑。進化系は草蛇ポケモンのジャノビーを経て、ロイヤルポケモンのジャローダ。進化する毎に手足が退化していくが、蔓を自在に使いこなして補う。食事の他に尻尾の葉で光合成をする。戦闘中も光合成により多くのエネルギーを得て、素早い身のこなしで相手を翻弄する戦いが得意。種族の傾向として、プライドが高く……うわ、よくわかる。でもエアレスくらい高圧的なのがごろごろいるとは考えたくない。だって初心者向けに研究所から紹介されるポケモンだし。

<ヤグルマの森で見られるポケモン達>
 ダゲキ、空手ポケモン。特性は一撃では倒されない頑丈か、怯まない精神力。進化はしない。ひたすらに強さを求めて、大岩や大木に拳を打ちつけて修業に励む、ストイックな性格。邪魔されると怒るので修業中のダゲキを見たら立ち去った方が無難。雄しかいない、というより、大人の雄の証である道着を着た個体をダゲキと呼ぶ。道着は同じ場所に住むエルフーンやクルマユ、ハハコモリ等と協力して作る。特に器用なダゲキは材料さえあれば自分だけで作れるらしい。他のダゲキやナゲキから材料を盗む者も中にはいるとか。武己はそういう事はしないと、出会って間もないが断言できる。

<イヌ科ポケモン大全>
 デルビル、ダークポケモン。特性は炎技を無効にして自分の力とできる貰い火か、状態異常で眠らされてもすぐに起きられる早起き。進化系は同じくダークポケモンのヘルガー。毒タイプではないものの、吐き出す炎には毒素が含まれる。独特の不気味な遠吠えから、昔から地獄からの遣いと恐れられてきたが、実際は群れの絆を大切にする愛情深い性格。角の大きなヘルガーとそのペアをリーダーとした群れで生活し、仲間とのチームワークの見事さはポケモンの中でもトップクラスだという。……うーん、恭煌にはあまり当てはまらないな。一般的な性質とは真逆、俗に言う一匹狼なタイプだけれど。

「あれ?」

 性質だけでない、更なる図鑑との食い違いを見つけてページをめくる手が止まった。写真のデルビルと恭煌の姿が異なっている。まるで間違い探しだ。図鑑の写真ではデルビルの瞳は黒い。でも恭煌は紅い、進化後のヘルガーと同じ色だ。指先でそっと恭煌のボールに触れた。

「恭煌、どうして……」
『あ?』
「……ううん、なんでもない」

 聞くのをやめた。私だって「なんで瞳がこの色なのか」なんて聞かれても、生まれつきだから、としか言いようがない。瞳だけでなく頭の白い骨質の装飾も、写真と違う。目の上に穴が開いているはずなのだが、恭煌の装飾は塞がっていて穴がない。これも個体差なのだろうか。考えても答えが出るわけでもないし、通常と異なるからと言って恭煌を見る目が変わるわけでもない。むしろ他のデルビルと並んでも、遠目にも一目で見分けがつくからいいじゃないか。
 三種類のポケモンとその進化系について、生態や特性、技について必要そうなところをノートに取る。得た知識を、きちんと活かしていければいいのだけれど、それは私の努力次第だ。もっと幅広く、特性や技の勉強をしようと次の本を取りに席を立った。


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