01


 一度シッポウシティのポケモンセンターで皆を回復させてから、私は再びヤグルマの森方面へと足を運んでいた。
 主にトウヤと私の奮闘により(私は大した事はできていないと思うけれど、そう褒めてくれたアロエさんの気持ちはありがたく受け取っておこう)、ひとまずドラゴンの骨泥棒事件は解決したが、博物館、図書館、ジム、全ての施設が臨時休館になってしまったのだ。予約をしていて、且つ博物館の警備を任されていたチェレンだけが、特別にジム戦をしてもらえるんだとか。ジムリーダー兼館長のアロエさんは事件の後処理や何やらで忙しそうだし仕方ないだろう。急ぐ旅でもないし、開いていたところで、私も今日は勉強に身が入らなさそうだ。
 というわけで本日の予定変更。新しい仲間、ダゲキ君の実力確認も兼ねた特訓だ。
 ヤグルマの森の手前。この辺りは近隣のトレーナーやジム戦に向けて特訓する人達がよく修行場所にしているエリアだ。森ほど鬱蒼としているわけではなく、むしろ青空が覗いて明るい印象を受ける。古びた線路の跡が道しるべのように、シッポウシティとヤグルマの森を途切れ途切れに結んでいた。これは昔飛行機がなかった時代、たくさんの荷物を運ぶために貨物列車が走っていた名残りだそうだ。列車で運ぶ荷物を保管しておくために建てられた倉庫の数々が、今も残るシッポウシティの特徴的な街並みを生み出した。以上、ガイドブック『まめぱとりっぷ』より。

「アロエさんはノーマルタイプの使い手。いきなりで悪いけど、ダゲキ君にジム戦に出てもらいたいの。いいかな?」

 草地の合間に大きな岩が点在する開けたエリアで、全員をボールから出す。それぞれに伸びをしている三体を見渡し、ダゲキ君に声をかけた。

『はい、もちろんです! むしろ自分の力を見せる良い機会です!』

 ダゲキ君はとんと自らの胸を叩き、二つ返事で引き受けてくれた。堂々としていてまっすぐで裏表がなくて、今までにない部類の反応に新鮮さすら感じる。手持ちポケモンに毒を吐かれない。ちくちくされない。なんて爽やかな関係なんだ。

「ありがとうダゲキ君……ジム戦までに、名前、考えておくね」

 心の中で感涙に咽び、そんなダゲキ君に似合う名前を贈ろうと決心する。どんな名前でも彼は受け取ってくれそうだけれど、私の気持ちの問題だ。また後でポケモンセンターで辞書を借りて考えよう。

「それから、もうひとりは……」

 所持バッジ一個の挑戦者が受けられるノーマルランクでのジム戦は、使用ポケモン二体までと決まっている。ダゲキ君と、あと一枠はどちらに出てもらおうか。タイプ相性としては、格闘タイプ以外の弱点もなく、効果抜群もないノーマルタイプだから、エアレス、恭煌、どちらでも不利なく戦える。興味なさげな恭煌と、一応は話を聞いてくれる姿勢のエアレスを交互に見た。

「……エアレス。今回は譲ってもらっていい?」
『構わんが。何か理由があるのだな』

 透き通った朱色の瞳が、批難するでもなく私を映す。そういえば、エアレスは普段は横暴な割に、なんだかんだできちんと話を聞いてくれていると気づいた。全く性質の異なる仲間が加わる事で、今まであったものがより明瞭に見えるようになるものだ。……ぞんざいな扱いに慣れたせいで、普通の対応をされただけで嬉しく感じてしまうわけではない。たぶん。きっと。

「うん。今度こそ、恭煌が納得いくようなバトルをしたい。ううん、してみせるから」

 名前を出された恭煌は耳だけ動かしたもののこちらを見ない。こちらは相変わらずの塩対応だが、せっかく縁あって共に旅する仲間となったのだ。関係を進展させるためにも、歩み寄る努力は諦めたくない。プラズマ団との戦闘を見て感じた事を無駄にせず、先に繋げなければ。

「そこの人! ポケモントレーナーでしょう、バトルしませんか!」

 私と同年代くらいのミニスカートの少女に声をかけられた。その手に握られたモンスターボール。彼女もここへ来た目的は私と同じだ。

「……やります! よろしくお願いします!」

 断る理由はない。ここは、ダゲキ君の初陣と行こうじゃないか。

「ありがとうございます。私、カナっていいます。……それじゃ、GO、木ノ葉丸このはまる!」
『やるよ〜!』

 カナさんが繰り出したのは、頭に緑色の房を生やした猿型ポケモン、ヤナップだった。現在チェレンの手持ちとなったヒヤップのシムポア、ポッドさんと共に立ちはだかったバオップのマドレー。奇しくも、近縁種にあたる三体と立て続けに出会った事になる。

「私の名前はシロアです。こっちも……お願い、ダゲキ君!」
『押忍!』

 威勢の良い返事と共にダゲキ君が前へ出る。
 事前にダゲキ君の技は聞いている。攻撃技は空手チョップ、ローキック、岩砕き、怪力。補助技は気合い溜め、カウンター、ビルドアップ。格闘タイプらしく、パワフルな物理技ばかりだ。鍛えた身体能力を最大限に活かせる利点であると同時に、相手に接近しなければ攻撃も防御もままならない弱点でもある。

「ダゲキ君、空手チョップ!」
「木ノ葉丸、種マシンガン! 近づけさせないで!」 

 手刀を構え、走り出すダゲキ君。格闘タイプらしい見た目で判断したのか、過去に戦った経験があるのか。カナさんは距離を詰められないように指示を出す。弾ける炎を使った時のマドレーのように大きく息を吸い込んで、木ノ葉丸は炎の代わりに無数の種を吐き出した。どうしよう、直接攻撃技ばかりのダゲキ君は打ち消せるような遠距離技は持っていない。避けようか、それとも。

『大丈夫です! このまま行けます、シロアさん!』
「……ッ、突っ込んで、ダゲキ君!」

 促されるまま、攻撃を続けるよう後押しする。相手の攻撃に自ら身を晒す事になるが、ダゲキ君は野生で暮らしていた頃から鍛えていたと言っていた。本人の意思だし、効果抜群でない技だからきっと大丈夫だ。ダゲキ君を信じよう。

『はい!』

 勢いを落とさずダゲキ君は種マシンガンの弾幕へ突っ込んでいく。行く手を阻む種を格闘タイプの波動を纏わせた両手で弾きながら、あっという間に木ノ葉丸の前へ辿り着いた。

「あっ、木ノ葉丸かわして!」

 カナさんが叫んだ時には、ダゲキ君の空手チョップが木ノ葉丸を吹き飛ばしていた。木ノ葉丸は近くの低木の茂みに当たって跳ね返り、ぽてっと地面に木の字に転がった。……人間だと大の字だけれど、尻尾のあるポケモンは木の字と表現すると教えてくれたのはお姉ちゃんだ。

『うーん。もう無理〜……』
『……ありがとうございました』
「おお……」

 伸びてしまった木ノ葉丸に一礼するダゲキ君。これも今までの仲間からは考えられない行動で思わず声が漏れてしまった。戦う相手への礼儀を忘れない、当たり前だが大切だ。エアレスも恭煌も見習ってほしい、と口に出すと言葉か蔓か火の粉が飛んできそうなので黙っておく。

「私の負けです、ありがとうございました……そのダゲキ、もしかしてゲットしたばかりなの? あっ、気を悪くしたらごめんなさい、でもまだ名前がついてないみたいだから、気になって」 

 賞金のやり取りのためにトレーナーカードを差し出しながら、カナさんが尋ねた。

「そうですけど……?」
「ゲットしたばかりなのにすごく息が合ってますね! まるでシロアさん、ポケモンの言葉がわかるみたい! トレーナーの才能があるんですね。私ももっと頑張ります!」
「あ、ありがとうございます……」

 ついどきりとした。ポケモンの言葉がわかるみたい、ではなく実際に聞こえているから、バトル中も本人の意思を聞いて指示を考える事ができた。なんだかずるい手を使ったようで、罪悪感とまではいかないが近い感情が芽生えてしまう。またいつかバトルしてくださいね、と手を振り去っていくカナさんを、少し複雑な気持ちで見送った。


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