06


 慌ただしい出会いだったが、心優しいダゲキ君を仲間に加えた私達は、更に奥へと進んでいた。別動隊は私が倒した彼らだけ。森の小道を行くトウヤが妨害されながらも目的に近づいている。これらの情報から判断して、盗品を持っているプラズマ団は森の小道を逃走ルートに使っているようだ。つまり、小道に沿って行けば、泥棒にもトウヤにも追いつける。
 女性団員から預かったボールは、返却できずに持ったままだ。中にいたモンメン曰く、つい昨日捕まえられて、ろくに対話もしないまま連れられていたらしい。ボールには特殊な仕掛けが施されているようで、トレーナーの元に留まるつもりは欠片もないのに脱出できなくて困っているとも。このまま野生に戻りたいと涙ながらに懇願されたので、事件が落ち着いてから自由にしようと思う。

「見えた、トウヤだ!」

 中を潜って通り抜けられるほど巨大な倒木の先に、鮮やかな青いシルエットが二つ並んでいた。トウヤと慈水だ。

「これで決める! 慈水、シェルブレード!」
『はあっ!』

 気合一閃、水の刃を纏った慈水のホタチが相手のヤブクロンに命中する。目を回したヤブクロンをボールに戻したプラズマ団は、悔しげに顔を歪めながらも何かをトウヤに差し出した。布で包まれた大きなもの、あれが盗品の骨だろう。

「チッ、おかしい、挟み撃ちするはずだったのに……なんであいつらが来ないんだ!?」
「あの、それってメグロコとミネズミとオタマロ、それからモンメンを連れた団員さんだったりします?」
「そうそう、どれも用意したばかりの活きのいい……って、なんでそれを! まさかお前が倒しちまったのか!?」

 驚愕するプラズマ団を前に、トウヤに並び立つ。トウヤは白い歯を見せてにかっと笑った。

「シロア! なんだか、知らない間に助けられたみたいだな、サンキュ!」
「ううん、役に立って良かった! そっちも盗まれたものは取り返せたみたいだね。後はアーティさんとアロエさんに連絡しなきゃ」
「ああ、そうだな!」

 トウヤは頷き、ライブキャスターを引っ張り出した。ヤグルマの森に着いた時に、連絡用にとライブキャスターにアーティさんの番号を登録させてもらったのだ。トウヤが。私はまだ着信に応答する操作しかできない。

「大丈夫ですか。王様に忠誠を誓った大切な仲間よ」

 事件の解決に安堵した空気を切り裂いて、低い老人の声がした。この場には不釣り合いな落ち着き払った、ただ者ではなさそうな声音に、トウヤの息を呑む音が聞こえた。

「七賢人様!」

 プラズマ団が駆け寄っていく先。静かに姿を現したのは、白い髭を蓄え、茶色がかった緑のローブを纏った老人だった。

「申し訳ございません。せっかく手に入れた骨をみすみす奪われるとは……無念です」

 深々と頭を下げ謝罪するプラズマ団員の様子から、この老人はプラズマ団に属し、更にかなり上の立場の人間なんだろう。老人は厳かな仕草で、頭を下げ続けるプラズマ団の肩に手を添えた。

「いいのです、顔を上げなさい同胞よ。ドラゴンの骨ですが、今回は諦めましょう。調査の結果、我々プラズマ団が探し求めている伝説のポケモンと無関係でしたから」

 伝説のポケモン? 老人の言葉に疑問符が浮かぶ。ドラゴンに関係ある伝説のポケモンといえば、イッシュ神話で語られる白と黒のドラゴンが真っ先に思い浮かぶが、彼らは大昔に眠りについたと言われている。そもそも実在しているかどうかすら怪しいポケモンだ。そんなお伽噺のポケモンを、プラズマ団は団を掲げて本気で探し求めているとでもいうの? だとしたら、一体何のために。ゲーチスさんや他の団員が口にしているポケモンの解放とも、その伝説のポケモンが何か関係あるとは思えない。

「ですが」

 ふ、と低さを増す老人の声に私の思考は断ち切られた。白い眉毛の下の瞳が、老いて尚鋭さを失わず私とトウヤをねめつけた。

「我々への妨害は見逃せません。二度と邪魔だてできないよう、あなた方には痛い目にあってもらいましょう」

 ローブの下からモンスターボールを取り出す老人。ジムバトルとは比較にならない威圧感に気おされつつ、エアレスに声をかける。

「エアレス、やれる?」
『やるしかないだろう』

 私の眼前に立ったエアレスから余裕が消えている。という事は、ポケモンでも感じるほどの脅威としてあの老人は映っているのだろう。私やトウヤが今まで相手にしてきたプラズマ団とは、レベルが違い過ぎる相手なのだ。一気に張りつめた空気の中、トウヤが悔しそうに囁いた。

「シロア、悪い……少しだけ任せていいか? そろそろ慈水と雷霆も限界なんだ、回復させてやらないと。回復できたらすぐ加勢するから」
「大丈夫、むしろ時間稼ぎしてる間に倒しちゃったりしてね」

 トウヤを安心させようと強がってみたが、足が微かに震えている。このぴりぴりした緊迫感はあのハンター、シャドウと対峙した時の感覚に近い。心を落ち着けようと、胸元のネックレスを握る。優しい冷たさは足の震えを止めてくれたが、正直勝てる糸口は全く見えなかった。

『シロアさん、自分も戦いますから』
「……ありがとう。じゃあ、お願いするね」

 ボールを揺らし、ダゲキ君が言う。まだ彼の実力やどんな技が使えるかはわからないが、ここはお言葉に甘えさせてもらおう。私がダゲキ君のボールに触れると同時に、老人が手を高く掲げた。
 しかしお互いのポケモンが現れる前に、地響きを立てて巨大な何かが飛び出してきた。下草を跳ね飛ばしながら回転する、タイヤのようなものが私と老人の間に割って入る。と、思う間もなく巨大なタイヤは一瞬にして頭を胴を伸ばし、本来の形に戻る。この巨体、鳴き声は、ついさっきまで乗せてくれた彼のものだ。

「シャガール!」

 ペンドラー、シャガールはちらりと振り返って頷いた。シャガールがいるという事は――。

「ああ良かった! 無事かい、二人とも!」

 アーティさんがシャガールの轍を辿り駆け寄ってきた。私達に目立つ怪我がないと確認して、いまだシャガールが牽制している老人に向き直る。

「虫ポケモンが騒ぐから来てみたら、なんだか偉そうな人までいるし……あなたは? さっきボクが倒しちゃった仲間を助けに来たの?」
「トウヤ! シロア!」

 タイミングを同じくしてアロエさんのよく通る声が近づいてきた。ただでさえ強いジムリーダーが二人も、この場に来てくれた。なんて心強いんだろう。

「他の連中は何にも持ってなくてさ……で、なんだいこいつが親玉かい?」

 ムーランドから飛び降り、アロエさんが私達を庇うように前に立つ。ムーランドは唸りながら、いつでも飛び出せるように四肢に力を込めていた。プラズマ団の男性は悲鳴を上げて老人の後ろに隠れたが、老人は慌てた様子もなく髭を撫でただけだった。
 アーティさんとアロエさんの発言から、囮や足止めのプラズマ団が他にもいたようだが、別動隊はあの三人だけではなかったのか。それとも、トウヤを挟み撃ちする役割はあの人達だけで、また別の役割を持ったプラズマ団があちこちに配置されていたのか。どちらにせよ、私が思っている以上にこの事件の規模は大きかったようだ。

「おやおや、これは申し遅れました。私はプラズマ団七賢人が一人、アスラと申します。ジムリーダーの一人程度……とも考えましたが、これはちと分が悪いですな。虫ポケモン使いのアーティにノーマルポケモンの使い手アロエよ」
「んぬん、ボク達をご存じだったんですね。もしかしてボクの作品見てくれてたり?」
「ええ、特にイッシュの伝説のドラゴンに関する作品……実に興味深いものでしたよ」

 文字にすれば世間話のような会話は、呼吸すら潜めてしまうほどの緊張感に満ちている。アスラがまたしても口にした、伝説のドラゴンポケモンの話……きっと、何かしらの意味を含ませたものだ。

「かのスェンヅゥもこう記しております、”敵を知り己を知れば百戦して危うからず”……ここは素直に引きましょう。ですが我々はポケモンを解放するため、トレーナーからポケモンを奪う! ジムリーダーといえどこれ以上の妨害は許しませんのでそのおつもりで」

 宣戦布告とも取れる言葉を放ち、ゆるりとこうべを巡らせたアスラと、視線が合った。間にシャガールやムーランド、ジムリーダーを挟んでいるというのに、はっきりとアスラは私とトウヤを見据えた。まるで、顔を覚えたぞ、とでも言うように。

「トウヤ、そしてシロアといいましたかな、そこのお二人……いずれ決着をつけるでしょう、その時をお楽しみに」

 アスラはローブを翻すと、プラズマ団の男性と共に一瞬にして消えてしまった。エスパーポケモンのテレポートでも使ったようだ。

「……取り逃がしちまったかい、説教のひとつでもしてやろうと思ったのにねぇ……」
「まあまあアロエ姐さん、良いじゃないですか。盗まれた骨はこうして戻ってきたし、あの手の連中はあんまり追い詰めると何をしでかすかわかんないですよ」

 不完全燃焼な様子のアロエさんと、それを宥めるアーティさん。私としても疑問や強張った空気の残った、落ち着かない終わりだったが、確かにアーティさんの言う通り盗まれたものは取り返せた。下手に刺激して更に事が大きくなるより、少なくとも泥棒事件は解決したと割り切るべきなのかもしれない。
 それから私とトウヤはアロエさんと共にシッポウシティに戻り、アーティさんも拠点であるヒウンシティへと帰る流れとなった。

「それじゃあさ、トウヤさん、シロアさん。ヒウンシティのポケモンジムでキミ達の挑戦を待ってるよ。うん、楽しみ楽しみ」

 アーティさんはメガヤンマを出すと、じゃあねぇ、と森の木々を突き抜けて空高く舞い上がり姿を消した。……背中に乗るものと思っていたら、獲物のように抱えられるスタイルで飛んでいったアーティさん。メガヤンマで飛ぶ時はあれが普通なのだろうか。


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