05


「さて……貴様ら以外にも別動隊とやらはいるのか?」

 三人いるプラズマ団の中で、一番立場が上だと思われる男性団員にエアレスが問う。男性は痺れながらも強気に笑った。

「だ、誰がお前らなんかに、教えるもんか!」
「ほう、どうやら立場をわからせる必要がありそうだ」

 売られた喧嘩は高値で買う主義のエアレスにその態度はまずかった。口実を得たとばかりに目を輝かせて、袖口から蔓を伸ばす。……恭煌には人間に攻撃を当てないように頼んだが、エアレスについては触らぬ神に祟りなし。擬人化しているから威力は抑えめのはずだし、何より私が普段受けている。大丈夫、人間が受けてもすごく痛いだけだ。予想通り、エアレスが思いっきり蔓を振りかぶったので、私は遠い目をして見て見ぬふりを決め込んだ。

「ぎゃあっ!」
「うぐぅ!」
「痛ぁっ!」
「ひぎゅい!?」

 蔓の鞭が唸り、打撃音と悲鳴が四回響いた。そう、四回。順番にプラズマ団を引っ叩いた蔓は同じ勢いで私の肩に振り下ろされた。完全に油断していたため、プラズマ団の前で情けない声を出すはめになってしまった。なんという事だろう。

「おっと。手が滑った。すまないな主」

 実に楽しそうな声で形ばかりの謝罪が飛んできたが、それで醜態が取り消せるわけもなく。プラズマ団の皆様の視線がとても痛い。しかし彼らの視線は、今度は地面へと打ちつけられた破裂音に再びエアレスへと戻った。私の方に注意が逸れたのが気に食わなかったのか。

「やれやれ、こんな事はしたくなかったのだが……」

 怯えるプラズマ団を前にエアレスが溜め息をついた。嘘だ。発言と表情が全く一致していない。やりたくて堪らなかったって顔に書いてあるぞ。

「もう一度聞く。別動隊は他にいるのか?」
「い、いない……俺達だけだっ」

 蔓をちらつかせながらエアレスが再度問えば、プラズマ団の男性は顔を引き攣らせながら答えた。これではまるで私達が悪者みたいだ。ちょっぴり罪悪感が沸くも、この人達は博物館の展示品を泥棒した上に、私の友達を卑怯な手段で袋叩きにしようとしたのだ。多少痛い目に遭ったって仕方ない、と自分に言い聞かせてみる。

「……そもそも、どうして泥棒をしたんですか?」
「上からの指示だ! ポケモンを人間から解放する、わ、我らがプラズマ団の、理想のためにな! あの骨が何に、役立つかは知らないが、とと、とにかく素晴らしい目的のためなのだ!」

 ついでに泥棒の理由も聞いてみたが、明確な答えは得られなかった。下の立場の人達には、詳しくは聞かされていないというわけか。ポケモンそのものを盗んだのなら、ランちゃんの時のようにトレーナーから解放する、という動機が一応は成立するが、展示品の骨泥棒とポケモンの解放がどうにも結びつかない。プラズマ団の代表者といえば前にカラクサタウンで演説をしていたゲーチスさんだが、あの人がこんな指示をしたのだろうか。
 考えてもわからない。とりあえず、私が見つけたプラズマ団は盗品を持っておらず、挟み撃ちの計画も阻止できた。これ以上の情報もなさそうだし、先に進もう。

「いつか天罰が下るぞ、ポケモンを虐待するトレーナーめ!」

 立ち去る私に、プラズマ団から捨てゼリフが浴びせられた。別に攻撃特攻は下がらない。
 事件が解決するまでは痺れは解けないだろうし、プラズマ団の皆様にはしばらくあそこで転がっていてもらおう。後でまた戻ってきて、アロエさんに引き渡せばいい。アロエさんは確かムーランドを連れていたから、匂いを辿って戻ってくれば大丈夫だ。私もある程度の場所も記憶しているし。
 彼らから十分離れてから、恭煌に向き直った。

「恭煌、ありがとう。すごく助かった……いだぁっ!? あ、熱!」

 つい流れで頭に置こうとした手は、見事牙と牙の間に挟まれていた。おまけに軽くだが炎の牙を発動したようで、めちゃくちゃ熱い。

「焦げる、焦げる!」
『今はこれで済ませてやるよ』

 ぺっと解放された手を急いで湿った草に突っ込んで冷ます。危うく手がこんがりイーブイ色になるところだった。

「はあ……私何も悪くないはずなのに……ぷぎゃ!?」

 手を冷やすために前屈みになっていたら、いきなり上から衝撃が降ってきて、私は森の地面と熱い抱擁を交わす事となった。衝撃を受けた面積と目の前の足元から、エアレスの尻尾を打ちつけられたのだと悟る。

「なんで!?」

 恭煌はわかる。わからないがわかる。また警察犬代わりをさせたから。でもエアレスにど突かれる意味がわからないんだけど!

「せっかくなので私もやっておこうかと」
「トレーナー虐待反対! このきちく! 暴君! 性悪トカゲ!」

 何がせっかくだ。買い物のついでに寄ったみたいに言わないでほしい。第一さっきプラズマ団のおまけで引っ叩いたばかりじゃないか。ポケモン虐待だのと言われたが、むしろ酷い扱いを受けているのは私の方である。飛び起きてつい抗議してしまい、ふと気づいた。これ、さっきのプラズマ団さんの二の舞では……?

「ふむ。主はまだ蔓が足りないのだな」

 随分と弾んだ声音と共に、エアレスの蔓が振り上げられて。不本意な事に慣れ親しんでしまった痛みは襲ってこなかった。

『さっきから見てれば……その人間、お前のトレーナーだろ!』

 エアレスの背後から蔓を掴んでいたのは、白い服を着た人間……によく似ているが、人間ではなかった。青い地肌に、顔に特徴的な黒い模様。がっしりした身体を道着に包んだ、格闘タイプのポケモン、ダゲキだ。
 エアレスは不満げな表情を隠そうともせず蔓を引っ張り返しているが、相手は格闘タイプだからか、あまり力を込めている様子もないダゲキは少しも動かない。

『トレーナー、しかも女性を傷つけるなんて! 何考えてるんだお前は!』

 どうもこのダゲキ、正義感が強いというか、とても優しい性格なのか。初対面の(おそらく)野生のポケモンなのに、私の心配をして止めに入ってくれたみたいだ。突き返すように蔓から手を放したダゲキは、意思の強そうな黒い瞳で私を見た。
 ほんの少し、見つめ合い。次の瞬間、ダゲキは流れるように無駄のない動きで無駄に華麗な土下座を決めた。突然の行動に反応が追い付かず、私だけでなくエアレスや恭煌までもが固まっている。

『決めました、トレーナーさん、自分を連れていってください! このままじゃあなたが大怪我させられるんじゃないかってすごく不安になったんです……おいお前、通訳しろ!』
「主、貴様の面が非常に不細工で不快だから金輪際俺様の前に姿を現すな、と言っているぞ」
「うわひどい」

 邪魔された仕返しとばかりにエアレスは悪意のある言葉を並べ立てた。……私のひどいはエアレスに対して言ったのであって、ダゲキの言葉は正しく聞こえている。しかし何も知らないダゲキは勘違いされたと思ったのか慌てだした。

『お前ぇぇぇなんて事を! トレーナーさん、そんな事言ってません!』
「不快を通り越して怒りを覚えた、さっさと失せろ。だそうだ。主よ、我々は急いで離れた方が良さそうだ」

 なんて楽しそうなエアレス。言葉が通じていないと思っているダゲキは頭を抱えている。

『くそぅ、どうすれば……自分に言葉を伝える術があれば……』
「あの、ダゲキ……くん。本当に一緒に来てくれるの?」

 漸く思考が回り出した私は、しゃがんでダゲキ君と高さを合わせ、問いかけた。いきなりの展開でびっくりしたが、仲間となってくれるのはとても嬉しい。しかし野生から、トレーナーの手持ちとなって人間と共に生活する事。ポケモンにとっては人生の転機と言っても過言ではない大事な決断を、こんな一瞬で決めてしまってもいいのか。ダゲキ君は頭を抱えたまま頷いた。

『はいそうです、いつか人間のトレーナーの元で修業したいと思ってましたし、何よりあなたの事がとても心配なんです! 自分、一度決めた言葉は曲げませんから……あれ? 通じてる?』

 己の発言を拾い上げられた事に気づいたダゲキ君は、目を丸くして私を見つめた。

「実は私、ポケモンの言葉がわかるの。エアレスも……勿論知ってる」
『……つまり、わざとデタラメな通訳をしたんですか?』

 エアレスを指して眉根を寄せるダゲキ君。頷くと、ダゲキ君の表情に明らかな同情が灯った。そして正座し直すと、両手で私の手を取った。

『大変だったんですね……でも、自分がトレーナーさんを……あなたを守りますから!』
「ダゲキ君……なんて優しいんだ……」

 純粋な思いやりの心をまっすぐぶつけられて、なんだか目頭が熱くなってきた。思えば旅立って以来、初めて手持ち(予定)ポケモンに優しくされた気がする。

「うぅっ……」
『なっ、泣いてるんですか!? 自分、なんか変な事言っちゃいましたか!?』

 当然ながら事情を知らないダゲキ君は、突然涙ぐむ私を前におろおろしている。小さな行動ひとつ取っても彼の心根を体現しているようで、余計に嬉しくなった。

「手持ち(予定)ポケモンからこんなに優しくされたの初めてで……ダゲキ君……天使か……あ、白衣の天使ってこういう……」
『ハクイノテンシ? よくわかりませんが、辛い環境で旅をされていたんですね……自分、あなたにお仕えすると決めて良かったです! 自分がいるからにはもう安心で痛ってぇ!』

 ばしーん、と気持ち良いくらいの音が響いて、私の手を取っていたダゲキ君は頭を押さえて悶絶した。傍から見るととても痛そうだ。いや実際痛いんだけど。

「麗しい青春ごっこはそこまでにしておけ。まだプラズマ団の件は終わっていないだろう」

 そして多分、エアレスの被害者も増えた。南無。


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