04


「じゃあ、恭煌」

 改めて呼びかけると、恭煌は剣呑な眼差しでこちらを見上げた。

『この状況だから指示に従えってか。調子に乗ってんじゃ』
「違う。あなたの戦い方に任せるから、思うままに戦ってくれたらそれでいい」
『……』

 恭煌の表情に不審が追加された。さっき私が話した作戦は、森での活動に有利なエアレスと、私と恭煌の二手に分かれて仕掛けるというもの。なのに何の指示もしないと言えば、訝しがるのも当然だろう。でも私は、諦めて任せきりにするつもりではない。

「こういう時にどうやって戦うか、勉強させてほしい」

 今までは指示を聞いてくれない事にもどかしさを感じて、じっくり恭煌の戦い方を観察する余裕もなかったのだ。ジム前の特訓こそ恭煌の動きを必死に追っていたものの、あくまでも的や仲間を相手にした練習で実戦ではない。今は緊急事態で、はっきり言って余裕を持って観察できる状況とは言えないけれど。緊急事態だからこそ、私の拙い指示と気まぐれな恭煌の攻撃が噛みあうのを期待するより、私自身の勉強だと割り切ってしまった方がきっと上手くいく。

「でもお願い、最初だけ私に合わせてくれる? その方があなたも戦いやすいはずだから」
『……仕方ねェな』
「ありがと。その最初の動きだけど――」

 初撃だけを、手短かに説明する。否定しない、という手段で了承してくれた恭煌と共にプラズマ団を見据え、タイミングを見計らった。

「行くよ、恭煌……悪の波動!」

 三人の内で通信機器を持っていない女性の団員に、飛び出しざまに恭煌が悪の波動を放つ。もちろん直接当てず、威嚇程度の攻撃と頼んである。かなりギリギリを掠めた波動は女性のフードを吹っ飛ばしたが、なんとか女性は無事だった。私が頼まなければモロに当てていたに違いない。

「ひっ、何なのよ!?」
「ごめんなさいっ!」
「きゃっ!」

 そうして女性が突然の攻撃に怯んだ隙に、私が飛び掛かって押し倒し、腰のモンスターボールを奪い取る。泥棒じゃない、ちょっと預かるだけだ。ポケモンがトレーナーを信頼していれば、異変を感じて飛び出してくる可能性はあった。けれど、私が奪ったボールは沈黙を貫いたままだった。
 まずは、一人分、戦力を減らした。ここで時間切れ、残り二人が一斉にボールを構えた。

「恭煌!」

 押し倒した女性が状況を理解する前に、ポケモンと取っ組み合う要領で後ろ手に拘束させてもらう。既に恭煌は残りのプラズマ団と対峙していた。

「おい、俺達も後をつけられてたってのか!? くそ、行け、メグロコ!」
「ミネズミ、お前もだ!」

 同時に投げられたボールから、馴染みのあるミネズミと、砂色と黒の縞模様に巨大な顎を持ったワニ型ポケモンのメグロコが現れる。二対一の戦いだ。

「恭煌、行ける?」
『舐めんじゃねぇぞ!』

 奥の手、切り札であるエアレスの援護は計算に入れられない以上、恭煌には一人で戦ってもらうしかない。恭煌の返事は、自分が負けるとは微塵も考えていない、覇気に満ちた声だった。

「メグロコ、噛みつくだ!」
「ミネズミ、居合切り!」

 プラズマ団の指示に、二体のポケモンが牙と爪を剥きだして飛び掛かってきた。その光景だけでも気の弱いポケモンなら怯んでしまいそうだが、恭煌は強い。ずっと孤独に、誰にも気を許せず戦ってきた過去がある。人間に傷つけられた過去と、人間を傷つけた過去。どちらも決して明るいものではなく、経験せずに済めばどんなに良かっただろう。けれど背負ってしまった以上、少しでも前に進む方向に活かしてほしいと願う。
 全く動じず、恭煌は二体を引き付ける。攻撃が届く直前、濃紺の煙を吐いた。恭煌の使える技で煙を吐く技は――スモッグだ。

『おえぇっ』

 目眩ましにもなるが、スモッグの本質は毒素を含んだ毒霧だ。大口を開けていたメグロコはスモッグを大量に吸い込んでしまったらしく、苦しげにえずく声がする。

『効かねーよ!』

 もう一体のミネズミの方は、スモッグの目眩しは効かず毒もあまり吸わなかったらしい。勢いはそのままに煙の向こうから飛び出してきた。避けて、と思わず叫びそうになったのをぐっと飲み込んだ。今は、恭煌のやり方を学ぶと決めたのだから。
 恭煌は逃げなかった。振り下ろされた居合い斬りを、ミネズミの腕ごと噛みついて受け止める。爪が掠り黒い毛が舞うが、恭煌は気にしていない。
 恭煌の口元が燃え上がり、腕を噛まれ逃げられないミネズミを炎が包んだ。ぐったりしたミネズミを、毒のダメージでふらついているメグロコに投げつける。トドメとばかりに悪の波動を放てば、二体は目を回して戦闘不能になった。悪タイプであるメグロコに悪の波動の効果は今ひとつのはずだが、メグロコのレベルが低かったのかもしれない。

「次はお前だ、オタマロ! バブル光線!」

 一人は次のポケモンを持っていたらしく、交代するなり叫ぶ。オタマロは両頬の器官を震わせ、まったりした顔立ちに似合わない強烈な泡の連弾を繰り出した。効果抜群の水タイプの攻撃に、しかし恭煌は真っ向から突っ込んでいく。さっきもそうだ、恭煌は極力攻撃を避けるだとか、逃げる、ととれる行動を嫌がるみたいだ。そのために自分がダメージを負っても気に留めない。……恭煌の戦い方を否定したくはないけれど、もう少し自分を大切にしてほしいと思わずにはいられなかった。
 バブル光線と恭煌が激突する間際。バブル光線は、木の葉渦巻く旋風に打ち消された。

「なんだ!?」
『余計なマネを!』

 恭煌は舌打ちしたが、すぐさま走り出す。突然の増援に驚いて隙のできたオタマロに、帯電させた牙で噛みついた。効果抜群の雷の牙を受けたオタマロはあっさり伸びてしまった。

「くそ、仲間に連絡を……!」
「させない! 今だ!」

 もう戦えるポケモンはいないらしい。プラズマ団の一人が通信機器を取り出そうとしたので急いで合図すると、彼らの背後に太い枝が落下した。突然の物音に、私が抑えている団員も含めてプラズマ団全員の視線がそちらに集まる。

「蛇睨み!」

 視線の中心に躍り出たエアレスが、全力で蛇睨みをかけてくれたのだろう。だろう、というのは巻き添えをくって私まで痺れてしまわないよう、すぐさま下を向いたからだ。私の合図と指示はエアレスだけでなく、味方が誤って技にかからないように目を逸らす目的もあった。抑えた女性団員からくたりと力が抜け、男性団員二人が続けざまに倒れる音がしたので、蛇睨みの麻痺はうまくかかったようだ。

「ぷらーずまー……なんてこった……」
「お、おのれ、こんな子供にいいようにされるとは……」

 不思議な悪態? が聞こえたが、きっと深く考えてはいけないものだ。擬人化したエアレスにも手伝ってもらい、念のため持っていたロープでプラズマ団の皆様を拘束させてもらった。
 私の作戦はこうだ。まずは手持ちのポケモンを無力化する。三人同時に相手は、主に私の力量的にも厳しいし、私の目の届かないところで応援を呼ばれては困るので、できれば一人減らしてから。そのためまず通信機器を持っておらず、立場も下だと思われる女性団員からモンスターボールを奪……預かって抑え込む。
 残り二人は、どうにかバトルで戦う。万が一私がバトルに集中している間にプラズマ団が応援を呼ぼうとしたら、エアレスに対処してもらう予定だった。手持ちポケモンを倒して戦力をそぎ落としたら、最後に団員達。一斉に視線を集めて蛇睨みで麻痺させて、動けないようにする。その場で思いついた拙い作戦だったが、上手くいってくれて良かった。



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