03


「この先がヤグルマの森だよ。確かにここに逃げられるとやっかいかもね」

 どこまでも枝葉を広げた緑の濃淡が屋根のように頭上を覆う。ざわりと風が木々を撫でつけ、冷たく湿った土と瑞々しい青葉を混ぜたような森の薫りを運んできた。私が育った森とはまた違うけれど、とても落ち着く匂いだ。エアレスも草タイプだからか、森に着いてから少し機嫌を直してくれたみたいだ。
 アロエさんからアーティさんへ、まだ何の連絡も入っていないのを見るに、この森にプラズマ団が逃げ込んだ可能性は高い。それぞれのポケモンから降りた私達は、アーティさんの指示の下に、更に手分けして捜索する事となった。

「あのね、ヤグルマの森を抜けるには二通りあるんだ。まっすぐ行く道と森の中を抜ける道。ボクはこのまままっすぐ進み、あいつらを追いかけるよ。もしいなかったとしても逃げられないよう出口を塞ぐつもりさ。キミ達は森の中を抜ける道にプラズマ団が隠れていないか探してくれないかな。森の中と言っても基本一本道だから迷う事はないよ、きっと」

 付け足された「きっと」に、私とトウヤは同時に同じ顔をしたに違いない。そこは言い切ってほしかった。アーティさんは緊張感のない笑い声を漏らし、肩をすくめた。

「道から逸れたルートを通る可能性もあるけど……流石にそこまではね、任せられないよ」
「……わかりました。でもシロアがいるから安心だよな! 行こうぜ」

 トウヤはキャップを被り直し、舗装されていない小道へと入っていく。こんな時、まっすぐ向けられた信頼を、私は受け止めるべきなんだろう。けれどふと浮かび上がった懸念が私の足を止めた。

「ごめん、トウヤ。トウヤは森の抜け道を一人で行ってくれる? 私は道以外を探すから」

 私の提案に、トウヤだけでなくアーティさんも目を見開いた。

「いやいや。道沿いならともかく外れれば迷ってしまうよ」

 アーティさんの心配も尤もだ。いくら旅のトレーナーとは言え、私は新米だし、森に縁のない同年代の人間ならあっという間に迷子になってしまうだろう。
 けれど私は普通とは少し違う環境で育ってきた。街中で過ごすより、森の中で過ごす時間の方が遥かに長かった。何しろ家が森の中にあるのだから。もしプラズマ団が道から外れたルートに潜んでいて、私達をやり過ごしてから改めて逃走したりしたら。全員の努力が徒労に終わってしまう。少しでもそういった可能性を潰せるのならば、やってみる価値はある。きっとこれは私にしかできない事だろう。道以外のルート、となるとあまりに広すぎて私一人でカバーしきれないが、だいたいの見当をつけるくらいならばできる。

「森は慣れています。これだけ広い森だし、少しでも広範囲を探した方がいいと思うんです」
「それはそうだけどねぇ……」

 まだアーティさんは何か言いたげだったが、フォローしてくれたのはトウヤだった。

「大丈夫ですアーティさん、シロアは本当に森に慣れてるんです。森の抜け道だって迷わないんでしょう、だったら俺一人で行けますよ!」
「……うん、わかった。二人がそこまで言うなら。だけど、何かあったらすぐボクを呼ぶんだよ。いいね?」
「はい!」

 こうして、私達はそれぞれの道へ単身捜索を開始した。


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 道なき道を駆けていく、この感覚は久しぶりだ。やはり木々に囲まれた空間は私には居心地が良い。下草を避け、倒木を飛び越え、手頃な枝や蔓があれば利用して進んでいく。時々は立ち止まって辺りの様子を探る。

「恭煌様、本当にありがとうございました」
『テメェ後で燃やすからな』

 振り返った恭煌にしっかりと脅されたが、途中で投げ出さずに任務を遂行してくれる辺り感謝するしかない。手持ちのポケモンにこんなに下手に出るのは、あまり一般的ではないかもしれないが、よそはよそ、うちはうちだ。
 恭煌の嗅覚と私の直感で捜索する。エアレスも言っていたが、恭煌は意外と律儀なところがあるらしい。早く借りを返して自由になりたいという思いからかもしれないし、一度追跡できるとエアレスに宣言した手前、引けなくなっているだけなのかもしれないが。とにかく、一度やる気を出してくれれば、恭煌は最後までやり遂げてくれるタイプだというのはなんとなくわかってきた。
 プラズマ団だって、全く目印のない場所は通らないはずだ。よほど森に詳しく慣れた人でない限り遭難してしまう。もし誰かと合流するにしても、何か目印になるものがないと。川か、空き地。もしくは巨大な木や倒木。恐らく道から大きく離れてはいない。
 そう目星をつけて探っていたところ、まだ新しい人間の足跡を恭煌が嗅ぎ当ててくれた。足跡からは博物館から漏れた煙の臭いもしたため、プラズマ団と見て間違いなかった。
 道すがら、時折木々の隙間から開けた場所が、そこで修業するトレーナーの姿が垣間見えた。私の予想通り、トウヤが進んでいるだろう小道からあまり離れてはいない。足跡は常に小道を右側にして、多少近づいたり遠ざかったりしながらもどんどん森の奥へ続いていた。

『匂いが濃くなった。そろそろ連中に追いつくぜ』

 何度目か、様子見のために立ち止まった恭煌は空気の匂いを嗅いで唸った。

「わかった。ここからは静かに行こう」
『テメェこそ音立てんじゃねぇぞ。テメェのせいでオレの苦労が無駄になったら永遠に沈黙させてやる』
「脅しが怖い!」

 協力してくれているとは思えない恐ろしい発言に思わず自分の腕を抱く。何の遠慮も躊躇もなく、普通に噛みついたり燃やしたりしてくる恭煌が本気で怒ったらどうなるか。少なくとも丸焦げは確実だ。私の怖がる様子を見た恭煌は、満足そうに口角を上げてから進みだした。今の笑みは脅しが成功したからか、ドS的な意味なのかどっちだ。

『主、気にするな。あの犬は主の反応が愉快だから脅しているに過ぎん』
「余計気にするんだけど!」
『人間。焼き加減はどうして欲しい?』
「ごめんなさい黙ります」

 もうやだこのドS二人。泥棒を追い詰めているはずなのに私が追い詰められている気分だ。自分の状況を嘆きながらも、注意だけは怠らず足を進めた。

「……!」

 風に乗って微かに話し声が聞こえた。方向から考えて小道の方からではない。つまり――。

『私が様子を見てくる』

 エアレスが頭上から飛び降り、蔓を伸ばした。蔓の先端を私の手首に巻き付け、茂みの中に分け入っていけば、森に紛れる保護色はあっという間に見えなくなった。
 それから、数十秒。こちらへ来いというように蔓が軽く引かれた。蔓を辿りまず恭煌が、その後ろを私が音をできるだけ立てないよう注意してついていく。姿勢を低くし、足音を消して近づく恭煌はまさしく獲物に忍び寄る動きだ。
 エアレスに追いついた。目の前は少し開けた空き地になっており、見覚えのあるシルバーのフードを被った姿がいた。一、二、三人。

「あのアロエと一緒にいた子供、あいつがどんどん進んできてるらしい」

 通信機器を耳に当てたプラズマ団の男性が、忌々しそうに仲間に言う。彼の言う子供とはトウヤに違いない。背の低い女性の団員は緊張した表情で腰のモンスターボールに手をやった。

「まあまあ落ち着け。それこそ俺達別動隊の出番じゃないか」

 二人とは対照的に、一番背の高い男性の団員はどこか楽しそうな様子で答えた。

「いいか、あの子供がポイントFの倒木を抜けたら、足止めの仲間が道を塞ぐだろ。その間に俺達が後ろから追いかけて挟み撃ちだ。いくら奴が強くたってたった一人。全員でボコれば一瞬さ。二度とプラズマ団に歯向かえないようにしてやろうぜ」

 聞こえてきた会話は、トウヤを罠にはめる計画だった。少なくとも、私の別ルートでの捜索は無意味にならなかった。軽装の彼らは盗品を持っていないようだが、このまま放置してはトウヤが危険な目に遭ってしまう。ここで倒さなければ。

『どうする、主。仕掛けるか?』

 エアレスが小声で問う。相手は三人、不意打ちできれば、三人相手でもいけるだろうか。相手のレベルが地下水脈の穴で戦ったプラズマ団と同程度なら、勝機はある。エアレスも恭煌も弱くはないから、後は私が上手く指示を出せれば、いや――。

「そうだ、エアレス、恭煌も。聞いてくれる?」

 ひとつ、作戦を思いついた私は、身を屈めて二人に囁いた。向こうが挟み撃ちする気なら、こっちだって。

『貴様も少しは知恵がついたな』

 エアレスはニヤリと笑うと、下草に身を隠して先に進んでいった。後は私と恭煌とで、どれだけ上手く動けるかだ。


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