02


「あんな風に目の前で骨を盗まれたんだ。このまま追いかけるけど、行けるか慈水シスイ?」

 軽快な音と共に現れた慈水は、もう小さなミジュマルではなかった。丸っこかったシルエットはすらりと伸び、顔つきも凛々しくなっている。爽やかなスカイブルーの毛並みは、しかし随分とボロボロだった。

『当ったり前よ! 絶対にとっちめてやるんだから! それに、今なら私の激流でイチコロよ!』

 フタチマルに進化していた元ミジュマル、慈水はホタチを振り回して勇ましく答えた。原型のままだったため当然言葉は通じていないが、しっかりと伝わったトウヤは口元に笑みを浮かべた。

「でも慈水、疲れてるよな……待ってろ、今傷薬を」
『やめてー激流が消えちゃう! ねぇ、えっとシロア、通訳お願い。今擬人化できるほどの体力ないの!』

 バッグを漁りだしたトウヤを前に、慈水が慌てて私の服を引っ張った。激流、確か体力が減っていると水タイプの技の威力が上昇する特性だ。同様にツタージャは草タイプの威力が上がる新緑を、ポカブは炎タイプの威力が上がる猛火の特性を持っている。攻撃が強力になっても弱っている事には変わりはないため、あと一度でも攻撃を受けると倒されてしまうような際どい状態。それでも威力を重視して回復をしない選択をした慈水は、よほど自分の力量に自信があるのか、トウヤに全幅の信頼を置いているのか。慈水の顔つきから見るに、きっと両方の理由だ。

「トウヤ、今、慈水は激流が発動してるから、回復したくないって」
「……! そっか。無理させて悪いけど、頑張ってくれな、慈水」

 トウヤは労わるように慈水を撫で、慈水は任せなさいと伝えるように胸を張った。

「んうん? キミ、今このフタチマルと話したのかい?」
「あ……」

 ついうっかり慈水の通訳をしてしまったが、そういえばアーティさんが一緒にいたんだった。育て屋の時は、おばあさんの人柄もあってか知られる事に抵抗はなかったが、この人にはどう映るだろう。恐る恐る見上げると、アーティさんは何でもないというように笑った。

「いやいや、すごい力を持つ人がいるんだなあと思ってね。キミが公言したくないというのなら、ボクも自分だけの秘密として仕舞っておくよ」
「そうしてもらえると嬉しいです……」

 気持ち悪いと奇異の目で見られても仕方ないのに、アーティさんが理解のある人で良かった。ほっと息をつくと、アーティさんはウィンクして見せた。

「さてさて……ボク達も行こうか、泥棒退治とやらにさ。とは言え、泥棒がヤグルマの森に向かったとして、もう時間が経っちゃってるからねー。もし乗れるポケモンがいたら、森の入り口まで乗せて走ってもらおうと思うんだけど、いるかい?」

 私の手持ちはツタージャとデルビル、どちらも小型のポケモンだから乗る事はできない。恭煌が進化してヘルガーになり、尚且つ私を信頼してくれたら乗れるだろうが、今は無理だ。

「そういう事なら……行くぞ、雷霆ライテイ!」

 トウヤは心当たりがあるのか別のボールを放った。現れたのは黒いパーカーに身を包んだ、目付きの鋭い青年だった。雷霆、確か、夢の跡地で加勢してくれたシママの名前だ。

「お、進化するとこっちの姿も背が伸びるな!」

 雷霆は自分の身体を見下ろし、蒼い目を瞬かせる。進化、という事はつまり……。

「雷霆、元に戻ってくれ。これからプラズマ団を追いかける」
「おう!」

 雷霆の身体が淡い光に包まれ、輪郭を変えていく。黒いどっしりとした胴体に白い稲妻模様を纏い、猛々しく伸びた二本角から青白い電気が迸った。

『っしゃ、行くぜトウヤ! 乗れ!』

 だん、と前脚で地を踏みしめるゼブライカ。やっぱり、あの時のシママも進化していたのか。こんな短期間で二体も手持ちを進化させるなんて、トウヤはトレーナーの才能があるんだなあとしみじみ感じる。チャンピオンになりたいというトウヤの夢が叶う日は、遠くないのかもしれない。

「トウヤさんはゼブライカね……シロアさん、乗って移動できるポケモンはいるかい?」
「いえ、いません」
「じゃあボクのペンドラーに一緒に乗ろう」

 そう言ってアーティさんが出したポケモンは、どしんと地響きを立てて身を起こした。見上げるほどの巨体はワインレッドとダークグレーに染め分けられ、小さな、といってもそれは巨体と比較してであって、人間の拳ほどもある爪が節々に生えている。軋むような咆哮を上げたペンドラーは、一度だけ会った記憶のある同種の姿よりも一回りも大きかった。

「シャガール、ヤグルマの森までボクとこの人を乗せて走ってくれる?」
『了解、アーティ。さ、乗りな』

 シャガールと呼ばれた大きなペンドラーは私に背中を向け、姿勢を低く乗りやすいようにしてくれた。

「えっと、お願いします」

 ありがとうとよろしくの意を込めて背中を撫でてから、お言葉に甘えて背中に跨った。柔らかいがしっかりとした芯と弾力のある、不思議な手触りだ。ところで、どこに掴まればいいのか。

「シロアさん、毒爪を握らないようにね。体節の縁を掴むといい。さて、後ろ失礼するよ」

 アーティさんが私のすぐ後ろに跨り、安定させるように引き寄せてくれた。これならアーティさんの言う通り、目の前の体節に手を添えるだけで姿勢を保てそうだ。

『貴様、近いぞ』

 シャー、とエアレスの威嚇音が降ってきた。私に密着しているという事は、当然エアレスとも近くなるわけで。エアレスがアーティさんに失礼をする前に、頭から降ろして抱えた。

「エアレス、ちょっと我慢して。私の前に座ってて」
『主は何も思わんのか』
「ごめんね、エアレスがあんまり他の人に近づかれたくないのはわかってるから」
『……もういい』

 ぷい、と目を逸らして黙り込んだエアレス。珍しい事もあるものだ。ジムリーダーがいる手前、大人しくしてくれているのかもしれない。

『おうツタージャ、大変そうだな……』
『貴様には関係ない』

 シャガールが同情するような声音で言ったが、どんな意味を含んでいるのだろうか。会話が成立しているので、エアレスには伝わっているようだけど。

「あれー、ボク嫌われちゃったのかな」
「すみません、エアレスは気難しいところがあるので気にしないでください、いたっ」

 苦笑するアーティさんに謝ると、エアレスに爪を立てられた。君の事で謝っているんだよエアレス君!

『おい、早く行こうぜ!』
「アーティさん、案内お願いします!」
「よし……それじゃ、行くよ。シャガール!」

 雷霆とトウヤにせっつかれて、アーティさんは声を張り上げた。どこか掴みどころのないふにゃりとした雰囲気が、一瞬にして鋭いものへと変わる。ジムリーダーの気迫、その片鱗を肌で感じながら、走り出したシャガールにしがみつく力を強めた。



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