03


「今日は留守番してくれてありがとう。お土産も買って来たよー」

 昨日から宿泊している部屋に戻った私は、ポフレをテーブルに並べていた。オレンジ、ピンク、こげ茶、クリーム、グリーン、チョコレート、シンプルだったテーブルに色彩が溢れていくさまは、自分で並べながらも楽しくなってくる。人型をとったエアレスは意外にも興味深そうにテーブルを覗き込んでくれたが、恭煌は少し離れた位置で伏せたままだった。そうだ恭煌、今日一日エアレスと二人で留守番をしてくれたわけだけど、何も問題は起こしていないだろうか。

「エアレス、恭煌大丈夫だった?」

 こっそりと聞いてみる。ジョーイさんから苦情は聞いていないから、誰かに迷惑をかけたりはしていないはずなんだけど。エアレスはいつもの尊大な笑みを浮かべた。

「心配するな。犬の世話など造作もない」

 エアレスの言葉選びは相変わらず絶好調である。せっかく刺激しないように小声で訊いたのに、途端に恭煌が跳ね起きた。

『ざっけんな誰が世話されたんだよ! オレがテメェの相手してやったんだろうが!』
「あっつー!?」

 言い方がお気に召さなかった恭煌が火の粉を吐いたが、何故か標的は私であった。急いで身をかがめて回避したが、危うく髪の毛がチリチリになるところだった。巻き込まれ事故にも程がある。

「私何もしてない! ……あ、でも放っていったのは私でした……」
「そうだな。何かすれば全て自分に返ってくるという事だ。良い勉強になったな主よ」
「うん、反省しま……待って何かおかしくない?」

 つい流れで反省しそうになったが、寸でのところで思い留まった。そもそも留守番を買って出てくれたのはエアレスで、恭煌の事も見ておくから任せるがいいとか言ってくれたのもエアレスで、わざわざ恭煌の気に障る言葉をチョイスしたのもエアレスである。なのに燃やされそうになったのは私で、当の本人は何のダメージも受けていない、あまりに理不尽だ。

「いや、何もおかしくない。見た目通り悪くない味だ」
『おいそっちの甘くない匂いのやつ寄越せ』
「ポフレの味の話じゃない! ってもう食べてるし! しかも恭煌まで、いつの間に!?」

 なんという事だろう、私の訴えは華麗に流されてしまった。それどころか、いつの間にか恭煌までテーブルについてポフレを齧っている。実はこの二人、私がいない間にポケモン同士仲良くなっていたりするのだろうか。私の扱いが不当なのは置いておいて、自分以外全てを敵と見なしていた恭煌が少しでも心を開いてくれたのならば、それは素直に嬉しい。

「主、明日はジムに行くのか?」

 早くも二つ目のポフレに手を伸ばしたエアレスが問う。ジム、のキーワードで買ったばかりのバッジケースを、その中に収めたトライバッジを、そしてそのバッジを手に入れたバトルを。連想ゲームのように思い出した私は、勝利だけではない反省点も同時に思い出した。この反省点は、いつまでも放置してはいけないもの。一呼吸置いて、私は昨日の夜、寝る前にぼんやり練っていた計画を口にする。

「一応ね。でもまずは、図書館に行こうと思う。ジムはその後にするよ」

 シッポウシティにはアートや工芸品以外にもたくさんの名物がある。イッシュ地方最大級の図書館、シッポウ図書館もそのひとつだ。
 私は原型のポケモンと話せる。育ての親がポケモンで、他の人よりは遥かにポケモンと距離が近い環境で育ってきた。イッシュ地方の主なポケモンとタイプも、博識なお姉ちゃんやトレーナーをしているお父さんから教えてもらった。
 それでも、私には知識が不足している。特に恭煌とのバトルで、それを痛感した。
 恭煌としっかりと連携を取る事ができたのはサンヨウジムでのあの一戦のみだ。プラズマ団とのバトルでも、道中のトレーナー戦でも、恭煌はほとんど私の指示を無視して戦った。全て勝利を収めているが、これでは私のトレーナーとしての存在意義がない。
 指示を聞いてくれない恭煌だけの問題だと切り捨てるのは簡単かもしれないが、私に全く非がないかといえば首を横に振らなければならないだろう。
 恭煌の、デルビルの覚える技、進化系、生態。フィールドや環境、天気に適した戦い方について、私はあまりにも無知だ。デルビルだけでなく、エアレス、ツタージャとその進化系についても同様だ。
 経験はすぐには増やせない。ならばせめて知識で補うようにしなくては。図書館で改めて勉強すれば、きっとこの先役に立ってくれる。私の手持ちとなってくれた彼らと、もっと近づくヒントになる。
 ジム戦の予約は現時点でしていないが、シッポウジムと図書館は同じ施設内だ。明日、図書館に行った時に予約を入れよう。もしかしたら明日中のジム戦予約は取れないかもしれないが、その時は更に勉強に充てるか、知識をより深めるための実践トレーニングといこう。

「恭煌。私ね、あなたが戦いやすいように頑張るから。まだ見切りをつけないでほしい」
『……』

 コーヒー味のポフレを飲み込んだ恭煌は、お皿を見つめたまま静止した。ほんの少しの沈黙。

『……まだ借りを返したわけじゃねェだろ』

 こちらとは目を合わさず、恭煌はぼそりと言った。遠まわしで、消去法で、それでも間違いなく、恭煌は私にまだチャンスをくれている。相変わらず心の距離は遠くて信頼とは程遠いけれど、少なくとも完全に拒絶されていない。それがわかれば私には十分だった。
 エアレスが肩をすくめて溜め息をついた。

「やれやれ。律儀なのか素直でないのかわからんな」
『よしわかった。燃やす』
「あちちち! なんで!?」

 言うが早いか火の粉を吹き出した恭煌と、それより早くお皿でガードを決めたエアレス。お皿によって跳ね返った火の粉は、当然のように私に向かって飛んできたものだから、私は無様に床に倒れこむようにして避けるしかなかった。髪の毛の端が焦げたらしい匂いがする。
 この二人、仲良くなったのではなかったのか。ある意味すごい連携プレーを見せてくれた気もするが、最終的に全部私に降りかかってくるのは何故なんだ。



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