02


 シッポウシティは、芸術家が集う街。現代アートやデザイナーズ家具でも有名だが、街の名前の由来にもなった七宝焼きという工芸品が一番の名産だ。

「金属の地に、釉薬ゆうやくっていうガラス質の絵の具を付けて焼くと釉薬が融けて、綺麗な模様になる。そうやってできるのが七宝焼き。アルトマーレのアルトマリン・グラスほどじゃないけど、イッシュ以外でも有名らしいよ」

 と、以上はガイドブック『まめぱとりっぷ』のコラムで得た知識である。目の前のものについて、ただぼんやりと眺めるのと、ちょっとした豆知識が頭の隅にあるのとでは見方が変わってくる。事前情報が少しはあった方が、世界は楽しい。

「へぇー。ガラスなのに絵の具って、なんだか不思議だね。それに他の地方でも有名なんて! 結構すごいかも!」

 こちらを向いて笑みを浮かべたベルの、弾んだ声がシッポウシティの往来に溶けていく。古い倉庫をアトリエやお店として再利用したという、特徴的な街並みは穏やかながらも活気に満ちていた。
 今日はジム戦も特訓もお休みして、ベルと一日女子会の日と決めている。思えば旅立ってから、ハンターやプラズマ団絡みのトラブルに巻き込まれたり、怪我の療養だったり、ジム戦に向けて特訓していたりと、それなりに慌ただしく落ち着かない日々を過ごしていた。別に急ぐ旅でもないのだから、ゆっくり羽を伸ばす日があってもいいだろう。
 今日ばかりはエアレスも恭煌と共にポケモンセンターに待機で、いつかのように自主練をしてもらっている。一緒に来ないか確認したのだが、「女同士の買い物など付き合ってられん」とかで向こうから断られた。恭煌が暴走しないかの心配はあるが、そこはエアレスが見ていてくれるから大丈夫だと信じよう。タイプ相性は不利なのに、どうもエアレスの方が恭煌より一枚上手らしい。私は当然ながら仲間内では最下位の地位である。いやどうして当然なんだ。ちょっと悲しくなってしまった気分を切り替えるように、煌びやかな雑貨の並ぶ店のドアを潜った。
 ベルと二人、目についた雑貨屋に入ってはあれこれと商品を見て回り、三件目。小さめの七宝焼き専門のお店で、これだ、と思えるバッジケースと巡り会えた。
 夜空を思わせる藍色の地に、虹色の幾何学模様が散りばめられたバッジケース。派手過ぎず地味過ぎず、ちょうどいい感じだ。

「これ、好きかも」
「わあ良いんじゃない? シロアっぽい雰囲気がする!」
「そうかな? ……よし、これにする! 買ってくるね」

 サンヨウジム戦や道中のトレーナー戦でエアレス達が頑張ってくれたおかげで、贅沢はできないものの資金に余裕はある。手にしたバッジケースは予算内に十分収まる値段だった上、ベルの後押しもあって、そのままレジへ向かった。
 会計を済ませて戻ると、ベルはアクセサリーコーナーで品定めをしていた。

「あたしも何か買いたいなー。どうかなシロア、似合う?」

 ベルが手にしているのは黄緑色をベースとした、大ぶりな花柄の髪留めだ。

「うん、ベルの瞳と同系色でよく似合うよ! 細かい柄より、大きい柄の方が合ってるね」
「ありがとう! あたしもね、気に入ってたんだ」

 髪留めを手に、鏡を覗き込むベル。と、腰のボールが割れ、ムンナのむんちゃんが出てきた。

「ねぇベルちゃん。むんも何か欲しいです」
「じゃあ、色違いでこれはどう?」

 ベルは隣に置いてあった濃紺の髪留めを取り、むんちゃんの淡いピンクの髪に乗せた。原型の時にあった模様と似た形で、よく馴染みながらも良いアクセントになっている。

「可愛い! むんちゃん、あたしとお揃いだよ」
「ベルちゃんとお揃い! じゃあ、それが良いです!」

 むんちゃんの無邪気な歓声に後押しされ、ベルは二つの髪留めを購入した。私もベルもひとまずの目的を果たし、ほくほく気分で店を後にする。女同士の買い物……楽しい。


----


 買い物を終えた後は、カフェでお昼の時間。からからと楽しげにドアチャイムが鳴った。

『いらっしゃいませニャア』
「可愛い、チョロネコだ!」

 アコーディオンが目立つBGMの流れる店内で、看板ポケモンのチョロネコが愛想よく出迎えてくれた。
 ここはカフェソーコ。田舎のちょっとお洒落なカフェ、として有名なお店で、ガイドブックでも紹介されている。しかし、普通の人の田舎の基準とは。サンヨウシティの方が高い建物も多く、都会らしい印象が強かったが、私から見ればシッポウシティだって十分都会である。
 店内席とテラス席とを選ぶ事ができ、せっかくお天気も良いのだからと私達はテラス席を選んだ。木陰とパラソルのおかげで明るいが眩しくなく、往来から聞こえるざわめきがかえって心地良くて落ち着く。
 間もなく来てくれたウェイトレスさんに、私は日替わりパスタのランチセットを、ベルは野菜メインのランチセットの大盛りをそれぞれ注文した。今回は擬人化したままのむんちゃんも一緒で、ベルはむんちゃんと分け合って食べるらしい。

「ベルちゃん、むんは早くさっきのやつ付けたいです」
「うんうん、ちょっと待っててね」

 買ったばかりの包みを開き、むんちゃんの髪に取り付けるベル。私もバッジケースを出して、ポケットにしまっていたトライバッジをあるべき場所に収めた。うん、こうしてケースに入っている方がバッジがより一層美しく見えるし、空白を埋めていこうというやる気も沸いてくる。二つ目のバッジは、この街で。
 そうこうしている内に料理が運ばれてきて、私達の意識は一斉に戦利品からテーブルの上へと移行したのだった。確か、花より団子、というんだっけ。花も種類によっては食べられるけれど。
 今日の日替わりパスタは、イカと梅のみぞれ風パスタだった。汁が飛び跳ねないように注意しながら、フォークに麺を巻き付け口に運ぶ。イカのもちもちした食感と程よい塩味、梅のさっぱりとした酸味。出汁を吸った大根おろしがパスタに絡んでとても美味しい。セットドリンクの冷たい煎茶は、爽やかな渋みと苦みで口の中をリセットしてくれる。
 和気あいあいとした空気の中食べ進み、セットデザートの白玉あんみつの小皿が空になった頃には、お腹も気持ちもすっかり満たされていた。エアレス達と過ごす時間だってとても大切だけれど、やっぱり長年付き合いのある友達と時間を共にするのは、何にも代えがたい楽しい時間だった。
 さて、名残惜しいがそろそろお開きだ。自主的とは言え留守番してくれたエアレスと恭煌のために、お土産も買って帰らなくては。テイクアウト用のメニューの中で、遠いカロス地方で流行っているポフレという焼き菓子が目に留まった。カラフルで可愛い見た目が気に入って購入したが、彼らは見た目の華やかさに喜んでくれるタイプではなかった。でも私が買いたいから問題ない、味だって決して悪くはないはずだ。

「今日はありがとう、シロア! とっても楽しかったぁ!」
「私も! また機会があったらご飯行こうよ」
「行こ行こ! それじゃあ、またね!」

 お互い旅の身。次の機会はいつになるかわからないけれど、それでも必ず巡ってくる“次”を確信して。私達はそれぞれの旅の目的を再開するべく別れたのだった。
 ――身も蓋もない言い方をすると、私もベルも同じポケモンセンターに泊まっているから、明日も出会うに違いない。



PREV | NEXT


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -