06


「こんな奴らにプラズマ団が敗れるとは……」

 彼らもポケモンは一体ずつしか連れていなかったらしい。チョロネコとヨーテリーを戻し、後続を出してくる気配もなく俯いている。今度こそポケモンを返してもらおうと一歩踏み出したところで、違和感に気づいた。
 ここにいるプラズマ団は二人。しかし私達が出会ったプラズマ団は三人だ。一人、足りない。
 不意にチョロネコを連れていたプラズマ団が顔を上げた。負けたというのに、不釣り合いに笑っている。

「だが! 時間稼ぎにはなったのだ!」
「しまった!」

 そうだ、いないのは最初に戦ったプラズマ団、ミネズミを連れていた男性だ。私達がバトルに集中している間に、脇をすり抜けて逃げてしまったらしい。振り返ると、出口に向かい遠ざかっていく後ろ姿がぼんやりと見えた。

「チェレン、そっちはお願い! エアレス行くよ!」

 確かあの男性が盗んだポケモンを持っていたはずだ。逃がしてしまっては元も子もない。この場はチェレンに任せる事にして、私は踝を返した。あの男性が洞窟から出る前に捕まえなければ、また見失ってしまう。
 けれど、私が思っていたよりもずっと早く、追跡劇は終わりを告げた。

「ぎゃっ!」

 悲鳴と共に男性が吹き飛んで、私の足元に転がってきたのだ。出口から差し込む光を背景に、小さな影が仁王立ちしている。

『悪い奴め、やっつけに来たぞ!』
「勇雅!」

 育て屋にいるはずのコジョフーの名前を呼ぶと、ぴょんと飛び跳ねて勇雅は応えた。私達の後を追いかけてきてしまったのか。ああ、今頃キナコさんが心配しているだろうに。

「くそ……ここまでか……わかった、ポケモンは返す。そらよ」

 勇雅はまだまだ戦うつもりのようだったが、その必要はなかった。戦えるポケモンがもういない上に、挟み撃ちにされて観念したらしい。男性は投げやりに言ってモンスターボールを放って寄越した。花びらのシールが貼られたそれを、両手でしっかりと受け止める。

「どうして、あの子からポケモンを奪ったんですか」

 ポケモンは取り返したが、私には確かめなければならない事がある。あんな小さな女の子と友達と引き離した理由を、プラズマ団の本当の姿を知らなければ。起き上がった男性は、私を睨んだ。

「俺達はポケモンを解放するため、愚かな人間共からポケモンを奪っていくのだ!」
「そのポケモンが引き離されるのを望んだんですか?」
「ポケモンの意思など関係ない! あんな子供にポケモンは使いこなせない、それではポケモンが可哀想だろうが!」

 熱に浮かされたように捲し立てる男性の話は筋が通っていない。ポケモンのため、と言いながらポケモンの意思を無視し、使いこなすなどと戦う以外の存在意義がないように言い、それでいて可哀想と決めつけている。一見ゲーチスさんの語った理想と同じようで、行動原理も手段もめちゃくちゃだ。この男性が特に過激なのかとも思ったが、そういえばさっきダブルバトルしたプラズマ団も、私達のポケモンを奪ってやると言っていた。ポケモンの権利どころか、これではまるでポケモンを道具扱いしているみたいじゃないか。

『所詮人間の立場でしかものを考えていないのだな。どの口でポケモンの権利などとほざく』

 エアレスが苛立ちを隠そうともせず蔓で地面を打ちつけた。洞窟に響く破裂音に男性はびくりと肩を震わせて、勢いを落としたものの言葉を続けた。

「お、お前達のようなポケモントレーナーがポケモンを苦しめているのだ。いつか自分達の愚かさに気づけ」

 吐き捨てるように言うと、男性は立ち去ろうとした。

「待ってください!」

 その腕を掴んで引き留めた。プラズマ団への疑問も不信感も、ぐるぐると渦を巻き膨らむばかりで、言いたい事はたくさんある。けれどきっと言葉をぶつけたところで、私の気持ちが晴れる事も男性が意見を曲げる事もないのだろう。だから最後に、ひとつだけ。
 
「まだ何かあるのか!」
「これ、落としましたか?」

 可愛いデザインのためこの人の持ち物か確証はなかったが、ハンカチを見せる。すると男性は顔を真っ赤にしてハンカチをひったくり、あっという間に走り去って行った。それはもう一瞬だった。あまりの勢いに出口側で待ち構えていた勇雅ですら、びっくりして見送ってしまったくらいだ。
 エアレスが溜め息をついた。

『泥棒に返す必要があるのか』
「それはそれ、これはこれだよ。っていうか、追いかけた方が良いかな」
『先にポケモンの無事を確認すべきだろう』
「そうだった!」

 すり替えられた可能性は低いだろうが、きちんとポケモンを確認しないと。ボールの開閉ボタンを押すと、小さなヨーテリーが私の元に飛び込んできた。

『うわぁぁ怖かったよぅ!』

 私の胸元に顔を押し付け、ぴすぴすと鼻を鳴らすヨーテリーを抱き締めて、落ち着かせようと背中を撫でる。

「あなたがランちゃんだね?」
『うん……エナちゃんのところに……帰りたいよぅ……』
「よしよし、大丈夫。これから帰ろうね」

 ヨーテリーのランを撫でていると、奥からチェレンが歩いてきた。聞けば残り二人のプラズマ団は、隙をついて洞窟の奥へと逃げてしまったらしい。念のため盗んだポケモンを持っていないか調べた後だったので、単身で深追いするより私と合流する方を選び戻って来たのだ。チェレンはまずヨーテリーを見てほっとした顔をした後、勇雅に気づいて真顔に戻った。

「君は……勇雅、だよね。また脱走したのか。駄目だろう、こんな危ないところに来たら」
『違うっ、オレは! ポケモンをユーカイする悪い奴がいるって聞いたから、やっつけに来たんだ!』

 勇雅は擬人化できないのか、伝わらない原型の言葉で一生懸命説明している。擦れ違ったままでは勇雅が可哀想なので、横から助け舟を出す。

「チェレン、勇雅はポケモン泥棒を倒そうとして来たんだって」

 すると、勇雅は目を丸くして私を凝視した。

『お、お前! オレの言葉わかるのか!? それともポケモンか!?』

 勇雅にキラキラした瞳で見つめられて、少々居心地が悪い。私の住んでいた森のポケモンはだいたい顔見知りだから、こんな反応をされるのは久しぶりだ。エアレスも恭煌も、驚きはしたがこんな輝いた表情はしていない。

「ポケモンじゃないよ。ちょっと珍しい能力のある人間、だよ」
『すげー! なんでわかるんだ、生まれつき? 勉強したのか?』
「えーと……」

 結局、私は育て屋に帰り着くまで、ずっと勇雅の質問攻めに遭うのだった。


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「勇雅、あんた本当に……無事で良かった」

 キナコさんがくぐもった声で漏らし、勇雅をしっかりと抱き締めた。ついさっきまで、ババアに怒られる! と大騒ぎしていた勇雅はきょとんとした顔でされるがままだった。キナコさんの涙の意味を理解するには、勇雅はもう少し時間がかかりそうだ。
 あの後ランは無事トレーナーのエナちゃんの元に戻り、ベルが彼らを送っていった。再会を果たしたエナちゃんとランはとても幸せそうで、確かな友情で結ばれているのが傍目に見てもわかった。あの笑顔が守られて、本当に良かった。

「私、そろそろ行きますね。お茶ごちそうさまでした」

 私もシッポウシティへの旅路を再開しよう。外はだんだん影が長くなってきている。シッポウシティには夜になる前に到着したい。

「ちょいとお待ち、シロアちゃん」

 育て屋を出ようとすると、おばあさんに呼び止められた。

「プラズマ団からポケモンを助けたお前さんに、わしからお願いがあるんじゃよ。……この子を、連れて行ってくれんじゃろうか」

 そう言っておばあさんが差し出したのは、タオルに包まれた楕円形のもの。受け取ると、しっとりと重みを感じた。

「もしかして、卵……?」

 おばあさんは頷き、タオルをそっと押し上げた。つるりとしたクリーム色の殻が顔を出す。これは、ポケモンの卵だ。
 どうして、私に。疑問を口にする前に、おばあさんは話し始めた。

「引き取り手がいなくてねぇ。この子の本来の“おや”は、お前さんと同じく旅のトレーナーだったんじゃが。準備を整えてから卵を受け取りに来ると言って、先に親を引き取った後、行方をくらませたんじゃ……何度かうちを利用していて、信頼のおける子じゃったから卵を預かったが、こんな事になっての。風の噂では、プラズマ団の連中に感化されて、ポケモントレーナーをやめたらしい。この子の親も“解放”されてどこにいるか知れない。解放と言えば聞こえはいいが、わしに言わせりゃそれはただの責任放棄じゃ。命を預かるトレーナーとして決してやってはならん行いじゃ」
「……」

 胸の奥がぎゅっと締め付けられるようだった。腕の中の卵が、やけに重く感じる。この子は生まれる前に、不要なものとして世界から見捨てられてしまったのだ。
 
「この育て屋で孵して、保護する事もできるんよ。じゃが、ここにはたくさんのポケモンがおるからのぅ。キナコ達が手伝ってくれるとはいえ、どうしても一体一体にかかる時間は少なくなってしまう。元々トレーナーのいる子達を、一時的に預かって育てるのがここの役目じゃからの」

 だから、もっとずっと愛情を注げる人のところに託したいと、おばあさんは締めくくった。
 私には本当の両親の記憶がない。記憶が始まる前に、どちらも亡くなってしまった。けれど私は見捨てられなかった。お母さんの手持ち達が、行き場のなかった私を受け入れてここまで育ててくれたから。だから私は、今まで不自由なく、宝石のように愛おしい平穏を生きてこられたのだ。
 もし私がそうやって受けた愛情を、幸せを他の誰かに繋げる事ができるのならば。これはきっとチャンスで、巡り合わせなのだろう。しかし、ぽっと出の私が受け取っても良いのだろうか。ここで手伝いをしていたチェレンの方が信頼が置けるのではないかと思うのだけれど。

「チェレンは……」
「いや、僕が推薦したんだ。こういう事は、きっと僕よりシロアの方が適任だと思うから」

 そうチェレンに言われてしまえば、断る理由もなくなってしまう。彼からの信頼も、行き場を無くしてしまうだろう。

「どうか、この子を幸せにしてやっておくれ」
「わかりました。私が、責任を持って大切にします」

 私があなたの家族になるよ。不要なんかじゃないって、あなたは望まれて生きているんだって、全力で証明するから。卵を抱き締めて、心の中に強く誓う。
 卵の種族は、敢えて訊かないでおいた。変に先入観を持ちたくはないし、純粋に新しい出会いを楽しみにしたいから。

『シロア! もう行っちゃうのか?』

 キナコさんの抱擁から抜け出した勇雅が、私の足元までやってきた。頷くと、寂しそうに眉を下げる。

『また、会える?』
「うん。あなたがちゃんとキナコさんの言う事を聞いて、強くなって、あなたのトレーナーさんの所で活躍していれば、いつかまた会えるよ」

 目線を合わせて頭を撫でる。手のひらに感じる、短いふわふわの毛並みが心地良い。
 原型のままの勇雅と会話を繋げているのを見て、おばあさんとキナコさんが驚いた顔をしている。でも、いずれ勇雅から話が伝わりそうだし、ここの人になら知られても問題ないだろう。それにチェレンがフォローを入れてくれるはずだ。

『絶対だからな。それで、バトルでオレが勝つから!』

 寂しげな表情から一転、勝ち気に笑った勇雅は、キナコさんの元に戻っていった。『またな!』と手を振る勇雅に、私も手を振り返す。それからおばあさんとキナコさんには一礼して、外へ繋がるドアを開けた。
 色々な事件が起きたけれど、気を取り直して。いざ、シッポウシティに出発だ。


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