04


「どうして、プラズマ団の人がそんな事を?」

 ゲーチスさんが語っていた思想は全面的に同意はできない。けれどプラズマ団の掲げる、ポケモンの権利を尊重し、ポケモンと対等に付き合おうとする考えそのものは決して悪いものではないと思っている。シャドウのようにポケモンを道具としか見ていない人間や、心身共に傷を負った恭煌を目の当たりにした今は尚更だ。たとえ、ゲーチスさんの演説に恐怖に似た何かを感じたとしても。おそらくあれは私が普通の人と感覚がずれているのと、揺るぎない信念に圧倒されたせいだ。

「わたしの……ランちゃん……」

 だから、シャドウのようなハンターからポケモンを救い出し、結果として盗む形になったのならば理解できる。けれど、こんな幼い子が友達を奪われて悲しむなんて、あっていいはずがないのだ。盗まれたポケモンだって、きっと怖くて悲しい思いをしているだろう。これでは誰も幸せにならない。

「こんな、ポケモンも人間も悲しむ事をするなんて……」
「あのねシロア。言いにくいんだけど……プラズマ団、シロアが思っているような人達じゃないかもしれないの」

 掲げられた理想と目の前の真実がちぐはぐで、困惑して立ち尽くしていると、おずおずとベルが口を開いた。ベルは少し目線を彷徨わせ、手を握りしめた。

「あたしね、見ちゃったの。夢の跡地で、プラズマ団がポケモンを蹴っているところ。ポケモンの解放のためって言いながら、ポケモンに暴力を振るってたの!」
「あっばか、ベル!」

 チェレンが急いで遮った。私も迂闊だったかもしれない。話が聞こえていた女の子の瞳に、あっという間に涙が溢れていく。

「けるの……? わたしのランちゃん、けられちゃうの……?」

 不安でいっぱいだった女の子の耳に入れる内容ではなかった。ここまで耐えていた女の子がとうとう泣き出し、ベルも大慌てで女の子を抱き締める。

「うぇえっ……わたしの、せいでっ……ランちゃんが、ひっく、いたいことされちゃう……うっ、ひぐっ……」
「ああごめんね、大丈夫、大丈夫だから! 泣かないで、あなたのランちゃんはきっと無事だから!」

 女の子を宥めるベルを前に、チェレンは険しい顔でこちらを向いた。

「……シロア、ポケモンを取り戻すよ」
「うん。このままになんかしておけない」

 断る理由なんてない。目の前で困っている人を放ってなんておけないし、私個人としてもどうしてもプラズマ団を追いかけたかった。奪われたポケモンを助けて、そして確かめなければ。プラズマ団が本当はどんな人達なのかを、この目で。

「あ、あたしも……」
「いやベル、君はその子の傍にいてあげて、育て屋で待っててよ」

 相手の強さがわからない以上、味方は多い方が良いが、心細く寂しい思いをしている女の子を残していくわけにはいかない。もしかしたら、プラズマ団が戻ってきて、また女の子に危害を加える事もないとも言い切れない。トレーナーであり、女の子の心の支えとなっているベルが一緒にいてあげた方が私も安心できる。

「私とチェレンが絶対にポケモンを助けるから。それで、プラズマ団がどっちに行ったかわかる?」
「……それが、逃げ足が速くって。ここまで追いかけられたんだけど、見失っちゃった……うぅ、どうしよう、シロア……」

 ベルが眉を八の字に下げて声を震わせた。チェレンは額に手を当てて唸ったが、ここでベルを非難しても何にもならないとわかっているのか何も言わなかった。むしろ幼い女の子を連れて励ましながらここまで追ってきたのだから、ベルは最大限にできる事をやってくれたと言える。体力も気力もすり減ったベルからバトンを受け取るのは、幼馴染みである私達の役目だ。

「そうだ!」

 恭煌なら、匂いを辿って相手を追跡できるかもしれない。イヌ科に属するポケモンは特に嗅覚が優れていると、ゾロアークであるお父さんから教えてもらったのを思い出した。

「ねぇ、そのポケモン泥棒の匂いがわかるもの……落とし物とか、ない?」

 落とし物がなければ、新しい「人間が通った跡」を探してもらうのだが、本人の匂いがわかる方がより確実だ。追いかけた先が人違いでした、なんて事になったら無駄足もいいところだ。
 幸運にも心当たりがあるようで、女の子が顔を上げた。

「あ、あるよ! このハンカチ、おとしていったの!」
「えっかわいい」

 女の子が差し出したのは、少し土で汚れたハンカチ。プリンやピッピ、タブンネなどがデフォルメされてプリントされた、やたらファンシーなハンカチだった。ポケモン泥棒と聞いて人相の悪い怖そうな相手を想像していたのだが、このハンカチの持ち主は普通の人間、しかも女性用に見える。
 意外な落とし物に拍子抜けしつつハンカチを受け取り、恭煌に出てもらう。

「ねぇ恭煌。話は聞こえてたよね? この匂いを追ってくれる?」
『オレを何だと思ってやがる。ぜってぇ嫌だ』
「うぐ」

 我関せず、と言わんばかりに後足で頭をかく恭煌。恭煌の性格を忘れていたわけではないのだが、こんな華麗に断られるとは。匂いを追跡する作戦そのものが中止になってしまうと、闇雲に探すしかなくなってしまう。恭煌を探した時のように、道行くポケモンに訊きながら追う方法にしようか。相手の姿がわからないから、人違いになる可能性もかなり高まってしまうのだけれど。
 勝手にボールから飛び出してきたエアレスが、擬人化して私の隣に立った。原型の時よりもより高い位置から恭煌を見下ろす。

「ふむ。主よ。どうやらこの犬には難しいらしい」
『あ゛ぁ? 誰もできねぇとは言ってねぇよ性悪トカゲ! やりゃあいいんだろやりゃあ! おい人間、とっとと寄越せ』

 ……薄々感づいていたが、エアレスは私より恭煌の扱いが上手い。心強いんだか、私が情けないんだか。やり方はともかく、エアレスのアシストによりやる気になってくれた恭煌に、ハンカチを差し出した。

「恭煌、この匂いだよ」
『ああわかった、ぜっ!』
「あだだだっ!?」

 何の脈絡もなくハンカチを持った手に噛みつかれた。

『うるせぇ血は出てねぇだろうが。おら着いて来いや』

 恭煌の言う通り、確かに血は出てない。申告通り一応手加減はしているようだけど、指の骨がごりってなった。血を流さずにここまで痛くするのは逆に難しいんじゃないか、というくらい痛い。凶暴性を目の当たりにした女の子が怯えてベルの後ろに隠れてしまった。ポケモン恐怖症になったらどうしよう、そんな事になったら私の……いや恭煌のせいだ。私は何も悪くない。はず。
 原型に戻ったエアレスが、ひらりと私の頭に飛び乗った。

『何をもたついている。犬を見失うぞ。走れ』
「んぎゃ!」

 と、思う間もなく、結構な勢いでエアレスに尻尾で後頭部をどつかれた。うーん、緊急事態だというのにこの仕打ち。

「シロア……大丈夫かい?」

 前のめりでふらついた私に、チェレンが引き攣った顔で聞いてくる。

「大丈夫……いつもの事だから……」
「いつも……?」

 理性が追い付いていない声音で鸚鵡返しするチェレンは、申し訳ないが無視させてもらう。手と後頭部、より痛い方の手を摩りつつ、私は恭煌の黒い背中を追って駆け出した。




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