03



「おばあさん、頼まれていたブラッシング、全員終わりました……あれ、シロア?」

 ドアを開け、ひょっこり顔を出したのは見覚えのあり過ぎる幼馴染み。ぴょんと跳ねた黒髪の下で、眼鏡が縁取る知的な瞳。

「チェレン! どうしてここに?」

 これは思わぬ再会だ。てっきり私がサンヨウシティに留まっている間に、もっと先に進んだのかと思っていたのに。首を傾げたのは私だけではなく、おばあさんがゆっくりと瞬きをする。

「おや、チェレン君の知り合いだったのかね?」
「はい。彼女は僕と同じ日に旅立った幼馴染みなんです。……シロアこそ、育て屋に何か用でもあったのかい? 僕は図鑑埋めと勉強のために、無理言ってお手伝いさせてもらってたんだ。ここには色んな種類のポケモンが預けられているからね」

 眼鏡を押し上げるチェレンはちょっぴり誇らしげだ。様々な種類のポケモンと触れ合って、育てる手伝いをして。体験すれば知識になるし、知識が増えれば力になるし、力がつけば自信も沸く。勉強熱心で堅実なチェレンらしい。

「無理なんかじゃあないんじゃよ。じいさんが足を挫いてしまっての、わしらも困っておったところじゃったんじゃ。チェレン君のおかげでだいぶ助かってるんよ」
「そんな……恐縮です」
「本当に感謝しとるんよ。……さあ、ちょうどいい、休憩におし」

 おばあさんはチェレンにも座るよう促し、お茶を注いだ。チェレンは一礼してから私の隣に座る。
 それからキナコさんが、続いておばあさんも仕事に戻り、ついでに飽きたエアレスがボールに戻ってからも、私はしばらくチェレンと近況報告をし合った。私が脱走したコジョフーを捕まえた関係でここを訪れた事、デルビルを正式にゲットした事、ジムバッジをゲットした事。予想通り、チェレンも無事サンヨウジムのバッジをゲットしたみたいだ。

「シロア、腕の怪我はもう大丈夫?」
「うん平気、治ったよ! 心配かけてごめんね」

 この通り、と腕をぐるぐる回してみる。袖下の傷跡はまだ残っているがそのうち消えるはず。痛みが走る事ももうない、本当だ。だからその信用していませんという顔をやめて欲しい。

「それにしても、なんであんな朝早くに夢の跡地に?」

 視線が気まずくなり、急いで次の言葉を振る。あの時、運良くトウヤとチェレンが来てくれて危ないところを脱したけれど、今思い出してみればかなり朝早い時間だ。まさか、私の姿を見たから追ってきた、というわけでもないだろう。

「トウヤが朝一でジム戦の予約をしてたんだ。それでジム前の最終調整に付き合って欲しいって言われて、断りきれなかった。僕が貰ったのもツタージャだろ? トウヤは最初のポケモンがミジュマルだったから、草タイプ使いのデントと戦うからね。で、トウヤのシママが妙な音を聞いたって走って行って、追いかけた先にシロアがいたんだ」

 なるほど、それなら合点がいく。あの場所は私にとってはあまり良くない思い出しかないが、一般的にはサンヨウシティのジム近くという事で特訓場所としてよく利用されるらしい。しかし旅立ち三日目にジムに挑戦だなんて、トウヤはすごい。

「だからあんな時間に来てくれたんだね。おかげで助かったよ、ありがと!」
「もうあんな無茶はしないでよシロア……そうそう、あの時保護されたヒヤップ。僕がゲットしたよ。今は育て屋のポケモンと一緒に過ごしてる。後で会わせてあげるよ。彼もシロアの事心配してたから」
「あのヒヤップが? 良かった……チェレンと一緒なら安心だね」

 事情聴取の時に、置き去りにされたヒヤップが保護された事は聞いていた。その行く先がチェレンの所なら心配無用だ。真面目なチェレンは、控えめで大人しそうなヒヤップと上手くやっていけそうだし。再会した時は何と言おうか。思いを馳せながらお茶を口にして、外から聞こえてくる賑やかな声に耳を傾けた。
 いや、賑やかと言っていいのだろうか? 争っているような、泣き叫ぶような声まで聞こえた気がする。

「シロア!」
「やっぱりおかしいよね!? 行こう!」

 チェレンと頷き合い、急いで外に出る。

「なんなんだ、一体……って、ベル? 何があったんだ?」
「あっ、チェレン、シロアも!」

 育て屋の前で息を切らしていたのは、なんとベルだった。本日二度目の幼馴染みとの再会に、案外皆同じようなペースで進んでいるんだな……と呑気な考えが浮かぶも、ベルの顔を見てすぐに霧散した。マイペースで穏やかなベルが、はっきりと怒りを露わにしている。頬を膨らませる可愛らしい仕草だったけれど、ベルがすると様になっているから問題ない。

「聞いてよ! この子のポケモンが、盗られちゃったの!」
「それって、ポケモン泥棒って事!?」

 ベルの口から出た言葉に思わず聞き返す。首を縦に振るベルの後ろから、小さな手が伸びてスカートの裾を掴んでいた。

「盗られただって!? どんな奴に? まさか」

 チェレンも声を上げる。ついさっきまで話していた夢の跡地の、あのハンターの影のような顔と、寄り添い光る孔雀石色の瞳が脳裏をよぎる。だってポケモン泥棒なんて、そんな大勢、どこにでもいるわけじゃない。そう、思っていたのに。

「……えっとね。この子のポケモンを盗ったの、プラズマ団、なの」

 しゃがみ込み、自分の後ろに隠れた小さな手の主を、今にも泣き出しそうな女の子の肩を抱きながらベルは告げた。


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