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『なんだよー! はーなーせー!』

 じたばたと暴れるコジョフー。確かコジョフーは格闘タイプを持っているからか、小柄な体格に似合わず力が強い。普通に覆い被さっただけなら吹き飛ばされそうだが、私はポケモンと取っ組み合いして遊ぶのには慣れている。首の下に腕を通して頭を私の胸に押し付けて、もう片方の肘で腰の辺りを抑えながらお腹に手を回し、前脚を掴む。最後に後脚を太腿で押さえつければ完璧だ。密着しているので技でも使われるとひとたまりもないけれど、私が人間だから躊躇っているのか、それとも単に技を使う発想が頭から抜け落ちているのか、コジョフーは力づくで抜け出そうとするだけだ。どうにか押さえ続ける私に、ほう、とエアレスが感心するような吐息を漏らしたが、感心してないで手伝ってほしい。
 間もなく追いついたミルホッグは、荒い息で頭を下げた。

『トレーナーさん、うちの子を捕まえてくれてありがとう……あ、このままでは伝わりませんね』

 ミルホッグの全身が淡い光に包まれ、人の形になる。擬人化した、という事はこのミルホッグは野生ではない。

「改めまして、うちの子を捕まえてくれてありがとうございます。私はミルホッグのキナコといいます」

 ぺこりとお辞儀をしたミルホッグのキナコさん。原型の時は吊り目で鋭い印象だったが、擬人化すると垂れ目気味の優しい顔立ちだった。観念したのか大人しくなったコジョフーを抱え直して立ち上がる。

「私の名前はシロアです。あの、困っているようだったので……キナコさんのお子さんですか?」

 ミルホッグとコジョフー、種族は違うが、ポケモンは親同士の大まかな系統が近ければ子供が生まれる。だから異種族の親子や兄弟なんて珍しくはないのだ。まあ血の繋がりがなくても本当の家族になれる例だって、私は身をもって知っているのだけれど。

『だーれがババアの子供なもんか!』

 キナコさんが答える前にコジョフーが口を挟んだ。ちなみにキナコさんは決してババアと言われるような外見年齢ではない。

「こら、勇雅ユウガ! 何なのその言い方は!」
『うわーガミガミババアが怒った! オレ何にも悪くないもーん! お姉ちゃん助けてー!』
「えっと……」

 きゅううん、と可愛らしい鳴き声を上げてしがみついてくるコジョフーこと勇雅。きっと原型の言葉がわからなければ絆されてしまうのだろうが、生憎私には反抗期全開な発言が全てばっちり聞こえてしまっているわけで。落としてしまわないように抱きかかえる、以上の行動を取れずにいた。

「ああもう……ごめんなさいシロアさん、うちの子が迷惑かけて……勇雅、あんたいい加減にしな! シロアさんが困ってるでしょ!」

 キナコさんは勇雅の首根っこを摘み上げる。またしても暴れだした勇雅だったが、キナコさんは離すそぶりも見せない。もう慣れっこになっているみたいだ。それに、擬人化して見かけは人間の姿になってもやはりポケモン、人間よりも何倍も力が強いのだ。

「全く、本当に世話の焼ける子なんだから……。シロアさん、この先に私の勤め先がありますので、せめてお茶くらいお出しさせてください」

 暴れる勇雅をぶら下げたまま、キナコさんは何でもないように微笑んだ。うん、これは力がどうこうというよりも慣れだ。慣れってすごい。


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 キナコさんはここ3番道路で育て屋を営む老夫婦のポケモンで、育て屋の仕事を手伝っているそうだ。あのコジョフー、勇雅はトレーナーから預かったポケモンでまだ子供。やんちゃ盛りの反抗期真っ只中な勇雅には、キナコさんも手を焼いているらしい。

「うちの子っていうのは……」
「ええ、うちで預かっている子達、みんな私の子供みたいなものです」

 柔らかな眼差しで窓向こうを見つめるキナコさん。庭では先程の勇雅と他の小さなポケモン達が楽しそうに走り回っている。キナコさんの細められた両目から、緩やかな弧を描く口元から、抑えようもない慈しみと愛情が滲みだしていて。私の子供だという発言が心からの言葉であると、傍目に見てもわかった。

「そして、みんなわしの孫みたいなもんだねぇ」
「奥様!」

 おばあさんがやってきて、キナコさんの隣に座った。この育て屋のオーナーであるおばあさんだ。

「わしからも礼を言わせておくれ。勇雅を連れ戻してくれてありがとうね、シロアちゃん」
「いえ、ただエアレスと一緒に捕まえただけなので……」
「それでも、わしらが助かった事に変わりはないんじゃよ。ツタージャ君も、ありがとうね」

 ゆっくりと、積み重ねた年月と歴史を感じさせる声で話すおばあさん。たまたま通りかかった勇雅に、条件反射のようなお節介で手を出しただけなのに、何度もお礼を言われるのは気恥ずかしい。そして私が声をかけなければ見逃していたであろうエアレスが、当然のような顔をしてお礼を受け入れているのはいかがなものか。その図太さが少し羨ましい。

「元気なのは良い事なんじゃが、少々元気が良すぎての……まあ、いずれあの子のトレーナーの元で活躍するなら、それくらい元気な方が良いのかもしれんねぇ」

 目尻に皺を刻み庭を見るおばあさんは、さっきのキナコさんをそっくりそのまま映したような表情をしていた。この二人が長い時間、同じ時を同じ場所で、同じ思いを抱いて生きてきたのだと、どんな言葉よりも雄弁に語っている。ポケモンはトレーナーに似ると聞くが、おばあさんとキナコさんを見ていると納得だ。……という事は、エアレスと私もいずれは似てくるのだろうか。エアレスのように尊大な私、私のように振り回されるエアレス……うーん、どちらも想像できない。
 難しい想像に頭を悩ませている時だった。育て屋の奥に繋がるドアが静かに開いた。



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