01


「トライバッジ……綺麗……」

 日の光に翳してみる。三つ星の輝きは太陽の元でも色褪せはしない。むしろ、より一層鮮やかに煌めいて見える。私とエアレスと恭煌、三人(正確には一人と二体だけど)の力を合わせて勝ち取った、まさに勲章だ。ひっくり返したり、角度を変えてみたり、少し遠ざけてみたり。輝きを飽きずに眺めていると、太腿を勢いよく叩かれた。すごく良い音がした。

「いっだぁー!?」
『うるせぇ!』
「ぎゃっ!?」

 今度は足元で寝ていた恭煌に思いっきり足の甲を踏まれた。何このコンボ。これは酷い。

『いつまで続ける気だ、主』

 尻尾をひらひらさせながら、何事もなかったかのようにエアレスが言う。息をするようにトレーナーに攻撃するね君は。そして足の色んな部分が痛い。涙が出てきた。

「だって、嬉しいじゃん……」
『ほう、バッジゲットが泣くほど嬉しいか、私のおかげだな』
「エアレスわざと言ってるよね!?」

 結果として涙目で嬉しい報告をしているが、これは断じて嬉し涙ではない。エアレスは私の膝の上で、腕組みしてふんぞり返っている。ダメージを抑えるより私の力量を上げる事を優先してくれた、あの甲斐性はどこに行ってしまったのか。恭煌が顔を上げた。

『あ゛あ? オレも一匹殺っただろうが』
「やったのアクセントが気になるなー」

 恭煌と一緒に行くと決めたのは私だけど、何故私の仲間はバイオレンスなポケモンばっかりになってしまったのか。次に仲間になってくれるポケモンは優しい性格だと良いな。せめてトレーナーに攻撃しない程度には。と、願っても誰が聞き届けてくれるわけでもないので、気を取り直してバッジを胸ポケットにしまった。

「バッジケース、欲しい……」

 旅そのものに憧れていた私は、ジム巡りをするかどうかを直前まで決めていなかった。だから、旅立ちまでに揃えた道具の中にバッジケースはないのだ。これから集めるとなると、ちゃんとしたケースを用意しないと。しかし今からサンヨウシティに戻ってケースだけ買うのも面倒だし、なんとなく気恥ずかしい。買うなら次の街、シッポウシティにしよう。
 傍に置いていたガイドブック、『まめぱとりっぷ』を開く。目指すシッポウシティは、芸術家が集う街。インテリア雑貨や焼き物なども有名らしい。ビビッとくるケースを探して雑貨屋巡り、なんて楽しそうだ。

「そろそろ行こうか。恭煌は歩く?」

 人間の多い街中では恭煌をボールに入れていたのだが、この先は3番道路、人通りはぐっと減る。デルビルは小型のポケモンだし、距離を縮めるためにも一緒に歩くのも良いかもしれない。

『面倒だ。テメェが歩け』
「ハイ」

 しかし私の提案は一蹴された。がっくり肩を落として、鋭い目つきに促されるまま恭煌をボールに戻し、立ち上がる。当たり前のように頭に乗ってきたエアレスはもう気にならない。さて、先に進もう。
 心地良い水音を奏でる噴水広場を後に、丁寧に手入れされた花壇の間の小径を通り抜ける。赤、オレンジ、白、紫、ピンク、色とりどりの花を咲かせるチューリップの間からはチュリネが顔を出し、まだ花の咲かないバラの生垣ではトゲを物ともせずバタフリーが翅を休めていた。もしかしたらヤグルマの森から飛んできたのかもしれない。ベンチに腰掛けたおじいさんが何かを撒くと、一斉にマメパトが集まり我先にと地面をつつき始めた。その内おじいさんがマメパトに埋もれてしまったが、慌てた様子はないのでいつもの事なんだろう。
 サンヨウシティの管理する、花と水と緑がテーマの自然公園は街の人の憩いの場所であると同時に、ポケモン達にとっても過ごしやすい環境であるらしかった。
 ゲーチスさんはポケモンは人間から解放されて自由であるべきだと言っていた。ポケモンと人間は対等であるべきだ、という考え方は私も賛成できるが、もし人間とポケモンを完全に切り離したら、ここで暮らしているポケモン達の生活も否定する事になってしまうのではないか。人間が作った環境に入り込み、人間と交流したりご飯をもらったりして暮らしているポケモンから人間を取り上げたら。公園ができる前の暮らしに戻るだけだろうが、きっと今より味気ないものになる。
 恭煌のように人間に酷い目に遭わされたポケモンもいるが、それでも恭煌は私と一緒に行く道を選んでくれた。理想は理解できるが、人間とポケモンの関わりの一切を断ち切る事など不可能だと思う。だって私達は、同じ世界を分け合って生きているのだから。
 バラの絡んだアーチ状のゲートを潜り抜けると、前方から白と赤の何かがすごい勢いで走ってくるのが見えた。

『誰かー! その子を捕まえてぇー!』

 悲鳴のような声が何かの後からついてくる。こちらに近づいてきたので、赤白の何かの正体を見極める事ができた。全体としては細長いシルエットに、ふわりと広がる四肢周りの毛。身軽に跳ねるようにして走るコジョフーだ。

『にししっ、捕まるもんか!』

 振り返って舌を出すコジョフーと、こちらも近づいてきたので正体のわかった追手、声からして雌のミルホッグ。ミルホッグはもう息を切らしていて、気合だけで走っているような状態だった。

「エアレス! お願い!」
『やれやれ、また手を出す気か』

 溜め息をつかれたが、私の考えを読み取ってくれエアレスは蔓の鞭を伸ばし、私達の横をすり抜けようとしたコジョフーの足を引っかけた。

『ぷぎゃ!』

 地についた前脚を引っかけられたコジョフーは頭から地面に突っ込み止まる。すかさず私が覆い被さるように飛びついてコジョフーを取り押さえた。


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