05


「マドレー! 出番だ!」

 ポッドさんの掛け声と共に放物線を描く球体。空中で二つに割れたボールから飛び出してきたのは、ポッドさんとそっくりな燃えるようなたてがみを持った猿型ポケモン。夢の跡地で見たヒヤップと近縁の、確かバオップというポケモンだ。

「恭煌、ありがとう。行って、エアレス!」

 ひとまず恭煌には戻ってもらい、今度こそエアレスに前線に出てもらう。ポッドさんの言う通り、勝負はまだついていない、反省会は後回しだ。目の前のバトルに、集中しなければ。

『私を使いこなしてみろ、主』
「……!」

 私の横を通り過ぎざま、エアレスが言った。小さな声だったけれど、しっかり耳に残る言葉。はっとしてエアレスの姿を追うも、マドレーと向き合う背中が見えるばかりで視線が合う事はない。

「バオップ対ツタージャだね、始めっ!」

 デントさんが旗を振り下ろすと、ポッドさんが不敵に笑う。

「さっきのツタージャか……炎タイプのバオップに草タイプで挑んでいいのか? チャレンジャーは交代OKだぜ?」
「不利なのはわかってます。でも、エアレスの意思を優先したいんです。だから、交代しません!」

 それに、エアレスの期待に応えたい。私との関係を長続きさせてみたいと思ってくれたエアレスに、ほんの少しでも私が成長したところを見せたい。気持ちを切り替えて、は簡単にはできないけれど、今度は納得のいく形でバトルに勝ちたいんだ。

「そうか、ポケモンの気持ちを汲んでやる、良い心がけだ! けど、気持ちだけで相性をひっくり返せるか!? マドレー、弾ける炎だ!」

 今度の先攻はポッドさんだ。マドレーは大きく息を吸い込むと、薙ぎ払うように炎の連弾を繰り出した。一つ一つの火の玉が大きい。

「エアレス、かわして!」

 いくらエアレスが強くとも、炎タイプの技が直撃すればただでは済まない。回避の指示を、エアレスは危なげなく聞いてくれた。しなやかな身体をバネのように弾けさせて、高く跳躍して炎をかわす。

「そのまま叩きつける!」

 蔓の鞭もグラスミキサーも、炎タイプにはあまり効かない。なら、草タイプ以外の攻撃でダメージを与えるしかない。エアレスは身体を前転させ、落下の勢いに遠心力を乗せて尻尾を振り下ろした。

「受け止めろ!」
『おうよ!』

 マドレーは両手を突き出して、エアレスの尻尾を真っ向から受け止めた。衝撃にずるずると後退したが、それでも踏みとどまっている。

「いいぞマドレー! 逃がすな、もう一発弾ける炎だ!」
「!?」

 ポッドさんが小さくガッツポーズをして、再度弾ける炎の指示を出す。かわされないように、敢えて受け止めて拘束したのかと、今更気づいても遅い。がっしりと尻尾を掴んだまま、息を吸い込む予備動作に入るマドレー。これじゃ避ける事も受け止める事もできない、いや。

「そうだ、蔓の鞭! ひっぱたいて!」

 エアレスの得意技、蔓の鞭。私も不本意ながらしょっちゅう受けているから威力は実証済みだ。口から出る技なら、顔の向きを変えられればダメージを抑えられるはず。

『ぶっ!?』

 弾ける炎が放たれる間際、エアレスの蔓がマドレーの横っ面を強烈にひっぱたいた。あれは痛い。自分で指示した攻撃とはいえ、マドレーに妙な同情をしてしまった。大きな火の玉は明後日の方向へ放たれ、壁にぶつかって弾けた。超至近距離のせいで熱風は受けてしまったが、直撃しなかっただけマシだ。蔓の鞭の衝撃で拘束も解けて、エアレスはマドレーと距離を取り私の前まで戻ってくる。

『良い判断だ、主。私が身体に教えてやった甲斐があったというもの』
『えっ……お前、トレーナーとどんな関係なんだ?』

 頬をさすりつつ、マドレーが若干引き気味に尋ねてきた。絶対変な勘違いをしている。否定したいのだが、ここで反応してしまうとポケモンの言葉がわかるとばれてしまう。
 
『いや、単に私が主を下僕にしているだけだが?』
『えっ……ええーっ……』

 なんという事だろう。おまけにエアレスが余計な言葉を付け足すものだから、マドレーは完全にドン引きした顔で私とエアレスを交互に見てきた。くそう、エアレスめ。

「ん、どうしたマドレー? 集中しろ、今度はニトロチャージだ!」

 ただの鳴き声としてしか聞こえていないポッドさんに当然状況はわからないし、わからなくて本当に良かった。仕切り直しの指示に、マドレーも頭を振って雑念を追い払ったようで、両手を地について全身を燃え上がらせた。

『行っくぜぇぇぇぇ!』

 炎を身に纏ったマドレーは、四足で力強く突進してきた。

「これならさっきみたいに蔓の鞭で軌道を逸らす事もできねぇだろ! 行っけぇぇぇ!」

 ポッドさんの言う通り、燃え盛るマドレーには触れられない。自分から火傷しにいくようなものだ。

「かわして!」

 エアレスがひらりと飛び越えてかわすと、マドレーは勢いを殺しきれず真下を通り過ぎていった。

「なら、当たるまでニトロチャージを止めるな!」

 スピードを緩めず、軌道修正して再びエアレスを狙ってくるマドレー。心なしか、さっきより勢いが増しているような気がする……?

「ニトロチャージは自分の素早さを上げる効果がある! 命中するのは時間の問題だぜ!」
「そんなっ……ごめんエアレス、とにかく当たらないで!」

 私の疑問が顔に出ていたのか、ポッドさんが得意げに効果を教えてくれた。放っておけばどんどん素早さが上がっていくなんて、どう対応すればいいんだろう。ぐ、と手の平を握り込み、必死で考えを巡らす。炎技を無効にできる恭煌に交代するという手もあるけれど、エアレスの意思を、期待を無碍にしたくはない。とにかく当たらないで、なんていう私の無茶な指示を実行に移して、エアレスが時間稼ぎしてくれている間に対策を考えなければ。狼狽えるだけで何もできないのならば、ビスケ戦の二の舞だ。考えろ、考えるんだ。

『主! 避けてばかりでは勝てんぞ!』

 エアレスが怒鳴る。何度目かの回避、今度は半身になってマドレーをやり過ごしたが、炎が掠った鱗が煤けてしまった。駄目だ、次は避けきれない。何とかしてマドレーの素早さを下げるか、動きを止める方法はないだろうか。相手を、動けなく、するには。

「エアレス、ギリギリまで引き付けて!」

 賭けになってしまうが、他の作戦を考えている余裕も時間もない。エアレスはほっそりした足を踏みしめて、迫りくるマドレーを見据えた。

「蛇睨み!」

 私がカラクサタウンの広場で、エアレスに動けなくさせられた技だ。この技なら、うまくいけば麻痺で動きを止められると思いついたのだ。
 背中しか見えないが、エアレスはとても怖い顔でマドレーを睨みつけたのだろう。あと二、三歩進めば、ニトロチャージが命中する距離。にも拘わらず、マドレーはぴたりと動きを止めた。身震いして毛を逆立て、炎も引っ込むように消えてしまった。上手く麻痺状態になった、今がチャンスだ。

「蔓の鞭で打ち上げて!」

 初めてエアレスとバトルした時、ベルのぶーちゃんと戦った時の動きを思い出しながら叫んだ。マドレーの麻痺がいつ解けるかわからない。なら、踏ん張る足元のない空中に打ち上げてしまえばいいのだ。

「決めてエアレス! 叩きつける!」
『これで終わりだ!』

 マドレーよりも高く跳び上がったエアレスが、渾身の力で尻尾を振り下ろした。受け身も取れずまともに食らったマドレーは、地響きを立ててフィールドに叩き落される。衝撃で土埃が舞った。

「マドレー!?」

 フィールドにめり込んだまま、マドレーは動かない。デントさんが駆け寄って覗き込む。

「バオップ、戦闘不能! ツタージャの勝ち! よって勝者、カノコタウンのシロア!」

 チャレンジャー側の旗が、高々と上がる。チャレンジャー、つまり、私の。私、勝ったんだ。


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