04


 私の目の前には、青い屋根のひときわ存在感を放つ建物がそびえている。レストランも兼ねているここは、お洒落な雰囲気を醸し出していて、かと言って高級過ぎず入りやすい雰囲気ではある。にも拘わらずとんでもない威圧感を感じるのは、これからジムに挑むという緊張のせいだ。

『いつまで突っ立っている気だ、邪魔になるだろう』
「んぎゃ」

 深呼吸して気持ちを落ち着けていたら、エアレスの蔓にお尻を叩かれた。衝撃で押し出されるように数歩進み、ドアをくぐってしまう。

「いらっしゃいませ。ポケモン様含めて、何名様ですか?」

 中に入ると、すかさず可愛らしい制服のウェイトレスさんに声をかけられた。ウェイトレスさん越しに見える店内は、朝ご飯には遅く昼ご飯には早い時間のせいかお客さんの数はまばらだ。印象的なのは、大きなモニターがフロアの中央、四面に向けて吊り下げられていて、どの方向からでも画面が見えるようにされている点。紅茶の良い香りが漂ってきて、少しだけ緊張が紛れた。

「あの、ジム戦の予約をしていた者なんですけど……」
「十時からご予約のシロア様ですね。お待ちしておりました。では、お席までご案内致します」

 にっこりと微笑んだウェイトレスさんに導かれ、フロアを突っ切って更に奥に進む。一歩毎にどきどきと煩くなる心臓を宥めようと、ネックレスを握り締めた。大丈夫、昨日あんなに練習したんだ。お父さんからアドバイスももらった、エアレスも恭煌も弱くなんてない。私が落ち着いて対応できれば、きっと上手くいく。

「では、こちらになります」

 スタッフ用、にしてはお洒落で輝く星の意匠が施されたドアを、ウェイトレスさんが丁寧に開けて先に進むよう促した。ごくりと唾を呑み込む。この先に進めば、いよいよ始まるのだ。
 ここでエアレスの手、いや蔓を借りるわけにはいかない。意を決して、自分の力で足を踏み出した。

「「「ようこそ、サンヨウジムへ!!」」」

 レストランエリアよりもずっと眩しい場所に出て、目を細めていたら、綺麗に揃った三人分の声が響いた。明るさに慣れた目で、改めて周りを見る。
 白い壁に囲まれた、広々としたバトルフィールド。私が立っている反対側には、パンフレットでも見た水、草、炎、それぞれのエキスパートであるジムリーダーが並んで立っていた。

「来たなチャレンジャー! オレは炎タイプのポケモンで暴れるポッド!」

 赤い髪のポッドさんが好戦的な笑みを浮かべて拳を突き上げる。

「水タイプを使いこなすコーンです、以後お見知りおきを」

 青い髪のコーンさんはポッドさんとは対照的に、胸に手を当てて会釈した。

「そして僕はですね、草タイプのポケモンが好きなデントと申します。数あるポケモンジムの中から、最初のジムにこのサンヨウジムを選んでくれてありがとう」

 最後に緑の髪のデントさんが、丁寧なお辞儀で締めくくった。三人とも私とそんなに歳が変わらないように見えるのに、滲み出るオーラに圧倒される。これが、ジムリーダーの気迫。

「わ、私は、カノコタウンのシロアです! よろしくお願いします!」

 白い空間をひっくり返った声が抜けていった。初めてのジムリーダー、初めてのジム戦。緊張するなという方が無理だ。

『主、落ち着け』
「うん……大丈夫」

 流石に見兼ねたのかエアレスに尻尾で軽く背中を叩かれた。渇を入れられ、少しだけ呼吸が楽になる。

「おー初々しくて良いねぇ! お前の最初のポケモンは草タイプのツタージャ! という事で今回はこのオレ、ポッドが相手だぜ!」

 三人の中からポッドさんが進み出て、モンスターボールを手に取った。コーンさんは一礼して身を引き、デントさんは旗を取り出してバトルフィールド中央へ歩いてくる。審判をしてくれるのだ。

「これより、サンヨウシティジムリーダーのポッド対、チャレンジャー、カノコタウンのシロアとのバトルを始めるよ! ランクはノーマルランク、使用ポケモンは二体、交代はチャレンジャーのみ認められます。異論はないね?」
「はい!」
「おう!」
「それでは、両者ポケモンを!」

 ついに始まったジム戦。デントさんの合図で、まずポッドさんがボールを放り投げた。

「行けっ、ビスケ!」
『任せろー!』

 ポッドさんの一番手はヨーテリー。家の周りの森にも住んでいた、馴染みのあるポケモンだ。使用ポケモンは二体だから、最初はノーマルタイプで様子見、次に得意なタイプのポケモンで仕掛けるつもりだろう。
 後に控える炎タイプにエアレスは不利だし、特性が貰い火で実質炎技を無効にできる恭煌に戦ってもらうとしよう。よし、ここはエアレスに決めた!

「行くよ、エアレス! いたぁーっ!?」

 びしっと相手を指すと、エアレスが頭上から飛び降りた。そのままバトルフィールドに向かうと思った次の瞬間、ばっちん、と聞き慣れてしまった音と共に伸ばした手が叩き落とされた。いきなり自分のトレーナーを攻撃するなんて予想外の展開に、ポッドさんもビスケも目を丸くしている。

「あの……エアレスさん?」
『私に前座の相手をさせようなど、随分見くびられたものだな。犬は犬同士戯れさせておけばいいだろう』

 私と違って全く緊張していないエアレスは、蔓で私のベルトにセットされたボールを弾いた。あんまりな物言いにビスケが吠えたてる。

『ぜ、前座だとぉ!? 先鋒だ、切り込み隊長だ訂正しろ!』
『ふぅ……弱い犬ほどよく吠えるらしいな。後は任せたぞ犬』
『オレも前座扱いかよ、ふざけやがって』

 代わりに出てきた恭煌は低く唸ってビスケを見据えた。対峙するビスケはぶるりと震え、耳を伏せて毛を逆立てた。恭煌の特性、威嚇じゃないはずなんだけど。

「恭煌、やってくれる?」
『ムカつくが、退くのも癪だ』

 ガルル、と牙を剥いて戦闘態勢を取る恭煌。エアレスも私の隣で落ち着いてしまったので、初戦は恭煌に頑張ってもらう事になりそうだ。

「えーっと……始めていいかい?」
「ハイ……」

 苦笑するデントさんにどうにか返事する。とてつもなく恥ずかしい、穴があったら入りたい。と、口にすると後でエアレスに本当に穴に埋められそうなので、心の中で思うに留めた。

「では、ヨーテリー対デルビル、始めっ!」
「よっし! 先攻は譲るぜ、チャレンジャー!」
「ありがとうございます! 恭煌、騙し討ち!」

 恥ずかしさを打ち消すように努めて大きな声を出す。お言葉に甘えて、先手を取らせてもらおう。まずは、確実に当てに行きたい。言う事を聞いてくれるか心配だったけど、まっすぐビスケに突き進んでいく恭煌を見るとひとまず大丈夫そうだ。というか騙し討ちなのにまっすぐぶつかって大丈夫?

『おらよっ!』
『うわっ!?』

 ビスケにぶつかる寸前、恭煌は飛び上がった。急な動きに反応が遅れたビスケの後頭部を蹴り飛ばし、着地したかと思えばよろめいたビスケの背中へタックルを食らわせる。正面突破と見せ掛けて背後からの攻撃、確かに騙してる。

「おー、やるな! ならビスケ、距離を取りながら奮い立てるだ!」
『うおおっ!』

 ビスケは素早く体勢を整えて走り出し、勇ましく吠えた。奮い立てるは野生のヨーテリーもよく使うから、効果は知っている。あれは気合いを高めて攻撃と特攻を上げる技だ。積まれる前に倒さなくては、どんどん不利になる。

「火の粉!」

 この距離なら、恭煌は悪の波動も火の粉もどちらも使う。ただ、火の粉の方が威力が低めな分、溜めが少なく出が速い。昨日の特訓で学んだ事だ。走るよりも速く届く遠距離技で、離れたビスケを追ってもらう。怯んで動きが鈍れば、改めて悪の波動で攻撃したいところなんだけど、相手はジムリーダー。そう都合良く進むはずもない。

「穴を掘ってかわせ!」

 素早く穴を掘って、ビスケは視界から消える。巻き上げた土が火の粉の大部分を弾き、尻尾を少し焦がしただけでかわされてしまった。地下に潜り、姿の見えないビスケがどこから攻撃をしかけてくるかわからない。

「どうしよう……恭煌、気をつけて!」
『っるせぇ、テメェに言われなくてもわかってらぁ!』

 恭煌は忙しなく目と耳を動かして周囲の様子を探っている。
 落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせながら、お父さんのアドバイスを思い出してみる。相手の動きをよく見ろと、それがバトルの基本だと言っていた。でも相手が見えない今、どうやって気をつければいいんだろう。
 攻撃のチャンスを伺っているのかビスケは未だ潜ったまま。穴を掘るは地面タイプの技、恭煌には効果抜群で、しかも奮い立てるで攻撃力を上げた後だ。当たれば大ダメージを受けてしまう。
 当たったらどうしよう、そればかり考えてしまって、対策が何も思いつかない。もたもたしている間に、恭煌の足元がぼこりと波打った。

「今だビスケ!」
「恭煌!」

 恭煌は下から突き上げてきたビスケに吹っ飛ばされた、かに見えた。お腹に頭突きを受けながらも、恭煌は身体を捻ってビスケの首に食らいつき、牙を燃え上がらせた。ダメージに悲鳴を上げたのはビスケの方だ。

「ああっ、ビスケ!?」

 ポッドさんの呼びかけに、ビスケは答えられなかった。騙し討ちのダメージに加えて、急所の首に攻撃が当たったからか。ぶすぶすと煙を上げて目を回している。

「ヨーテリー、戦闘不能! デルビルの勝ち!」
『けっ』

 咥えたビスケを放り出し、冷めた目で見下ろす恭煌。「よくやった、ビスケ」とポッドさんがボールをかざし、戦闘不能になったビスケは赤い光に包まれフィールドから消えた。赤い光を目で追った後、恭煌はじろりと私を一瞥した。

「……」

 判断が、指示が、間に合わなかった。ビスケが穴を掘って地中にいる時、私は狼狽えて見守るしかできなかった。攻撃の瞬間も、ただ恭煌の名前を叫んだだけだ。恭煌が自分で炎の牙を使うという判断をして、結果勝てたわけだけれど。指示なしの攻撃を審判のデントさんに見逃してもらえたのは、一回しかやっていないからか、私がバッジ0だから大目に見てもらえたのかわからない。勝てた嬉しさよりも、反省する点の方に天秤が傾いて、バッジゲットが見えてきたというのに全然気持ちが軽くならない。

「なあ、そのデルビル……もしかしてオレが引き受ける予定だったポケモンか?」

 ビスケのボールをベルトに戻してから、ポッドさんが尋ねた。そういえば恭煌、ジムリーダーに保護してもらうって手筈になっていたんだった。炎タイプ専門であるポッドさんのところに話が行っていたのか。

「そうです。すみません、準備してもらっていたのに……」
「いいや、それがお前とデルビルの選んだ道ならオレは何も言わねぇ。なんか訳アリらしいからバッジ0のトレーナーには荷が重いかもしんねーけど、頑張れよ。何かあったらいつでも相談に乗ってやるぜ! さあ、勝負はまだまだこれからだ、行くぜ!」

 ポッドさんは少しも翳らない闘志を燃やして、次のボールを手に取った。


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