03


 無料配布されているサンヨウジムのパンフレットを取り、ついでにジムに足を運ばなくてもポケモンセンターでできるそうなので、ジム戦の予約もしておいた。
 サンヨウジムのルールは、三人いるジムリーダーの内一人とシングルバトルするというもので、全員を倒す必要もないと知って安心した。最初にトレーナーカードに登録されたポケモンの弱点を突くように対戦相手が決まり、特に相性の有利不利がない場合はランダムに決まるらしい。私の場合、最初のポケモンは草タイプのツタージャ。となると、対戦相手は炎タイプのジムリーダー、ポッドさんだ。不利な状況ではあるが、懸念していた三対二よりは断然マシだ。
 予約の時間は明日の朝十時、朝一番の枠だ。ライブキャスターで随分長く話していたけれど、現在まだ午前中。午後いっぱい使って、エアレスだけでなく恭煌とも、きちんと連携できるようになっておかなければ。そして一晩ゆっくり休んで、万全の体調でジム戦に臨む。うん、我ながら完璧な計画だ。

「えーっと……恭煌の覚えている攻撃技は噛みつく、炎の牙、雷の牙、だまし討ち、悪の波動、火の粉、焼き尽くす、スモッグ。補助技は睨みつける、遠吠え、吠える。この中から四つ使って……」

 画面に表示された技の名前をメモに取っていく。手持ちポケモンの覚えている技は、ポケモンセンターに置いてある測定機を使えば、本人に聞かなくても把握できるらしい。科学の力ってすごい。ポケモンの言葉もわからない、擬人化もできない時はどうやって使える技を確認するのかずっと疑問だったが、今日またひとつ賢くなった。
 もちろん測定機の操作は手の空いているタブンネを呼び止めて教えてもらった。親切丁寧に教えてもらったが、次もまた手を止めさせる事になりそうだ。本当に申し訳ないが、頭上のエアレスに指導料を払うよりは私は優しいタブンネさんを選ぶ。

「よし」

 一通りメモを取り終え、ポケモンセンター内のトレーニングルームに向かう。他の利用者から離れたところで、恭煌にも出てもらった。

「恭煌、ジム戦に備えて練習しよう」
『断る』
「なんで!?」

 即答された。恭煌は面倒臭そうに背伸びする。

『逆にする必要あんのか? 勝てば良いんだろうが』

 これは、エアレスとは違う方向で自信家だ。いや、野生的というべきか。僅かな情報しかない恭煌の経歴から、戦いに慣れているのは予測できる。でもジム戦は、ただ勝てれば良いというものではないのだ。

「あのね、あんまり連携取れてないと、失格になるかもしれないって……」
『それがどうした。テメェが失格になろうがオレには関係ねぇ』

 ……困った。バッジが欲しいというのはあくまでも私の意思であって、確かに恭煌には関係ない。このままだと失格の可能性が高まるだけだし、エアレスに頑張ってもらうしかないのか。もしくは、2番道路まで戻って仲間になってくれそうなポケモンを探すか。
 どうしようか、の意味を込めてエアレスを見ると、腕組みして恭煌を見下ろしていた。

「ほう、つまり貴様は負け犬で格下だと、見ず知らずの人間に判断されても良いというわけだな」
『あ゛ぁ?』

 ぴくりと耳を動かした恭煌がエアレスを睨む。今にも飛びかかりそうだ。それでも余裕を崩さないのが流石我がパートナーである。

「ジム戦でトレーナーの指示を無視していれば、相手を倒そうが負け判定されるという事だ。貴様がどう思っていようと、主だけでなく、貴様もその負け犬のカテゴリとして人間から見られるぞ。回避したければジム戦でくらい飼い犬を演じてやるしかないが?」
『チッ……わかったよ』

 舌打ちの後、少し間を置いて、渋々といった様子で恭煌はこちらを向いた。私と連携するよりも、自分含めて負け判定される方が耐えられないらしい。またしても消去法で納得されたわけだが、嘆いても仕方ない。

「練習、してくれるんだね。ありがとう、それじゃあ、あの的に向かって火の粉!」

 ポケットに入れたメモを取り出し、改めて使える技を確認する。まずは一通り、どんな感じか見せてもらった方がいいかな。
 恭煌は的を睨みつけると、大きく息を吸い込んで、真っ黒な波動を放った。……真っ黒?

『オレが指示に従うんじゃねぇ。テメェがオレの出したい技に合わせろ。この距離ならオレは悪の波動を使う』
「そんな無茶な」

 バトルはトレーナーの独断だけで成り立つものではない、それは理解できる。でもポケモンの判断に合わせて技を選択するバトルなんて聞いた事もない。私が知らないだけであるのかもしれないが、少なくとも私にそんなハイレベルなスキルを要求されても無理だ。

『人間は大嫌いだが、その人間を手下にするってのは悪くねぇな。オラさっさと次の技出すぞ』
「熱っ!?」

 頬っぺたを火の粉が掠めて、びっくりして飛び上がった。直撃させなかったのは恭煌なりの手加減なのか、次は当てるという脅しなのか。相変わらず刃物のように鋭い眼光からすると、十分後者もあり得るから怖い。

『やらねぇのか。ならいい』
「やります練習させてください」

 もう腹を括るしかないようだ。ジム戦の練習は、私が思っていたよりずっとハードになりそうだった。これはおそらく私の方がバテてしまう。予約を明日にした少し前の私の英断に拍手を送りたい。


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「はー疲れた……」

 ふかふかのベッドに転がり込むと、柔らかく沈んだ。疲労感も相まってとても心地良い、意識までこのまま沈んでしまいそうだ。

「また芋虫の真似か。前より上達しているぞ、主は才能があるな」
「今は芋虫でいいや……そのうち蝶になって羽ばたくんだ……」

 エアレスの弄りにも反論する気が起きないくらいには疲れた。恭煌に脅され、エアレスの攻撃に「うっかり」巻き込まれ、近くでトレーニングしていた短パンの少年に心配されるくらい満身創痍になってしまった。怪我の療養で鈍っていたせいもあるかもしれないけれど、ジム戦って練習だけでこんなに疲れるものだったんだ。世の中のリーグ挑戦者はすごい人ばかりだ。トウヤやチェレンもこんなボロボロになっていたりするのだろうか。顔を合わせていないけれど、一緒に旅立った皆はどこまで進んだのかな。
 ぼんやり考えながら転がり、エアレスの方へ向く。ベッドが微かに軋み、深緑の髪がさらりと揺れた。

「何だ、主」
「エアレスのおかげで、恭煌が一緒に練習する気になってくれたから。ありがとうって、言おうと思って」
「私だけが戦うとなると負担が増えるのでな」

 素っ気なく返されたが、満更でもなさそうだ。回復した後、ボールに閉じ篭ったまま出てこない恭煌はこの会話を聞いているのだろうか。

「それにあの犬には調教……いや協調性を持たせなければ」
「ねぇわざと言い間違えなかった?」

 ちらりと恭煌のボールに目を向けてみたが無反応。聞いていれば間違いなく怒って噛みついてくるので、既に寝ているようだ。

「……でも、良かったのかな。バッジ欲しいってわがままに、付き合わせちゃって……」

 練習していた時は一生懸命だったのに、一息ついて、湧き上がってくる迷い。エアレスは乗り気であったけれど、恭煌はジム戦に興味がある風ではなかった。人間嫌いなのだから、人間が決めたシステムの人間が決めたルールの戦いに参加させるのは、かなりのストレスになるんじゃないか。ストレスになる事を強要するのは、トレーナーとして悪手ではないか。

「確かに、独りよがりだな」
「……う」

 エアレスの指摘が突き刺さり、思わず呻き声が出る。エアレスはベッドに手をついて、私に身を寄せた。

「早とちりするな。貴様について行くと決めたのは私の意思であり、あの犬の意思だ。ならば貴様を選んだ責任として、我々はある程度は貴様に協力する義務がある」
「義務かあ……あいたっ」

 ばちん、とおでこで良い音が弾けた。原型の時よりも手が大きいのを良い事に、デコピンを食らわせてきたエアレスは楽しそうに笑う。

「励ましてやっているのだ馬鹿主め。我々ポケモンは戦闘本能の強い生き物だ。ましてあの犬は意思だけで無理矢理戦い続けてきたような奴だ。己の強さを示す機会と思えばあの犬の主義には反しないだろう。第一、本気で嫌な事に従うほどあの犬が大人しい性質だと思えんが。だから気にし過ぎるな」

 なるほど、思い出してみれば、恭煌は指示に従うのには渋々だったが、技を力を振るう行為そのものは嫌がってはいなかった。なら、今更迷う必要はないのかもしれない。ところで、励ましてくれるのは嬉しいが、このデコピンは果たして必要なのか。恨みを込めてエアレスを睨みつける。効果はないみたいだ。反撃が全く効かない現状にひっそりと肩を落とし、一度目を閉じて気持ちを切り替える。目を開くと、硝子玉のような朱色の瞳と視線が混ざった。

「勝とうね、エアレス」
「当然だ」

 何はともあれ、明日はいよいよジム戦だ。小さく気合を入れて、布団を引き寄せた。


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