01
「ありがとうございます。お世話になりました」
「いえいえ。お大事になさってくださいね。デルビルちゃんも、シロアさんも」
お礼を言って、ジョーイさんから真新しいモンスターボールを受け取った。私の新しい仲間、デルビルのボールだ。
デルビルが目覚めてから退院できるまでそう時間はかからなかった。尽くせる治療はほとんど終わっていて、後は意識が回復するのを待つばかり、という状態だったから。ついでに私の怪我も、まだ跡は残っているもののほぼ完治だ。
怪我については私もデルビルもとりあえずクリア。しかしひとつ問題が解決したら、また次の問題がやってきてしまう。
「ねぇエアレス。気に入ってくれるかな?」
『私に聞いてどうする』
「ちょっと勇気づけてくれたっていいじゃん……」
緊張を紛らわせるために頭上のエアレスに声をかけつつ、部屋に戻った。これからデルビルと、大事な話をしなくてはいけない。
「出てきて、デルビル」
ボールを床に向け呼びかけると、飛び出してくる黒い影。デルビルは軽く身震いして、じろりと私を見上げた。
『何か用かよ』
消去法で選ばれただけあって、友好的な雰囲気はかけらもない。エアレスといいデルビルといい、トレーナーとしてド素人の私が対応するには難しいポケモンばかりが仲間になっている気がする。ポケモンと話せなければ多分泣いていた。デルビルに関しては自分で選んだ道なので、後悔はしないけれど。
深呼吸してから、しゃがんで目線を合わせた。
「あなたの名前、考えたの。聞いてくれる?」
ポケモンへ名前をつける事をNさんは烙印と言っていたけれど、私はそうは思わない。名前は、私達人間と共に生きてくれるポケモンへの、人間からの最初の贈り物だ。私の仲間になってくれたデルビルへ、ありがとうとこれからよろしくの気持ちを込めて。
「恭煌って、どうかな。嫌なら他にも候補あるし、どれも気に入らなければ考え直すよ」
エアレスは既に名前がついていたから、名前をつけるのは何気に初めてだった。これから、期限付きだとしても暫くの間使う名前なのだから、適当な名前にはしたくなかった。
即興で名前を考えられるほどのセンスは、残念ながら私にはない。だからデルビルを仲間にすると決めた夜に、ポケモンセンターから借りた辞書を見ながら名前を考えた。それはもう、頑張って考えたのだ。
響きが良くて、意味の込もった名前にしたい。それが何より重視したい条件。炎タイプだから、火に関係ある文字を使いたいし、それから……ぺらぺらとページをめくり、戻り、気になった文字をリストアップして。たっぷり悩んだ末に、三つほど候補を絞った。今告げたのは、その中でも自分で一番気に入っている名前だ。受け取ってくれるといいんだけど。
『どうでもいい。呼びたいように呼べ』
息を呑んで見守る中、面倒臭そうな返事が返ってきた。炎タイプなのに冷たい対応に肩を落とす。温度差で風邪を引きそうだ。まあでも返品はされなかったから、悪くはないんだろう。この名前で決定だ。
「じゃあ、これから恭煌って呼ぶね。よろしく、恭煌」
つけたばかりの名前を呼んで笑いかけたのだが、速攻でそっぽを向かれた。め、めげないぞ私は……。
恭には思いやり、誠実という意味がある。憎悪で燃えていた炎が、いつか優しさを湛えて輝きますように。名前に込めた意味を伝えたら、今の恭煌は拒絶するに違いない。だけどこの先、恭煌が名前の由来を受け入れて、誇ってくれるような、そんなポケモンになってくれると信じたい。
さて、ひとまず無事に名付けの儀式が終わったところで、旅の本来の目的を進めよう。サンヨウジムのレストランで話題のスイーツを……じゃない、サンヨウジム、そうジムがあるのだ。挑戦して、バッジをゲットする。本当にやりたい事が見つかるまでの、当面の目標である。
ガイドブックによると、ここサンヨウシティには、珍しい事にジムリーダーが三人もいる。炎タイプの使い手ポッド、草タイプのエキスパートのデント、水タイプを操るコーン。まさか、最近できたという新ルール、トリプルバトルやローテーションバトルになるのだろうか。或いは連戦とか? どちらにせよ、手持ちが二体の私は圧倒的に不利だ。愛用のガイドブック、『まめぱとりっぷ』は観光とグルメを中心に扱っているため、ジム戦に関してそれ以上詳しい情報は書かれていない。もし三体いないと挑戦権すらないのだとしたら、急いで仲間を増やさなければ。まだ恭煌も仲間になったばかりで、連携どころか使える技も把握していないし……駄目だ、考えれば考えるほど、攻略できる気がしなくなってきた。始める前から弱気になってどうするんだ。