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 生い茂った木々が空をぎざぎざに縁取っている。崩れかけたコンクリートの廃屋や、鉄骨の剥き出しになった瓦礫がそこら中に散らばり、伸び放題の草に覆われてどこかもの寂しい。かつて誰かが未来に思いを馳せて築いた人工物は、在りし日の面影を残しながら、ひっそりと自然に駆逐されるのを待っている。夢の跡地とはよく言ったものだ。

『静かだな』

 さっきのマメパト以外にも道すがらエアレスが聞いてくれたおかげで、デルビルらしきポケモンがここに来たのはほぼ間違いない。朝の早い時間なせいか人の姿はなく、突然現れた私達を警戒しているのか、単にまだ寝ているのか、ポケモンの姿も見えない。

「ここのどこかにいるはずなんだけど……」

 軽く見渡しただけでも、小型のポケモンが隠れ潜むには十分な隙間や物陰がたくさんある。早速見つけられるか不安になってきたが、それでもなんとかして見つけ出すしかない。

「とにかく、廃屋を中心に探そう」

 奥に向かおうと、草をかき分けて、崩れた壁の隙間がないか探して歩く。丈夫なつくりで、屋根があったり、身を隠せたりするこの場所は野生ポケモンの棲み処にはちょうどいい。この辺りに住んでいるポケモンが使う道が、絶対にあるはずなんだ。 

『……主、何故そこまでデルビルに執着する?』

 ふと問い掛けられて、立ち止まった。エアレスは続けた。

『捕獲もしていない、むしろ襲ってきた相手だぞ。自力で逃走したのだ、野生に戻ったと割り切るべきではないのか?』

 エアレスの指摘も尤もだった。きっと相手がただ怪我をしただけのポケモンだったら、これ以上干渉しない方がいいという判断もしたかもしれない。だけど私は、あのデルビルの暗く燃える瞳を見てしまった。鋭いがどこか危うい心に、ほんの少し触れてしまった。

「そう言われると確かにその通りなんだけど、やっぱりこのまま放っておけないよ」
『相手が望んでいなくても?』
「何も無理にゲットするつもりはないよ。完全に回復して、もう大丈夫だってなったら後はデルビルの好きなようにさせる。それに」

 昨日眠りにつくまで考えていた事。私はあのデルビルに対して、これからどう動けばいいのか。微睡みながら思考を繰り返していたが、案外、答えはシンプルなものなんだろう。きっと必要な答えは何をすればいいか、何ができるかではなく、私自身が何をしたいか、だ。そんなもの、決まっている。ただ助けたいから助けるのだ。

「助けようと手を出したのは私。だから、助けが必要じゃなくなるまで見届ける。それが責任だと思うから。それに、人間全部が悪い奴だって思われたままなの、寂しいじゃん」

 要は、私のただの自己満足だ。デルビルに話した事を、行動でも示したい。それが身体的、精神的を問わずデルビルの助けになると信じている。直接何かが変わらなくても、いつか変わる材料のひとつになると信じているから。エアレスは盛大に溜め息をついた。

『……はあ。間抜けで食い意地が張って貧乳な芋虫体型だけでなく、呆れるほどのお人よしと来たか、貴様は。そうやって、この先出会う全てのポケモンに手を差し伸べる気か?』
「う……そりゃあ全部助けられるとも思えないし、私ができる事なんてたかが知れてるよ。でも、手が届く範囲の誰かの力になりたいって、考えたっていいんじゃないかな……待ってさっき芋虫って言った? 今体型関係ない」
『先が不安だ。まあ仕方ない、下僕の手綱を握ってやるのも私の役目か』

 世話が焼ける、と再度溜め息をつくエアレス。その直後だった。
 大気が揺れた。驚いて一斉に飛び立つ鳥ポケモンの羽音が遠く聞こえる。

「今の、もしかして!」

 寂しくとも平和なこの場所には不釣合いな、爆発音。音は大きくはなかったが、何だろう、すごく嫌な予感がする。私の足は、自然と音のした方へ駆け出していた。爆発音にデルビルが関係あると決まったわけじゃない、でも無関係とは言い切れない。高い草や瓦礫や錆びたフェンス、障害物の間を縫うように走る。もう一度、技と技がぶつかり合うような音が、かなり近く聞こえた。

『止まれ。誰かいるぞ、主』

 私の前に飛び降りたエアレスが、蔓を伸ばして制止をかける。頷いて、できるだけ音を殺して進んだ。 
 微かに話し声がする。そっと、物陰から様子を伺った。


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