06


 翌朝。

「起きろ、主」
「ぶふぁっ!?」

 顔面に衝撃を受けて何が何やらわからない内に飛び起きた。じんじんする鼻を抑えて見れば、ベッド脇に佇むエアレスと目が合った。擬人化していてもひらひらと揺れる尻尾に、さっきの衝撃の出所を悟る。

「朝から何!? 私まだ何もしてないよね?」

 エアレスに叩き起こされる理由がわからない。時計は六時、寝過ごしたどころかまだ早朝の部類だ。寝言やいびきがうるさくて目が覚めたから不機嫌だ、とか? 私にそんな癖はなかったはずだけど、旅に出て環境が変わったせいでもにゃもにゃ言うようになってしまったのかもしれない。だとしたら申し訳ない上に恥ずかしい。
 原因をあれやこれや悩んでいると、(面白そうに)私の様子を眺めていたエアレスが、原型の時のように腕組みして言った。

「主、デルビルの件でジョーイから連絡があった。来れるならばすぐに来いと」
「それ早く言って!」
「あまりに主の顔が愉快だったのでな、つい言いそびれた」

 顔が愉快って地味にムカつく言い方だ……と抗議したいが後回しだ。こんな時間に連絡が来るなんて、間違いなく緊急事態なのだから。大急ぎで着替えて顔を洗い、デルビルの病室へ向かった。ちなみにエアレスは原型に戻り、私の頭上に陣取っている。自分で移動する気はないらしい。
 病室の前で、ちょうど向こう側から早足で歩いてくるジョーイさんと鉢合わせた。挨拶もそこそこに、ジョーイさんは口を開いた。

「ああシロアさん、朝早くにごめんなさいね。だけど、デルビルちゃんを気にかけていたあなたにはどうしても伝えなければと思って……あのデルビルちゃんが、いなくなってしまったんです!」
「えぇっ!?」

 デルビルがいなくなった? ジョーイさんに続き病室に入ると、ひんやりした風が頬を撫でた。――風?
 風の出所は中途半端に開いた窓だ。状況を理解した瞬間、血の気が引いた。
 昨日、私が窓を開けて。その後、しっかり鍵をかけただろうか? 鍵を開けた記憶はあるが、かけた記憶はひとかけらもない。おまけにデルビルの視線はずっと私に注がれていた。つまり、窓の開け方を見ていたのだ。

「私の、せいだ……」

 なんという事だろう。深く考えずにした行動が、大変な事態を招いてしまった。

「いえ、シロアさんのせいじゃないわ。私達がチェックをきちんとできていなかったのが原因なの……」
「どちらの責任だとかどうでもいい。主、探すのか?」

 私の頭上から飛び降りたエアレスは、ジョーイさんにも伝えるためか擬人化して言った。そうだ、起きてしまった事実は変えられない。だけど、これから挽回する事ならできる。ふらついた足に力を込めて、ジョーイさんの方を向いた。

「ジョーイさん、私、デルビルを探しに行きます」
「お願いできるかしら? あの子、まだ安静にしてなきゃいけないのよ。私も探しに行きたいのだけど、これから夜勤のタブンネと交代しないといけなくて。押し付けてしまってごめんなさい」
「大丈夫です。必ず、見つけてきます!」

 ジョーイさんが診ているポケモンはデルビルだけではない。忙しい中、私に連絡を寄越してくれただけでもありがたいのだ。デルビルを助けたいと思ったのも、ポケモンセンターに連れてきたのも私。ならば、いなくなったデルビルを探すのだって私の役目だ。部外者の私が、なんてうだうだ悩んでる場合じゃない。
 私の頭上に戻ったエアレスと共に、ポケモンセンターを出る。いつ出て行ったのかは不明だが、決して大きくはない歩幅に回復していない体力。あまり遠くには行っていないはず、だと祈るしかない。

「エアレス、どっちに行ったと思う?」

 手掛かりはないかときょろきょろしてみるが、そう都合よく何か見つかるわけでもない。エアレスと手分けして探すべきか、ある程度の方角くらいは決めるべきか。

『ふむ……奴は人間を嫌っていた。ならば、街の中心部に向かうとは考えにくい』
「確かに。じゃあ、北の方を探そう」

 私が、人間嫌いな森のポケモンだったらどうするだろうか。できるだけ人の気配の少ない、街の外側。寂れた方へ向かうだろう。街の中心部は南側だからその反対側、つまり北側だ。もし当てが外れたら、デルビルとの距離はどんどん広がってしまうけど、私とエアレスの二人しかいない以上全ての方角を捜索する事なんてできない……いや。

『そこのマメパト』
『私? 何か用?』

 分かれ道に差し掛かるところ。電線の上で、羽繕いしていたマメパトにエアレスが声をかけた。デルビルはきっと、人間に見つからないように移動するだろうし、この時間に出歩いている人も少ない。でも、ポケモンなら。デルビルを見ているかもしれない。

『この辺りを黒いポケモンが通らなかったか?』
『黒い……そういえば、チョロネコより黒い、ヨーテリーみたいなポケモンがあっちに走って行ったわ。まだ暗い時間だったわね』

 そうして希望は実体を帯びる。マメパトが翼で示した、陽の昇る方角。

『感謝する、マメパト』
『いえいえ、お友達? ちゃんと合流できるといいわね』

 再び羽繕いに勤しむマメパトの応援を背に受け、私は明るくなり始めた道を、その先にいるだろうデルビルを見据えた。

「街の北東……確か夢の跡地って場所があった」

 デルビルの行先に見当がついたところで、一か所思い当たる場所がある。ガイドブックで見た情報と、ポケモンセンターの地図にあった情報を記憶の片隅から引っ張り出す。
 夢の跡地。何かの研究施設が放棄された跡地で、まだ建物のほとんどが撤去されず残っているらしい。寂れているものの、街から近いため特訓するトレーナーや廃墟マニアに密かな人気があるとか――ってそれは置いといて。

「もしデルビルがこの辺りの土地を知っているなら、雨風を凌げて身を隠せる夢の跡地を目指すと思う。そこで回復を待ってから、次の行動に移る……私がデルビルなら、きっとそうする」
『決まりだな。夢の跡地だ、主。よし走れ。舵取りは私がしてやる』
「自分で行くべき方向くらいわかりますー」

 こうして私達は夢の跡地に向かった。進んだ先に待ち受けているのがデルビルだけではないと、この時の私は思いもしなかった。


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