05


 ランドリールームに寄って、服を回収してから部屋に戻った。デルビルに会いに行く前に洗濯機に放り込んだ服は、既にあらかた乾いている。思っていた以上に時間が経っていたらしい。
 洗濯物を部屋に備え付けのハンガーで干していく。少し迷って、下着類は脱衣所に干す事にした。
 私の対応は、あれで良かったんだろうか。シャツの形を整えながら、ぼんやりとついさっきまでのやりとりを反芻する。思い返してみれば、自分でも何が言いたいのかよくわからなくなってしまった。
 結局ほとんど私の話をしただけで、デルビルについてわかった情報といえば人間を酷く憎んでいるという事くらいだ。人間だけでなく、人間と共にいるポケモンも同じだと言っていたっけ。Nさんを知っているらしい件についても、詳しくはわからなかったし……いや、これは推測できるか。だってデルビルがいた場所は、私がNさんと出会ったカラクサタウンのすぐ近くなのだから。あの演説の前後にNさんと接触していてもおかしくない。
 自分以外は全てが敵で、信用できない。デルビルの言動から滲み出ていたのは、剥き出しの刃物のような心の声。一体どんな過去を経れば、あれだけの感情を抱くまでに至るのか。きっと、私の想像すら及ばないような経験をしたに違いないのだ。そんなデルビルに私は、何をすればいいんだろう。何が、できるんだろう。そもそも知りたい、助けたいという想いだけで、部外者の私が関わるのは間違っているのだろうか。
 ……だめだ、考えれば考えるほど袋小路に迷い込む気がしてならない。どうにかして気持ちを前向きに切り替えないと。そうだ、もう晩ご飯にしても良い時間だ。カラクサタウンを出てからは走って、考えて、で、身体も脳みそもエネルギーを使い過ぎた。エネルギー不足のまま悩んだって納得のいく答えは見出せない。充電と気分転換、食事ならどちらもできるから一石二鳥だ。

「ふむ……やはりこんなものか」

 脱衣所を出ると、エアレスの声がやたらクリアに耳に届いた。同時にうっすらと聞こえるはずの本来の鳴き声が聞こえないせいだ。……鳴き声が聞こえないのにエアレスが喋ってる?

「どうだ、主。擬人化とやらをしてみたが……流石に初めてでは上手くいかんな」

 急いで声の方へ顔を向けると、見覚えのない少年が立っていた。
 さらさらした深緑の髪は、目にかかる前髪だけ目の覚めるような黄色。縦長の瞳孔を封じ込めた瞳は夕焼けのような、深く透明感のある朱色だ。その瞳で少年はしげしげと自分の両手を見つめている。滑らかな鱗に覆われ指も三本しかない、ツタージャのままの手。家族がポケモンだったせいか、いまいち人間の顔の美醜がわからないが、整った容貌……だとは思う。欠点の見当たらない顔立ちと原型の手は、ちぐはぐなようでいて、身に纏う雰囲気のせいかあまり違和感を感じない。偉そうな態度と口調に反して、エアレスは外見から判断すると私より年下のようだ。まあポケモンの場合、種族によって寿命は違うし、特に進化するポケモンは進化によって一気に成長したりするから、擬人化した外見年齢はあまりあてにならなかったりするんだけど。

「エアレス、擬人化できたんだ……」

 アララギ博士が言っていた。エアレスは擬人化しないから、詳しい話をする事もできないと。そのエアレスが今、人の姿をとっているという事は、お父さんのように体質でできないのではなく、敢えて擬人化しなかっただけだという事。しかし今、エアレスは私の前で擬人化してくれた。エアレスに何らかの心境の変化があったのは間違いない。何がどう変わったかはエアレスにしかわからないが、さっきデルビルの前でした話、私の素性を知った上でアクションを起こしてくれたのだとしたら、私の行動は少なくとも無駄にならなかったわけだ。さんざん馬鹿にされたり馬鹿にされたりどつかれたり馬鹿にされたりしたけれど、パートナーとの関係が進展した、それが目に見える形となって表れたようで素直に嬉しい。

「ああ、上手く行くかは別だがな。貴様にならこの姿を見せても良いと思った。それでどう思う、この姿。おかしいか?」

 俯きがちな視線のエアレスは、いつになくしおらしい。背後で揺れる尻尾も心なしか元気がない。完全な人型になれなくても、そんなに気にしなくていいのに。私のお兄ちゃんくらい、一見人間と区別のつかない擬人化をできる方が少なくて、耳や尻尾や足先など末端部に原型の名残があるのが普通なのだ。
 ああでもプライドの高いエアレスだから、何でも完璧にできないと嫌なのかもしれない。

「別に、おかしくないよ。身体の一部が原型のままなんて、よくあるらしいから。むしろ初めてでこんなに人に近い姿になれるのはすごいと思う」

 とりあえず思ったままを伝えてみたのだがエアレスの表情は晴れない。「主の分際で偉そうに」なんて矛盾した台詞と共に蔓の鞭が飛んでくる事もない。これはこれで調子が狂う。浮かない顔で、エアレスは続けた。
 
「ヒトでもポケモンでもない、半端な姿だ。或いはヒトではないモノが形だけヒトを繕った紛い物の姿だ。気味悪くないか?」
「全然気味悪くないよ。どんな姿でもエアレスがエアレスである事に変わりはないしいったぁー!?」

 ばしーん、聞き慣れてしまった音が、不意打ちの痛みと一緒にやってきた。思わず身体を曲げて蹲る。

「おお、出せたぞ主! この姿でも多少は技が出せるのだな」

 さっきまでのしおらしさはどこへやら、嬉しそうに破顔するエアレスの袖口から蔓が伸びて、私の脇腹にめり込んでいた。真面目な話の最中にいきなり空気を壊すのはエアレスの得意技か何かなのか。そして私を試し打ちの的にしないで欲しい。人間とポケモンを線引きしていないとは言ったが、それは概念的な話であって、ポケモンと人間では身体的に違うのは疑いようもない事実だ。人間の私がポケモンの攻撃を受けてなんともないはずがない。普通に痛い。

「どんな姿でも私は私、主の割に良い事を言うな。そうだな、どんな姿でも貴様との関係は変わらん。悩むまでもなかったな」
「浮かない顔してた原因ってそれ!? 私の心配を返してぐぇぇ」
「さあ主、食堂へ向かうぞ。次はこの姿の味覚がどんなものか試したい」

 私の首に蔓を引っ掛け、ずるずる引っ張っていくエアレス。あれデジャヴ。昨日の夜もこんな体験をした気がするぞ。原型の時よりも身体が大きくなった分、エアレスの一歩辺りの引っ張る距離も昨日より長い。つまり、速い。私は首が締まらないよう必死についていきながら、エアレスのおかげで、ある意味気分転換になっているなと頭の隅で思うのだった。


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