04


 ああそうか、私を狙ってきたのは、私が何か恨みを買ったからではなく、私が人間という括りに含まれているからか。デルビルの答えに、喉の奥につっかえていたものがすとんと落ちたようだった。そう、腑に落ちたのに、今度は空いたスペースと後味が気になってしまうのだ。この喪失感に似た苦味はなんだろう、初めて面と向かって拒絶されたから? それとも、私が「人間」だとはっきり線引きされたから?
 デルビルはひとまず戦闘態勢を止めてくれた。エアレスが控えている今の状態では、襲いかかるのが無理だと判断したのか。いや、単に次に飛びかかるために体力を温存しているのかもしれない。どちらにしても、無抵抗の相手を拘束したままでは居心地が悪い。私が目配せすると、エアレスは渋々といった様子で蔓を解いた。デルビルはエアレスを一瞥し、続ける。

『緑野郎にも言ったが、オレは慣れ合うつもりはねぇ。弱いくせに集まって偉そうにする人間も、ゴミみてぇな人間に飼われているポケモンも敵だ』
『それは違う。訂正しろ』

 エアレスが苛立ったように床に蔓を打ちつけた。急な動きにデルビルは身構え、黒く短い毛を逆立てる。

『何だよ、ご主人様を擁護しようってか?』
『逆だ。私はこいつに飼われていない。私がこいつを従えている』
『……』
「あのねエアレス空気ぶち壊さないで」

 見て、斜め上の反論にデルビルが毒気を抜かれた顔してるよ。こんなパートナーでごめんと謝りたくなった。
 何故襲ってきたか。聞きたかった答えは得たが、立ち去る気にはなれなかった。タブンネが言いかけていた事も気になるし、何よりデルビルがここまで強い憎しみを抱く理由が知りたかった。知って、できればこのデルビルの心に少しでも平穏が訪れるように、力になりたいと思った。このままでは、憎悪に燃えて、燃え尽きて、消えてしまうような気がしたのだ。いや、きっと気のせいではないだろう。傷だらけの身体は、私の不安はいつか事実になると語っているようで。

「……ねぇデルビル。どうして、人間をそんなに嫌ってるの。何があったか、聞いてもいい?」
『見ず知らずのテメェらにこれ以上話すことなんてねェよ』
「……うん、そうだね」

 秒で撃沈。全くもってデルビルの言う通りで黙るしかなかった。私はポケモンの言葉がわかるだけで、誰かに寄り添う術なんて持っていない。言葉が通じるのと、話ができるのは似ているようで同じではないのだ。あっさり引き下がった私に拍子抜けしたのか、デルビルは吊り上がった目をほんの少し丸くした。
 病室に沈黙が満ちる。どうすればいいのだろうか。次の言葉が見つからず、かと言ってじっとしている事もできずに、なんとはなしに窓辺に向かう。移動する私に合わせて、デルビルの突き刺すような視線が追いかけてくる。目を離したら攻撃されるとでも思っているのかもしれない。
 辿り着いた窓の向こうは静かだ。あれだけ激しかった雨はいつの間にか止んでいた。ぴりぴりした空気を逃すように、そっと窓を開ける。張り詰めた空気が融け出し、代わりに湿った土と大気の、雨上がりの匂いが流れ込んできた。街中だからか少し人工的な匂いも混じっている。
 このまま、デルビルとの溝が埋まらないまま終わるのか。ひっそりと溜め息をつき、はたと気づく。そう言えば途中で遮られたせいで、自己紹介すらできていない。何も知らない相手に込み入った事情を話したくなるわけがない。人間やポケモンという括りを抜きにして、誰かと話をする上で当たり前の事だ。

「デルビルだけに話させるのはおかしいよね。私の話からするよ。エアレスも、一緒に聞いてほしい」

 この際だから、エアレスにも伝えておこう。昨日の夜、いつか落ち着いたら打ち明けようとした話。早めに伝えられる機会があるなら、話すに越した事はない。

「私の名前はシロア。つい昨日旅立ったばかりの新人トレーナー。こっちはツタージャのエアレス」

 まずは名前からだ。この世の全ての生き物、生きていないもの、場所、現象、あらゆるものに名前がある。野生のポケモンでさえ、身内で呼び合う愛称や種族としての名前がある。名前がないものは、得体の知れないものとして、個を特定できないものとして本能的な恐怖を抱くのだと言う。だから名前をつけて区別し、「得体の知れない何か」から「少なくとも名前のわかるもの」として認識し理解を始めるのだ。

「……私はデルビルの言う通り人間だけど、私の両親と兄弟は、皆ポケモンなの」
『どういう事だ?』

 デルビルは何も言わず、動きもしない。代わりにエアレスが当然の疑問を投げてくれた。
 
「私が赤ちゃんだった頃に、本当の両親は死んじゃったんだって。私の家、ちょっと色々あったらしくて、私を引き取ってくれる親戚がいないどころか、私が生きているのが、許されないかもしれなかった。でも、私はここにいる。お母さんの手持ちポケモン達が、私を守って、家族になってここまで育ててくれたおかげなんだ。私がポケモンの言葉がわかるのも、そのせいかな? お父さんが、テレパシーを使いながら言葉を教えてくれたから」
『では、あのデンリュウは……』
「うん。お父さんの手持ちじゃなくて、正真正銘私のお母さん。お父さんも、もしかしたら初めて会った日にボールの中から見えたかもしれないけど、幻影で人間に化けたゾロアークだよ」

 エアレスに答えながら、デルビルの方も見やる。相変わらず無反応だけど、唸り声も上げず、目を逸らさない。相槌は返って来なくとも、話は聞いてくれている。受け入れられたわけでもないのに、それがなんだか嬉しかった。

「私は、人間だけど、ポケモンだとか人間だとかの線引きはしてないの。ポケモンに色んな種類がいるように、人間にも色んな種類がいて、同じ生き物である事に変わりはないって私は思うんだ。確かに全部が良い人間ばかりだとは私も思わない。だけど、全部がポケモンを傷つけるような酷い人間ばかりでもないし、私みたいに、ポケモンに助けてもらって、やっと生きてこれた人間だっている。あなたが飛びかかってきた時は怖かったけど、傷ついていたあなたを見て、純粋に助けたいって思った。それは、今も変わらない。だから、あなたの事を知りたい」
『……テメェを』

 デルビルが口を開いた。当たり前だが、刺々しさも敵意も消えていない。それでもほんの少し、瞳の奥に燃える炎が鎮まったように見えた。

『テメェを、信じろって言うのか』

 一瞬、答えに詰まった。ここでそうだと肯定するのはきっと簡単で。だけど、まだ分厚い壁を張っているデルビルには届かないだろう。私は首を横に振った。

「ううん、信じなくていい。ただ、私が考えている事を知って欲しい」
『そうやって、甘い事言って付け入る気じゃねぇだろうな』

 急に頭に重みを感じた。すっかり慣れてしまった、エアレスの乗った感触。エアレスは尻尾で私の肩を叩いた。

『こいつは見た目通りの間抜けで食い意地の張ったどうしようもない主だが、貴様を騙して利用しようとするほどの能も度胸もない。こいつの言葉は恐らく本心だ』
「あれ、私馬鹿にされてる」
『心外だな。一割は褒めている』
「って事は九割馬鹿にしてるって認めたね?」

 だいたいなんだ、間抜けで食い意地の張ったって。確かに食べる事は好きだけども……ってそういう話の流れじゃない。一番最後の一言だけにしてくれれば良いのに、余分な言葉が多過ぎる。

『ハッ、馬鹿馬鹿しい。警戒する価値もねェって事かよ』

 デルビルは呆れたように言って、私達にごろりと背を向けた。ちょうどタイミングを同じくして、部屋のドアがノックされる音が響いた。

「シロアさん、そろそろお時間です」

 さっきのタブンネだ。まだデルビルは危険な状態から抜け出せただけで、療養が必要な身。あまり長居しては駄目だ。

「また来るね、デルビル」

 去り際、黒い背中に声をかけたが、デルビルからの返事はなかった。


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