03


「シロアさん、本当にお一人で大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。こちらの人数は少ない方が、デルビルの警戒心も弱まると思いますし」
「それはそうですが……何かあれば、すぐナースコールしてくださいね」

 付き添ってくれたタブンネは心配しながらも、最終的には私の意見を呑んでくれた。
 案内された病室の前に立ち、深呼吸した。治療の終わったデルビルが、この扉の向こうにいる。起きているのか眠っているのか不明だが、意識があるのなら話しかけてみよう。とは言え、一度襲われた身だ。いざ扉の前に立って、全く怖くないかと言えば嘘になる。再び首元に伸ばした手は、今度はつるりとした低温に触れた。
 この冷たさは嫌なものじゃない。むしろ、気持ちを静めてくれる優しい冷たさ。お母さんから貰ったネックレスを握りしめると、胸の内にすうっと風が通るような感覚がした。大丈夫、根拠はないがなんとかなるだろう。いざとなればエアレスだっていてくれる。よし。
 自動扉のボタンを押せば、控えめな機械音と共に現れる病室。始めに感じたのは消毒液の匂い。次に広くはない部屋の中央に置かれたベッドが視界に飛び込んできた。包帯や点滴の管に塗れていても、全体的に白い病室で、黒いデルビルはよく目立った。瞼は閉じられている。
 ひとまず、危険な状態からは抜け出したとジョーイさんから聞いた。暫く安静にしていれば回復するとも。衰弱した原因は過剰な戦闘によるものらしい。傷や体力が回復する前に次の標的を襲うのを繰り返した、もはや自傷に近い行為。何がデルビルをそこまで駆り立てたのか、痛々しい小さな身体に思いを馳せる。
 静かに近づいたつもりだったが、気配に気づいたのかデルビルが目を覚ました。紅い瞳が素早く動いて私を見据える。
 大丈夫? そう声をかけようと口を開いたのと、強い力が私の襟首を引っ張ったのは同時だった。ガチャンと硬いものが打ち合う音。

「ぐぇぇぇ」

 息が詰まるわ、尻餅をついたお尻は痛いわで何が起きたかわからない。目の前を占める緑色に、突然ボールから出てきたエアレスが蔓で引き倒したのだとわかる。

「な、に、するの……!」
『助けてやったのにその目はなんだ、犬、そして主めが』

 私の膝に乗ったエアレスがデルビルと私を交互に睨んだ。
 ベッドの上のデルビルは、さっきとは身体の向きが違う。真っ直ぐ私の方へ身体を向けたまま、蔓に巻かれ動きを封じられている。その目だけは暗くギラギラと燃えて、視線だけで相手を殺すと言わんばかりだ。一拍遅れて状況を理解する。デルビルが私に飛びかかろうとして、エアレスが防いでくれたのだ。音は点滴のスタンドが揺れた音だ。ところで、なんで助けてくれたのに「主め」なんて「め」呼ばわりされてるのか。

『……助けを求めた覚えはねぇ』

 初めてデルビルの言葉を聞いた。棘のある、敵意剥き出しの声音に唾を呑む。私の予想通り炎タイプを持つデルビルだけど、火を吐く程には体力は回復していないのか、牙の並んだ口からは唸り声の他には何も溢れない。

『そうだろうな。だが実際に貴様は我々に命を助けられた。感謝されるならまだしも攻撃される道理は全くないな』

 本能に危険を訴えかけるような肉食獣の威嚇にも、エアレスは少しも怯んでいない。いつも振り回されるその尊大な態度が、今は少しだけ頼もしい。デルビルの唸り声が大きくなった。

『うるせぇ、オレとテメェらは無関係だろうが!』
『その無関係の相手に牙を向いたのは貴様だろう。自覚症状もないとは頭の方も重症か? もう一度あの人間達に診てもらうといい』
『黙れ焼き殺すぞ草トカゲ』
『私は事実を述べたまでだが何か不満でもあるのか?』

 今はっきりとわかった。エアレスは頼もしいのだが、絶望的に交渉に向いてない。それとも、相手と対話したいから挑発しないでね、と事前に注意しなかった私の責任なのだろうか。いやまさかそんな。

「エアレス、そこまでにしよう。初対面の相手に対する態度じゃないよね」

 これ以上続けるとただでさえ信頼ゼロのデルビルとの関係がマイナス方面に振り切ってしまう。急いで止めに入ると、ふん、とエアレスは鼻を鳴らした。

『対峙した私を無視して主に牙を剥いたのだ。私よりも主如きに価値を置いたのが気に食わん』
「如きって何さー完全に私怨じゃん」
『……おい人間、オレ達の言葉がわかるのか?』

 私達のやりとりを見て、デルビルが訝しげな視線を私に寄越した。……偶然だが、私に敵意以外の興味を向けてくれた。話をするチャンスだ。

「そう、私はあなたの言っていることがわかる。ここはポケモンセンターで――」
『なら、テメェも奴と同じ仲間だな!?』

 遅くなってしまったがまずは状況を説明しよう。例え野生のポケモンでも、ポケモンセンターがどんな場所であるかは知っている。安全な場所だとわかってもらった上で自己紹介を、という私の予定は吠えるようなデルビルの言葉で遮られた。

「奴?」
『しらばっくれんじゃねぇ、あの薄気味悪い緑野郎だ!』
「まさか、Nさん……? Nさんを知ってるの?」

 ポケモンの言葉がわかる私と同じ能力を持ち、緑色……思い当たる人物が一人しかいない。カラクサタウンで出会ったばかりの、ポケモンをトモダチと呼ぶ不思議な青年。

『奴も寒気のする安っぽい同情を向けてきた。まるで自分を救世主とでも思い込んでるみてぇにな。元はと言えばテメェら人間が悪いんだろうが』

 低くじっとりした声で、デルビルは憎々しげに吐き捨てた。



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