01


 2番道路、晴れ。春の日差しを感じながら、のんびり散歩するのにうってつけでしょう。
 と、確かに天気予報で聞いた。実際どうにか痺れが抜け、バトルの練習をしていた時はカラクサタウン周辺は快晴だった。

『主、貴様の特性は雨降らしか?』
「違う! 天気予報は晴れてたのにー」

 それがどうだ。いざサンヨウシティを目指し出発してから、暫くは予報通りのんびりと歩いていたのだが。だんだんと雲行きが怪しくなり、できる限りバトルを避けて進むようにしたが間に合わなかった。空は分厚い灰色の雲に覆われ、冷たい雨が布のように降り始めたのだ。こうなっては道にはトレーナーもポケモンも姿なく、雨粒と跳ねる草葉以外に動くものはいない。私はさっそく使うこととなった真新しいレインコートに身を包み、急いで2番道路を進んでいた。
 雨宿りの選択肢はなかった。カラクサタウンを出発したのはお昼過ぎ。暗くなる前に街に着かないと、雨の中で一夜を明かすなんて羽目になるのはごめんだ。サンヨウシティにはもう少しで着くはずなんだけど。

『まあ、私は濡れるのは構わんが、早く進め。貴様が風邪を引く』

 草タイプだからか、エアレスは濡れるのが気にならないらしい。例によって私の頭上に陣取り、時々急かすように私のお尻を蔓で打ってくる。周りには誰もいないが、もし側から見る人がいれば私がエアレスに操縦されているようにしか見えないだろう。

「……あれ? エアレス、私が風邪引かないように心配してくれた?」

 危うく流すところだったが、今の発言、私の体調を気遣ってくれたのでは。Nさんと対峙した時もそうだったが、少しだけエアレスとの距離が縮まったか、もしくは好意的な部分を感じられるようになった、気がする。
 ふん、と鼻で笑われた。

『馬鹿め。貴様が体調を崩せば私の楽しみが減る』
「ですよねー!」

 気遣ってくれたという推測は正しかった。ただし、動機がアレだった。私の身ではなく自分の楽しみを優先した結果の心配だった。期待した私が間違っていた。無駄に下がったテンションを取り戻すべく、歩くスピードを上げた時だった。

「……?」

 妙な気配を感じた。せっかく踏み出した足を止めて、辺りの様子を伺う。
 聞こえる音は雨の音と私の息遣いだけ。全体としては非常に静かで、何もおかしなところはない、ただの雨降りの道。なのに、私自身にもはっきりと言えない違和感というか、誰かに見られているような感覚がするのだ。
 突然立ち止った私に、頭上から怪訝な声が降ってきた。

『どうした。まだ街が見えてもいな……伏せろ!』

 エアレスの声は突如鋭さを帯びた。私の首に蔓を引っ掛けたまま飛び降りたので、私はぬかるみに正面ダイブする事になった。直後、私の頭があった位置を通り過ぎていく黒い波動。エアレスが引き倒してくれなければ、私はあの攻撃をもろに受けていた。

「エアレス、技が来た方向にグラスミキサー!」

 今度は呑気に転がっているわけにはいかない。飛び起きて顔の泥を拭う。エアレスは扇型の尻尾を振るって、木の葉渦巻く竜巻を放った。グラスミキサーは茂みに着弾し、小さく爆発する。爆煙と強まる雨の銀幕に遮られて、相手の姿は見えない。
 目を凝らすが、不気味なほど無反応だ。一撃で戦闘不能になったのだろうか。確認する前に、首の後ろが、ちりりと粟立つような感覚を覚えた。

「エアレス、反対側から来る!」

 振り向きながら叫ぶと、ちょうど黒い影が飛びかかってきた所だった。わざわざ反対側に回り込んできたということは、標的はエアレスじゃない。私を、狙っているんだ。
 ぎらりと尾を引く深紅の眼光。敵意に満ちた唸り声。ざっくり裂けた口に並ぶ鋭い牙。相手の姿がスローモーションのようにはっきりと見えているのに、身体の反射が追いつかなくて、このままではあのポケモンの牙が届いてしまう。
 せめて、首だけでも守らないと。庇う腕に吐息が当たった時、緑の蔓がポケモンに巻きついた。口も塞ぐように蔓が通されて、私の首筋を狙っていた牙は蔓をがっちりと咬み締めた。
 蔓の持ち主、エアレスは捕らえた相手を大きく振り回して遠心力をつけてから、ぬかるみに叩きつけた。泥飛沫の向こうで赤い光が明滅する。炎タイプの攻撃だろうか。だとしたらエアレスには不利なタイプだ。雨の中だから良かったものの、晴れていれば酷いダメージを受けていたかもしれない。

『まだやるか!』

 相手はまだ戦闘態勢だったらしい。エアレスは蔓を引き戻す勢いを利用して相手に肉薄すると、尻尾を振り降ろして叩きつける攻撃を繰り出した。雨音に掻き消されそうな呻き声が聞こえて、殺気が途絶えた。

『主、終わったぞ』

 勝負はついたようだ。エアレスは足元から視線を外さないまま、私を呼んだ。
 恐る恐る近づいて、気絶したポケモンを観察する。黒い短い毛並みの犬型ポケモンだ。ゾロアに似ているけど違う、私が見たことがない種族だった。だが種族よりも気になるのはその状態だ。
 ポケモンは全身傷だらけだった。さっきの戦闘によるものではない古い傷も、決して大きくはない身体に無数に散りばめられている。

「何をしたらこんなボロボロになるの……これ、放っておいたら命が危ないんじゃ?」
『だろうな。さっき戦った時も感じたが、こいつはかなり弱っているようだ。……主、まさかとは思うが』
「なら、せめてポケモンセンターに連れていく」

 泥に塗れたポケモンを抱き上げた。触れた感覚から、かなり危険な状態だと確信する。身体がぞっとするほど冷えている。きっと既に戦える状態じゃないのに、無理に攻撃を仕掛けてきたんだろう。

『正気か? 私ではなく人間である貴様に攻撃した奴だが、わかっているのか?』
「それでもこのまま見捨ててもしもの事があったら私は後悔する。私を襲ったから、ざまぁみろだなんて思わない。行こう、エアレス」

 エアレスはまだ何か言いたげだったけど、口を開くことはしなかった。蔓を伸ばして、ボールの開閉スイッチを自ら押して中に入る。話し相手が消えれば、降りしきる雨音だけが耳に入ってくる。
 ポケモンをしっかり抱き直して、私はサンヨウシティ目指して駆け出した。


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