06


 まだ街一つ分しか離れていないし、最初の夜を迎えたばかりだというのに。隙間風が吹き込んできたような心地がする。これじゃまるでホームシックだ。半泣きで見送ってくれたお兄ちゃんと何も変わらないじゃないか。そう理性が恥じても、簡単に止められるほど安い感情でもないらしい。なんだか無性に家族の声が聞きたくなった。
 一度気になってしまったものは仕方ない。カラクサタウンに到着したという連絡くらい、してもいいだろう。
 早速ライブキャスターを取り出したが、そういえばうちに受信すべきライブキャスターはない。となると、ポケモンセンター備え付けのテレビ電話にお世話になる事になりそうだ。そうテレビ電話に……。

「エアレス、テレビ電話の使い方一緒に見てたよね? ついてきて教えて……」
『博士の説明を受けただろうにもう忘れたのか。貴様の脳みそは中身が入っているのか? それに他者にものを頼む態度があるだろう』

 さっき無視した報いだと言わんばかりに、あからさまに優位性を示してくるエアレス。もしかしたら構ってもらえて内心嬉しいのでは、という考えが一瞬脳裏を掠めたが、確実に私を不利な状況に導くだけであるため黙っておく。

「……記憶力の乏しい私にどうかご教授くださいエアレス様」

 とにかく家族に連絡を取るためには、エアレスの協力が必要不可欠である。ベッドの上で正座してお願いしてみた。土下座までするほどプライドは捨てていない。

『ふむ……明日の昼食にAcanthusのランチ、で手を打ってやる』
「二日連続は流石に資金がですねー」
『旅の初日は気疲れするものだな。そろそろ休むとしよう』
「かしこまりましたエアレス様お望みのものをご用意します」
『仕方ない。他ならぬ主の頼みだ、従順な私は甲斐甲斐しく世話を焼いてやろう』

 さっさと行くぞ、と蔓を私の首に引っ掛けてドアへ向かうエアレス。従順ってなんだっけ。引きずられながら疑問が沸くも、すぐに泡となって弾けて消えた。何気に今日の昼ご飯を気に入ってたんじゃないか。


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<シロアーーー!! 元気か怪我してないか風邪引いてないか寂しくないかーー!! お兄ちゃんはシロア不足で死にそうだ!! カラクサだな、今から会いに行ってやろうか!? っつーか会いに行きたいぃぃ!! シロアを補給しないと死ぬ!! ゴーストだけど死ぬ!!>

 通信が繋がるなり、これである。あまりの大声と内容に近くの人が何事かとこっちを見てきて、一瞬で汗が吹き出した。家族の声が聞きたいとは思ったがこんな大音量は望んでいない。音量を下げたくてもどのボタンかわからず、手は無意味に画面周辺を彷徨うだけ。
 慌てふためいている間に、黒い衝撃波が飛んできてお兄ちゃんはフェードアウトした。お父さんの唸り声とお兄ちゃんの悲鳴をBGMに、ひょっこり現れるのは柔らかな金髪。嬉しそうに頬を緩ませたお母さんは、画面上部に手を伸ばして、カメラの位置を調整していた。

<よいしょっと、これで良いかしら。画面と電話を繋げるなんて、人間の作るものはやっぱり便利ねぇ。テレビ買って良かったわぁ。シロア、元気そうね>

 のほほんと話すお母さんの背後で飛び交う、黒い球体や衝撃波。たまにクッションやリモコンや雑誌。全く気にしていないお母さんは相変わらずで、妙に安心した。実家のような安心感とはまさにこの事。いや正真正銘私にとっては実家なのだが。ただ、あの空気の中に自分が存在していない事が少し寂しい。

「うん、とくに大きなトラブルもなくここまで来れたよ。そっちも何も変わらず、って感じだね」
<うふふ、アルバが寂しがって大騒ぎしてるくらいよ。……あら、その子がパートナー?>

 お母さんが頭上ではなく、今は膝に乗ったエアレスに気づき手を振った。すっと立ち上がるエアレス。
 やばい、家族の前であの偉そうな態度を取られては、ややこしい事になってしまう。特に私離れできていないお兄ちゃんに見られると本気でここまで飛んでくるに違いない。引き戻そうとするも手遅れで、エアレスは口を開いた。

『初めまして、この度シロアさんのパートナーをさせて頂く種族ツタージャ、名前をエアレスと申します。よろしくお願いします』

 ……え。誰だこのツタージャ。ワントーン高い声でつらつらと挨拶を述べるこいつは、本当にあの緑の暴君? もしや、気づかない内にチェレンのツタージャと入れ替わったりなんて事……してないか。

<うちのシロアをよろしくねーエアレス君。あたしはレイロン、シロアのお父さんのポケモンで、種族はデンリュウ。さっきの子はアルバ、同じくお父さんのゲンガーよ>

 お母さんは、いつも他人に名乗る時のように自分の立場を伝えた。余計なトラブルや疑念を起こさないようにと決めたルールだ。それはエアレス相手でも変わらない。でも、落ち着いたらちゃんと自分の事を話さないと。私の家族は皆ポケモンで、トレーナーとして生活しているお父さんは本当は人間に化けたゾロアークだって事。

<シロア、ちょっと変わった所もあるけど、根は良い子だから。ビシバシ鍛えてあげて頂戴ね>
『わかりました! 精一杯頑張ります!』

 と少し真剣な気分に浸っていたら、恐ろしい話が進められていた。今日以上にビシバシ(物理)されると非常に困る、私の身が持たない。意見しようにも既に話題は変わっており、口を出すタイミングを完全に逃してしまった。
 その後は取り留めもない話を暫くして、通信時間の制限が来たのを合図に打ち切った。次の人のために場所を開けて、真っ直ぐ部屋に戻る。

「エアレス、敬語使えたの? 私の時と態度違うよね?」

 部屋のドアを閉めてから、指摘してみる。先ほどの礼儀正しい態度はどこへやら、偉そうに腕組みしてエアレスは鼻で笑った。

『実力者や然るべき相手にはそれなりの敬意を払うべきだ。いくら私でもそれくらい弁えている』

 つまり私は敬意を払うべき対象として見られていないと。実際トレーナーとしてはドのつく新人なので反論できない。

『あのデンリュウも、ゲンガーも。相当な強さだと見た。私もいつかあのような強さを手に入れてやる……さて、用は済んだな? 私は休むぞ』
「あ、ちょっと」

 呟くように言った後、エアレスは自分からボールに入ってしまった。ボールを手に取ってみるも、揺れる事なく静かなままだ。まあ、無理に呼び出す事もないか。私だって体力はある方だと自負しているが、森ではなく慣れない道を遠くまで歩いて、色々な体験をして、非常に個性の強いパートナーに出会って、密度の濃い一日にくたくただ。
 お風呂を済ませベッドに沈んだ。あっという間に訪れた眠気に身を任せれば、五分と経たない内に私は意識を落としたのだった。


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