05


 ベルの図鑑チェックも終わったところで、アララギ博士の施設紹介ツアーが始まった。始めに連れて行ってくれたのは、青く仕切られた一角。特価品がワゴンに山積みにされているのが、自動ドアのガラス向こうに見えた。
 商品を傷付けなければポケモン同伴化とあって、棚と棚の間は広く、固まっていれば五人で歩いても邪魔にならない。

「ここがフレンドリィショップ。傷薬やモンスターボール、ポケモンフーズ、お手入れ用の道具とか……とにかくトレーナーに必要な道具は一通り揃っているわ」

 アララギ博士の説明を聞きながら、陳列棚を見回した。フーズ一つ取っても、ポケモンのタイプ別、肉食や草食や鉱物食といった食性別、孵化したばかりのポケモン向けやバトルをしないポケモン向け、といったライフスタイル別……本当に様々な種類があって感心してしまう。旅の用意をした時は、メモ片手にカノコタウンの小さなお店で買い揃えたため、ポケモンセンター提携のフレンドリィショップの商品をじっくり見るのは初めてだ。カラフルなパッケージは見ているだけでなんだか楽しい。

「あ」

 ふと、お手入れ用品のエリアで、家で私が使っていたヘアブラシを見つけてしまった。あれ、長毛ポケモン用だったのか。道理でちょっと大きかったわけだ。

「どうした、シロア? 気になるグッズでもあったのか?」
「そ、そう! 後で色々買わなきゃなって」
「俺も、慈水シスイ用のブラシを買ってやらなきゃなー」

 トウヤに不思議そうな目を向けられたので、咄嗟にそれらしい答えを返しておいた。隠すほどでもないが、正直に答えるのも気が引けてしまう、微妙なところ。とりあえず、あのブラシは硬すぎず柔らかすぎずで使い心地は良い。長毛ポケモンをゲットする予定なら、おススメしておこう。
 次に向かったのはロビーの一角。トレーナーなら誰でも利用して良いというパソコンで、道具やメールの整理方法、転送装置によるポケモンの交換や博士に預けるやり方、テレビ電話の使い方等を教わった。正直、聞いた内容は半分くらい右から左へ通り過ぎていった。使いながら覚えていくか、いっそ使わないかという二択なら、私は後者を選ぶ事になりそうだ。ここで餞別にと、アララギ博士からライブキャスターという通信機器をもらい、その使い方もレクチャーを受けたのだが……。とりあえず、掛かってきた通信に出るボタンだけは覚えた。しばらくこれでなんとかなるだろう。
 最後にジョーイさんの待つ先ほどのカウンターへ。改めてになるが回復してもらう手続き、宿泊の手続きも教わった。どちらもトレーナーカードを提示しジョーイさんの指示に従うだけの非常に簡単なもの。せっかくだからと、私とベルはややもたつき、トウヤとチェレンは危なげなく、全員が宿泊の手続きまでを済ませた。

「ざっと、こんな感じかしら。後はレストランエリアだけど、レストランはトレーナーカードを持つ宿泊者なら無料で利用できるわ」
「全部無料って……それで運営大丈夫なんですか?」

 チェレンの疑問も尤もだ。フレンドリィショップでの買い物以外は無料だなんて……社会構造に疎い私でも、それでやっていけているのが不思議であり不安でもある。気前がいいにもほどがあるのでは。

「大丈夫よ。一見無料でも、皆ちゃんと払ってるから。税金よ」

 この疑問については予想していたのか。アララギ博士は、自身の年季の入ったトレーナーカードを引っ張り出して掲げて見せた。

「トレーナーカードを持っているトレーナーは、トレーナー税としてバトルの賞金やショップの買い物に税金がかかるのよ。バッジがない貴方達は、気にならない程度の金額だけど……バッジの数に応じて税額が上がるの。ポケモンセンターはトレーナーなら誰もが利用する場所。だから皆で少しずつ出して支え合いましょうねって事。持ちつ持たれつね。皆の強さを優しさに変えてポケモンセンターは成り立っているの」

 真新しい自分のトレーナーカードをしげしげと眺め、アララギ博士の話を胸の内に押し込めた。強さを、優しさに変える、か。私はまだまだ駆け出しで、しばらくは誰かの強さに甘える事になるのだろう。けれど、いつか。私の強さのひとかけらが、誰かの役に立ってくれるのなら。それはとても素敵な巡り合わせだと思う。
 恐らくこれはポケモンセンターのシステムに限らず、世の中全てに対して言える事だ。機械と数字に強い誰かが生み出した道具は人間とポケモンの生活を豊かにし、強い誰かが街の治安を守る事で笑顔で暮らせる。何より人間より遥かに強いポケモンが優しさをもって接してくれるからこそ、この世の中は成り立っている。
 一通り施設の利用を教えてもらった後は、いよいよアララギ博士とはお別れとなった。見送るために外に出た時には、空はもう薄紫と群青を掛け合わせた色に染まっていた。これからどんどん群青の割合が濃くなっていき、やがて夜を迎えるのだ。

「それじゃあ、私はこれで。皆のこれからの旅路が、実り多きものになるように祈っているわ」

 メブキジカに跨り夕闇に溶けていくアララギ博士を、私達は見えなくなるまで見送った。昼間は暖かくなってきたが、陽が落ちれば温度は失われていく。

「次は俺達も解散、かな」
「そうだね。じゃあ、また」

 トウヤの言葉を皮切りに、私達もそれぞれの予定に合わせて散っていった。とはいえベルとは明日朝ご飯を一緒に食べようと約束したし、他の二人も同じポケモンセンターに泊まるのだ。また顔を合わせるだろう。
 昼間に贅沢をしたので、夕飯はポケモンセンターのレストランで軽めに済ませた。早速誰かの強さの恩恵にあずかった私は、ルームキー片手に宿泊エリアへ向かう。目当ての104号室はすぐに見つかった。
 ポケモンセンターを利用するのも初めてなら、泊まるのも初めてだ。空室状況にもよるが、大抵は手持ちの数に合わせて部屋のサイズも変わるらしい。手持ちはエアレスのみの私に割り当てられたのは、こじんまりとした部屋だった。
 ベッドに、パソコンに、テレビ。小さなテーブル。バスルームとトイレ。シンプルだけど、決してよそよそしくはない、必要なものが全て揃った落ち着く空間だ。靴を脱いで、まずやる事は――。

「ふかふかだ……!」

 ベッドにダイブすれば、布地に柔らかく抱き締められた。エアレスの呆れたような溜め息は聞こえなかったフリをした。蔓の鞭とか尻尾でどつくとか、物理的な攻撃以外は無視だ。人間慣れるものである。

『だらしないな、主。まるで瀕死のフシデだ』

 虫だ。違う無視だ。

『いや、貴様に例えられてはフシデが可哀想だな。ポケモンでもないただの芋虫ならどうだ、仕草といい凹凸のない胴体といい、貴様にそっくりだと思わないか?』

 む、無視だ……。胴体に凹凸がなくたって生きていけるんだ……。気にしてない……。
 現実逃避も兼ねて思いっきり枕を抱き締めると、首元の硬い感触に気づいた。もうすっかり身に馴染んだオパールのネックレス。お母さんから譲り受けた、本当のお母さんの形見。連鎖して家族の顔を思い出し、バッグを手繰り寄せた。しっかり結びつけてある、お父さんとお姉ちゃんからのお守り。大切なものポケットを探れば、すぐに手に飛び込んできた布の塊。お兄ちゃんの不恰好な人形……皆、元気かな。ふと、見知らぬ部屋が味気なく感じた。



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