04


「アララギ博士ー!」

 声と共に複数の足音が近づいてきた。トウヤとチェレンだけでなく、連絡のなかったベルも一緒で、数時間振りに幼馴染みが顔を合わせる事となった。ベルはアララギ博士よりも私の方に駆け寄ってくる。

「ねぇねぇシロア、ポケモンの回復ってどこでやるの? あたしのぶーちゃん、だいぶ弱ってて……」

 ほら、とベルの腕に抱えられているのは、ぐったりしたぶーちゃん。一瞬何かあったのかと心配になったが、手酷くやられたというより、単に疲労が溜まっているように見える。

『オイラ、張り切ってバトルし過ぎたんだ……』

 私の推測をぶーちゃんも肯定した。自分を選んでくれたベルのために一生懸命だったに違いない。心配は一転、ほっこりした気分になった。こんな純粋なパートナーもいるのに……いや、これ以上はやめよう。

「回復は確か、あっちのカウンターだよ」
「一緒に来てくれる?」
「い、良いけど……」

 そんな迷子のヨーテリーのような顔をされると断れない。まあ断る理由もないか、私も横で手順を見ておいて損はないだろう。後でアララギ博士に教えてもらうはずだが、聞くのと実際に見るのでは大違いだ。アララギ博士は図鑑の事でトウヤと話し始めて少し時間がかかりそうだし、何より疲れたぶーちゃんを早く回復させてあげたい。頷くと、ベルは大袈裟なほど表情を明るくした。ベルだって初めて利用するから心細いのだ。
 連れ立ってジョーイさんの待つカウンターに向かうと、挨拶の後にすぐ「初めてのご利用ですか?」と尋ねられた。そこまでぎこちないオーラを放っていたのか、ちょっと恥ずかしい。隣のベルも同じようで、顔を見合わせてはにかんだ。ベルと一緒で良かった。

「はい、あたし達、今日ポケモンを貰ったばかりで……」
「そうなんですね! ではこれから、あなたとポケモンの生活を楽しんでくださいね」

 ジョーイさんは桃色の髪をゆらし、ふわりと微笑む。白衣の天使、という言葉はジョーイさんのためにある言葉なのかと感心するくらい、人を安心させる空気を纏っていた。

「ポケモンを預ける時は、トレーナーカードも一緒にご提示くださいね。――はい、確かにポカブちゃんをお預かりしました。そちらのツタージャちゃんはどうされますか?」
「ちゃん……いや、回復は大丈夫でっ、す」

 ツタージャちゃん、の響きが可愛らしくて似合わなくて、小さく吹き出してしまった。ジョーイさんの前だからかエアレスは大人しい。と思ったのも束の間、襟首がちくっとして、声が一瞬止まる。これは、尻尾の葉の先端で突き刺されたと見た。見なくてもわかるようになった、というのは果たして喜ぶべきなのか。

「フローレンス、お願いね」
『はーい任せてー』

 ジョーイさんの後ろに控えていたタブンネが返事をして、モンスターボールを乗せたキャリーを押して奥へ消えた。ふわふわした尻尾を揺らす後ろ姿を見送り、ジョーイさんが向き直る。

「では、回復が終わりましたらお呼びしますので、少々お待ちくださいね」
「えっ、あ、これで終わりですか? ありがとうございます!」

 わたわたと頭を下げるベルを柔らかく見守るジョーイさんは、まるで母親のようで。今朝別れたばかりのお母さんの眼差しを思い出した。

「案外簡単だったね。良かったぁ。シロア、一緒にいてくれてありがとうね」
「う、うん私も。おかげで自分がする時は慌てなくて済みそう」

 ぼんやりしている間はなく、ベルに話しかけられたので慌てて返事をする。ベルの言う通り、拍子抜けするほど簡単だった。
 カウンターの上やその奥にあるよくわからない機械を見て、実は複雑な手続きが必要なんじゃないかと内心身構えていたのだが一安心だ。私は機械が苦手である。スイッチを入れる、切る。それ以外の操作は他人任せで生きてきた。図鑑の所有権を放棄したのも、幼馴染みには年上の余裕だと見栄を張ったが、機械音痴である事も理由の一端になっていたりする。
 アララギ博士の元へ、短い帰路を行く。ちょうどチェレンがアララギ博士に図鑑を見せているところだった。

「チェレンはもう手持ちを増やしたのね」
「はい、サーペリア……ツタージャも充分強いんですが、別のタイプのポケモンがいた方がお互い心強いというか。ね、サーペリア」
「はい。草タイプに弱点が多いのは私が一番わかっています。マスターの判断は正しい事です」

 チェレンの横に控える、ツタージャの尻尾を伸ばした少女が肯定した。チェレンのツタージャ、サーペリアは言葉も態度も礼儀正しい。つい頭上の暴君と比べてしまうのは仕方ない。
 サーペリアは、私達に気づくとその整った顔立ちを険しくした。

「貴方、そうそこのツタージャ」
『何だ?』

 どうも今日はよく私の頭上に視線が注がれる日だ。エアレスが私の上に居座っている限りこれが続くとすれば、早く慣れないと。エアレスに降りてもらうよう説得するより私が慣れる方が遥かに楽だ。

「貴方のような者がいるから、私達の種族は気難しくわがままで礼儀のなっていないポケモンだと思われるのです。自分の主人に対して、何なのですかその態度は。高貴と横暴の区別もつかないのですか」

 おおう……エアレスがなんか言われてる。サーペリアは礼儀正しいが、はっきりとものを言える性格らしい。いいぞもっとやってください、とこっそり心の中で応援した。しかしエアレスも黙って言わせておくような性格ではない。

『ふん、貴様こそ出会ったばかりの、しかも新人に傅くような真似をして、貴様の種族としての矜持はその程度か? 恭しく取り入る振りをして、内心見下しているなら相当性質が悪いな』
「何ですって!? マスターは私が認めたお方です。それを侮辱するなら、同族だろうが容赦しません!」

 ツタージャ同士、舌戦はだんだんとヒートアップし始めた。もともと口が達者な種族なのか、エアレスが上から目線のボキャブラリーに長けているのか。感情の高ぶりに合わせてエアレスの尻尾がびたんびたん振られている。恐らく私を攻撃する意図はないものの、連続で尻尾を打ちつけられた背中が痛くなってきた。

『初めて旅立つ貴様はまだ人間を見る目がないだけではないか。その経験の浅さで私に勝てるとでも? 相手の力量を測る目すらないのか?』
「関係を長続きさせられない貴方に言われたくはありませんね。わかりました、私の力をお見せしましょう。後悔しても手遅れです!」
「サーペリア、その辺にしておきなよ」

 チェレンは擬人化している方の言葉しか通じていないが、それでもただならぬ雰囲気になってきたのは理解している。口論の最中原型に戻ったサーペリアを抱き上げた。

「エアレスも落ち着いて」

 私も声には出さずとも応援してしまった後ろめたさもあり、止めに入った。うっかり飛びかからないか心配でエアレスを抑えようとすると、

『主、私がすぐ手を出すような浅慮なポケモンに見えるか?』

 と伸ばした腕をはたかれた。いやいや、今手を出したじゃないか。正確には蔓の鞭だが。

「あらら、同じツタージャ同士仲がいいわねぇ」
「「どこがですか」」

 チェレンと私の声が重なった。蚊帳の外だったトウヤとベルは、笑っていい状況なのか判断がつかず狼狽えている。一方私はアララギ博士がわからない。深い知識と考えと経験を湛えた目をしたかと思えば、的外れとも思える見解を述べて笑う。聡明なのか天然なのか、或いはその二つは共存できるものなのか。研究者とは、私には到底計り知れない。


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