03


 昼食を終え、少し街を散策してからポケモンセンターに向かった。特徴的な赤い屋根のどっしりした建物は、大きな建物がほぼないカラクサタウンではとてもよく目立つ。
 自動ドアを潜ると、清潔感のある落ち着いた空間が目に飛び込んできた。広いロビーにはポケモンの手入れをしたり、談笑したりするトレーナーとそのポケモン達がいて、それなりに賑わっている。ロビーを真っ直ぐ進めばジョーイさんの待つ受け付けとその奥に治療室。ロビーから伸びている廊下や階段は、ショップエリア、レストランエリア、宿泊エリアへと続いている。……とは、入り口の案内図からたった今得た知識である。トレーナーカードを持っていなかった私はまともにポケモンセンターを利用した事がない。むしろトレーナーをやってきたお父さんの方が、私よりもポケモンセンターに詳しいんじゃないだろうか。利用する側としても、治療される側としても。

「こっちよシロア」

 不意に知った声に名前を呼ばれ、辺りを見回す。休憩スペースのベンチでアララギ博士が手を振っていた。周りに幼馴染みの姿はない。急いでアララギ博士の元へ向かうと、「慌てなくてもいいのよ」とくすくす笑い、膝上のノートパソコンを閉じた。

「あなたが一番乗りね。トウヤとチェレンからはさっき連絡があって、もう間もなく到着するそうよ。ベルからはまだ連絡がないわねぇ」

 予想通り、私が一番最初の到着であったらしい。アララギ博士は私の斜め上に視線を向けた。

「あらら、もうツタージャと仲良くなったのね。流石、シロアにお願いして正解だったわ」

 アララギ博士の視線の先。私の頭上にはもちろん偉そうな緑色が陣取っている。

「仲良くなっているように……見えます?」

 アララギ博士を疑うつもりはないのだが、私としては仲良くなった自覚はない。エアレス自身の口から、どういう意図かは不明だが「気に入った」とは言われたので嫌われてはいないと思いたいが、仲が良いと表現するのも違う気がする。そんな内心は顔に出ていたらしく、アララギ博士は目を細めた。

「心当たりがないって顔ね? でもそのツタージャ、研究所にいた頃より雰囲気が柔らかくなってるわ。それに、今まで自分から誰かに接触するような事もなかったのよ」
「そうなんですか……えっ」

 予想外の事実を告げられ、つい間の抜けた声が出た。
 これで雰囲気が柔らかくなった方なのかという驚きは、続くアララギ博士の言葉で上書きされてしまった。誰かに接触したがらなかったエアレスが、私の頭上を定位置にしている? 
 確かに話しかけたり、一緒に食事をしてみたりと、一応歩み寄る努力をしているつもりだが、私の行為が実を結ぶほど時間は経っていない。再確認だがまだ出会ってから日が沈んですらいないのだ。私の何が、エアレスの心情を動かしたというのか。

「トレーナーとポケモンの関係って、あなたが思ってる以上に複雑で多岐に渡るものなのよ」

 アララギ博士は言葉を紡ぐ。数えきれないほどのトレーナーとポケモンの姿を見てきた、萌黄色の瞳はただ深い色を湛えていた。

「ぶつかりながら少しずつ距離を縮めていったり、何かをきっかけに一気に仲良くなったりする事もある。距離の縮め方も、絆の形も、トレーナーとポケモンの数だけ無数にあるわ。初めから、実はとても相性が良かった、なんて事もあるのよ。人間同士でもあるでしょう、初対面なのに昔からの友人のように意気投合したり。あなたとツタージャはそのパターン、相性が良かったのね」 

 相性、という一見掴みどころのない答えだったが、アララギ博士の事だ、きっと経験に基づいた見解なのだろう。掴みどころがないから、ここからどう発展させていけばいいのかわからないんだけど。

「どうなの、エアレス」

 さっきからだんまりを決め込んでいる当事者にも尋ねてみる。表情は伺えないが、感心するような、或いは考え込むような声が漏れたのは聞こえた。胸の内を全て曝け出してくれる事は期待しないが、意見のひとつくらい頂きたいものだ。

『伊達に博士をやっていないという事か……主は下僕の素質がある。それは認める。主を従えるのは非常に楽しい。そうだ、ある意味では相性が良いのかもしれん。良かったな主』
「他人事! あと言葉がとてつもなく矛盾してるのに気付こうよエアレス痛い痛い苦しい!」

 主は下僕って一言で矛盾しているじゃないか。思わずツッコミを入れると、楽しそうな笑い声と共に蔓で容赦無く首を締められた。しかしアララギ博士は助けてくれるどころか笑っているだけだった。もしかして、これが仲が良いように見える要素の一つだったりして。ツタージャというポケモンは外見は可愛らしい。傍目には小さくて可愛いポケモンにじゃれつかれているように見えるのだろう。いくら上から目線の辛辣な言葉を浴びせられようが、普通はタジャタジャと可愛く鳴いているように聞こえるだけだし。ああでも、もしポケモンの言葉がわからなければ、今以上にエアレスとの付き合い方を悩む事になっていたかもしれない。そう考えると、私のこの能力は大いに役立っていると言えるだろう。

「でもね、偶然相性が良かったからって、歩み寄る努力をしなくてもいいという事にはならないわ。シロアなら心配いらないとは思うけれど、この先もツタージャをよろしくね」
「はい。今よりもっと近づけるように、頑張ってみます」

 アララギ博士の基本的だが何よりも大切な忠告に頷いた。それと下僕の立場から脱却します、と心の中で付け足してみる。口に出す自信と勇気は全くない。


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