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 結局、エアレスに一矢も報いる事ができないまま、カラクサタウンに到着したのはお昼を過ぎた頃だった。カノコタウンよりかなり建物が多く、私からすれば十分都会だと言えるが、これでも田舎の域を出ないらしい。どこかで演奏会でもしているのか、遠くピアノの旋律が聞こえてくる。ゆったりとした優しい調べに耳を澄ましつつ、辺りを見回した。
 過去にカラクサタウンまで足を伸ばした事はあるが、街の風景が全然違って見える。建物が増えたとか店が新しくできたとかではない、景色は以前と同じだ。違うのは私の立ち位置。自分が変わるだけでこんなにも見え方が変わるのだと、まざまざと実感させられる。私の旅は始まったばかりで何も成していないが、未来に馳せる形のないささやかな希望が、風景を明るくくっきりと際立たせて見せてくれるのだ。
 前に来た時は隣に家族がいて、用が終われば家に帰った。今はカラクサタウンは通過点に過ぎず、来た道を戻らずこれからずっと先へと進んでいく。家族とは離れ私一人きり、そして新しく出会った、頭の上に居座っているパートナー……パートナー、なのだろうか。最初のポケモンではあるのだが、パートナーなんてきらきらしたものではなく、エアレスが主で私が従という一方的な主従関係が形成されている気がする。カノコタウンからカラクサタウンまでの短い間で、互いに収まる位置が決まってしまったらしい。私としては非常に不服だがなす術なしだ。残念ながら、私は進んで痛い目に合いたがる特殊な趣味は持ち合わせていないのだ。残念ながらってなんだ。

『主、何か失礼な事を考えていたのではないだろうな』

 ぺし、と尻尾で首筋をはたかれた。地味に痛い。何故わかったんだろう、ツタージャにエスパータイプはついてないはずなのに。ただここで肯定するとエアレスに私をイジるネタを与えてしまうので、全くもって心外だという風を装った。

「いいえ何にもーそれよりお腹空いたー」

 そして話題を変えてしまおう。私はバッグを漁って、ガイドブックを取り出した。付箋を貼ったページを開くと、心ときめく色彩が目の前に広がる。気分の切り替えにももってこいだ。

「気になってたお店があるんだよね」
『店?』

 姿は見えないが体重移動から、エアレスも私の手元を覗いていると悟る。見やすいようにガイドブックを傾けてあげた。

「ここのカフェAcanthus。カラクサタウンは、隣のサンヨウシティに出荷するための野菜栽培が盛んなんだって。で、その地元で採れた野菜を使ったランチセットが美味しいらしい」

 私は、美味しいものが好きだ。食事の大半が木の実の生活だったから、偶に街に出た時の外食や、お父さんのお土産のお菓子の美味しさに感激したものだった。うちのご飯が不味いわけではない、お母さんはおそらくポケモンとしてはハイレベルな調理技術を持っていた。だが、料理を仕事にしている人の作ったものは次元が違う。そもそも料理を専門に勉強して生きる手段としている人の努力の結晶を、素人と比べてはいけないのではないか。そんなある意味の芸術に触れる事ができる料理が、私は好きだ。

「で、ここに行こうと思うんだけど。先にポケモンセンター行く?」

 念のため聞いてみる。トレーナーとは会わず、野生ポケモンとのバトルは起きず、ずっと頭の上に乗っていたから歩いてもいない。回復する必要がないので、ポケモンセンターに行く理由はアララギ博士に会うぐらい。肝心の待ち合わせ時間もまだ先だ。

『それほど疲れてない。好きにしろ』
「じゃあ好きにする」 

 相変わらず上から目線な声が降ってきた。無事にエアレスの許可ももらった事だし、お昼を済ませるとしよう。
 ……許可をもらう、という言葉を選び取った自分の思考が心配になってきた。


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 カフェAcanthusは高台を降りた先にあった。カラクサタウンを象徴する模様、唐草模様を強調した明るい内装で、至るところに大小さまざまな観葉植物が飾られている。

「ちゃんとポケモン用のメニューもあるよ。擬人化してたら人間用のも食べれるけど」
『ふむ……』
「せっかくだから好きなの選んでいいよ」

 ポケモンでもわかりやすいよう、写真をふんだんに使ったメニューを見せる。エアレスはさっきからやたら大人しく、素直に料理を選んでいる。今までの態度は単に仲良くなれていないだけで、この素直な方が本来の性格、なら良いのだが。アララギ博士が言っていた事を考えると今がたまたま大人しいだけだろう。
 擬人化すると味覚も若干変わるらしく、原型の時は美味しく感じたものが擬人化すると味気なく感じたり、逆の場合もあるのだとか。だから擬人化したポケモンは人間と同じものを食べる事が多い。ただ、元々草食の傾向が強いポケモンが擬人化して肉類を食べ過ぎたりすると、後でお腹を壊すらしい。うちはお母さんが草食、他が肉食寄りの雑食だから、お母さんだけやたらヘルシーなご飯だった。ツタージャは光合成と雑食、だろうか。エアレスは擬人化できないらしいが知っておいて損はない、後で聞くか調べるかしよう。
 私は人間用の、エアレスはポケモン用のメニューからそれぞれ選んで注文を済ませる。しばらくすると、プレートに乗った料理が運ばれてきた。

「お待たせいたしました、こちら季節の野菜ランチセットになります」
「ありがとうございます」

 テーブルの上に広がる光景に、思わず口角が上がった。
 山菜の混ぜご飯に、春の葉野菜のサラダ、さやえんどうと木の実の炒め物、新じゃがいもと新玉ねぎの冷たいポタージュ、いちごのムース。食器も可愛らしくて食べる前から期待が止まらない。エアレスがわかりやすく呆れた視線を送ってくるが今に限っては痛くも痒くも無い。それくらい、テンションが上がってしまう。
 間を置かずエアレス用のメニューも運ばれてきたので、いただきますを言ってから炒め物に手をつけた。

「美味しい……!」

 さやえんどうの甘みとネコブの実の仄かな苦味の組み合わせが絶妙で、しゃきしゃきした食感が堪らない。シンプルな味付けが素材の美味しさを引き立てている。

「エアレスのはどう?」
『……悪くはない』

 素っ気ない返事だが、口に運ぶ手が止まらないのを見る辺り美味しく感じているようだ。……待っている間に確認したのだが、さりげなくポケモン用メニューで一番高いものを頼んでいるのだから、美味しくなければ困る。本当にエアレスは大人しくしていても油断ならない。さっき好きなの選んで良いと言ったのは私だけど! 遠慮とかないのだろうか、いや、エアレスに限ってそれはないか。出会って半日のエアレスに対する疑問は秒で打ち消された。節約できるところで節約して、後はトレーナー戦を頑張ってお金を貯めるしかない。
 ところで、もぐもぐと頬張っている姿は案外可愛い。黙っていれば、あと私がポケモンの言葉がわからなければエアレスの印象は桁違いに良くなるだろう。それでも何の脈絡もなく蔓の鞭が飛んできたりするから、すぐに可愛い印象が台無しになるのだが。あまり注視していたせいか、エアレスから訝しげな視線が飛んできた。深く突き刺さる前に、慌てて目を逸らす。
 せっかくの美味しいご飯だ。今はこちらに集中しよう。


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